はじめてのアルバイト_表紙

【連載小説】 Adan #28

はじめてのアルバイト〈9〉

 おじさんに怒鳴られ、しょんぼりして運転席から降りた北斗の姿を見たとき、僕はすかっとした。ローライダーと北斗の仲を嫉妬し、その嫉妬からプレゼントされたストレスは、防音性の低い安アパートに住む騒音に厳しいおじさんのおかげで一気に解消された。おそらく録音・再生できる蓄音機を発明したエジソンも、音痴の人間を黙らせたときはこんな気持ちだったに違いない。

「トンネルを抜けると『食糧のある場所』ではなく、『食糧にされる場所』に出ただけさ、北斗。いわゆる『光の国の住人』の餌となる場所にね。いま君は、長くて暗い異臭のするトンネルの中が一番安全であることを知ったわけだ。勝利というのは誰かに、あるいは何かに『負けてもらう』ということなんだよ。北斗、胸張っていい。君は『負けてあげた』のさ」と僕は親愛なる友にそう言ってやった。

 翌日の午後三時、僕は前日に轟さんと来た空き地へ行った。北斗と朝まで酒を飲んでいたから、僕のレインボー・アフロの頭は二日酔いで厚い雲に覆われていた。でも僕は、そんな頭を体に接合させたまま外出したんだ。明くる日に轟さんがホッピングのコーチをしてくれることになっていたけど、ホッピングの習得を翌日まで待つことなんて、真面目すぎる僕にできるはずがない。そう、僕は真面目すぎるんだ。誰が一番大きな愛を持っているのか、世界はその一番を決めるために毎日いがみ合ってるわけだけど、「お前には愛がないな」と言われてもいいから、僕はそんないがみ合いには絶対に参加したくないと思ってるんだ。おまけに、「悟ってたまるか!」とも思ってる。真面目すぎるでしょ?

 僕は空き地でホッピングの稽古に励んだ。黙々と。卵白をかき混ぜる泡立て器のように。あるいはまた、泡立て器にかき混ぜられる卵白のように、黙々と。

 僕は二日酔いをエスカレートさせる車の揺れに耐えた。それから、野次馬に勝手に写真を撮られることにも耐えた。その甲斐あって、僕は死にかけの虫のようにしか動かせなかったローライダーを、「生き返りかけの虫」みたいに動かせるようになったんだ!

 そういうわけで、僕はローライダーでアルバイト先へ向かった。

 休日出勤(聖良ちゃんの仕事ぶりを眺める仕事さ)のときは、午後九時に出勤すると前に説明したけど、僕はその日、通常出勤の時刻である五時十分前、つまり四時五十分に到着するようにアルバイト先へ向かった。ホッピングはできないまでも、生き返りかけの虫のように動くローライダーを出勤前の聖良ちゃんに見せたいと思ったのさ。そんな気持ちの高ぶりもあってか、豪雨のごとき二日酔いの頭痛は治まり、頭にはダブルレインボーが架かっていた。

 つづく