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父の目


「目の前で知らない男が淡々と焼肉を食べていく姿を
わたしは妬ましくジッと見続けていた。」

きっと、感情から察するにこの記憶は小学生の頃だと思う。


我が家に知らない男が来て、目の前で焼肉を食べていた。
わたしもお腹が空いていてしょうがなかったが、空気的にそれは父とその男しか食べてはいけないようで、焼かれては男の口の中に消えていく肉たちをただただジッと見つめていた。


父が連れてきたその男は明日から父の元で働くという。

その景気付けのようなもので焼肉を食べているようだ。


わたしは自分も食べれるのかどうかと終始様子を伺っていたが
結局、一切れも食べれないまま次に焼くものすら無くなっていた。

「この人なんなの」

子どもながらにムカついていた。
口はもう焼肉の口である。
拷問のように匂いだけ嗅がされ、食べれない現実に心底がっかりした。


「じゃあ明日も早いから今日はうちで寝ろ。先に風呂入れよ。」
父が男に声を掛けた。

「ああ、有難うございます。じゃあ、着替え取ってきます。」

そう言って男は家を出て駐車場へと着替えを取りに行った。


「ねえ、なんなの、あの人。わたしだって食べたかった!!!」

男の足音が遠かったのを確認して、わたしは父へと訴えかけた。
美味しそうな匂いを嗅ぐだけ地獄を味わされて機嫌が悪かった。

父は「今日はあいつのためだからいいんだよ」と言った。


全然納得できないまま、母に晩ご飯を作ってもらったように思う。

しばらく時間が経ったが、男は一向に帰ってこない。

子どもながらに疑問を持ち「あの人、遅くない?」と聞いたら

「あいつは帰ってこないよ」

と父が言った。


意味がわからなかった。

「え?どういうこと?」と聞いても

「あいつはそういう奴なんよ。こうやって生きてくことしかできんやつが
世の中にはいるんだよ。だからいいんだよ、これで」

と父は言って話を終わらせた。


食い逃げする男に肉を食べさせた父にもムカついたし、
あの男に関しては「だったらわたしが食べたし!」と最高潮にムカついていた。

何よりも、こうなることをわかっていてご飯を食べさせたという父のことが
よくわからなかった。

なんであんな人にそんなことするの?という気持ちしか当時のわたしにはなかった。








「なんでそんなに、いろんな人のことがわかるの?」

高校生ぐらいから言われ始めた言葉だ。
わたしは「人」という生き物と「言葉」について苦しんだ時期があった。
正直、それは今でも続いていることでこれがなくなることはないんだろうけど、

「人のことがわからない」

という気持ちを持ち続けた結果、日常の中で無意識に
他人を観察する癖がついたようで、たいていの人の気持ちや考え方が
なんとなく汲み取れるようになっていた。

それでも、じゃあ人生の中で人より多くの系統の人に関わったのか
と言われたら、そういうわけでもないと思う。

じゃあ、なんで関わったことがないような系統の人の頭の中も想像できるのか。と
ふと考えた時に、あの焼き肉泥棒男と父が浮かんだ。笑


父も大概、いろんな系統の人と関わることが多く、少し話したり、見たりすることでその人がどういう考えを持つ人かわかる、同じ能力を持っている。


(ああ、きっとわたしは、わたしの人生では関わることのない人間を
父を通して見てきてたんだな。)


父から見る世界、父の目線、父から見る人間という生き物を
わたしも知らないうちに、父越しに見てきていたのだ。

そう思った。


そして、あの焼き肉男に父がご飯を食べさせた理由が今では
なんとなくだが、わかるような気がする。


父に確認したわけではないから、真実はわからない。けど、

「誰かに迷惑かけないと生きれないなら、俺にかけて生きればいい」

きっとそういう気持ちで父は裏切られることをわかった上で
ご飯を食べさせたんじゃないかと思った。


それは、わたしが

「誰も理解者がいないなら、わたしが理解者になるよ。それじゃダメかな」

と、人を否定することなく、一人でもわかってくれる人がいるというだけで
人の心は楽になる、救われる人がいると思って、わたしにぐらい吐き出してよ。
と思って生きていることと同じなんじゃないかと思ったからだ。


きっと、わたしは無意識に父の背中を見て育っている。

きっと、わたしは父と同じことをする。



大人になったわたしは、焼き肉男のおかげで
優しくできる人が多くなっているのだと思う。


幼少期のわたしをムカつかせてくれて有難うである。笑

そんなことがなければ、わたしの記憶にすら残らなかっただろう。



あの男は今でも誰かに嘘をつき続けながら生きているのだろうか。

生きてるなら、なんでもいいよ。
どうにだって生きろよ。傷つけてでも生きろよ。

関わった人を「優しい人」にする。

それがあんたの使命なんでしょ?



いつか恩返しにきたら、父の撒いた種が花を咲かせたってことになって、父は救われるんだろうけど、別にそんなこと望んでもいないんでしょ?


あなたの娘でよかったよ。

いろんな背中を有難う。






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