足立智美

パフォーマー/作曲家、音響詩人、楽器製作者、視覚芸術家。 ここには日本語の文章を置いて…

足立智美

パフォーマー/作曲家、音響詩人、楽器製作者、視覚芸術家。 ここには日本語の文章を置いていきます。 https://www.adachitomomi.com/ https://www.youtube.com/aaaxt

最近の記事

アクースティカですか 解説

 この作品では、われわれのヴァージョンの《アクースティカ》で大きな役割を果たす、ターンテーブルとベルトコンベア、2つの回転する物体を用いて、記譜法の試みをしている。  《アクースティカ》のように、演奏者が楽譜を演奏モデルとして学習し、体に覚え込ませ、舞台上でリアルタイムに再編するというやりかたは当時は斬新だったし、今でも狭義の現代音楽の文脈では新鮮かもしれない。とはいえその時点で、その方法論はクリスチャン・ウォルフやコーネリアス・カーデューによっても共有されていたし、もちろん

    • 古代中国の実験音楽~楽経から~第七番「楔形文字」+第八番「ユークリッド」 解説

       儒教の聖典、四書五経は元来は四書六経であり、音楽の書《楽経》が含まれていた。この書は秦の始皇帝の焚書坑儒によって失われたと考えられてきた。しかしこの書の英訳とされるものが存在することはほとんど知られていない。小川惣太郎(1873?-1909)なる人物が1908年にロンドンで少部数だけ出版した《Classic of Music》の前書きで彼は楽経の一部の写本と信じられるものを、大連で1905年に手に入れたことを記している。この小川惣太郎について分かっていることは多くないが、1

      • マウリシオ・カーゲルの《Acustica》 ディレクターズ・ノート

         マウリシオ・カーゲルの《Acustica》(1968-1970)は典型的な1968年の作品だといえるだろう。例えば同時期、同地域のシュトックハウゼンの《Aus den sieben Tagen》のように、政治の領域における異議申し立ての時代と同期したラディカリズムがここにある。それまでの自分の作品の一側面を極端に蒸留した結果、まったく別のものになってしまったような作品。そして作家はそのあとその蒸留物を希釈して利用する。カーゲルも例外ではない。  カーゲルの場合、音楽のヨーロ

        • 林千恵子メゾソプラノ・リサイタル『アペルギス&グロボカール』 曲目解説

          グロボカール Second Thoughts (1995) 女声とテーブルに並べられたいくつかの打楽器のための。グロボカールの育ったユーゴスラヴィアでの1991年に始まる紛争を扱った作品。フランス語、ドイツ語、スロベニア語、クロアチア語、ラテン語を用いた手紙が身振りを交えながらが、歌われ語られ、合間に疑問が投げかけられる。この言語の選択に既にヨーロッパとグロボカールの政治的、歴史的地政学が反映されている。一番最後のパートで歌手は手紙の内容を自ら考え、反映させる(実際この部分は

        アクースティカですか 解説

        • 古代中国の実験音楽~楽経から~第七番「楔形文字」+第八番「ユークリッド」 解説

        • マウリシオ・カーゲルの《Acustica》 ディレクターズ・ノート

        • 林千恵子メゾソプラノ・リサイタル『アペルギス&グロボカール』 曲目解説

          足立智美 音響詩ソロ・パフォーマンス (国際芸術祭「あいち2022」)解説

           音響詩とは、詩と音楽の中間に位置するジャンルである。ひとつの源流は20世紀初頭の未来派、ダダの運動である。これらは美術の運動だと解されることが多いが、マリネッティもツァラもまずは詩人であったことを忘れてはならない。彼/彼女らは文法を破壊し、言葉を作り直し、タイポグラフィ、オノマトペを導入し新しい言語を創造した。  そこには意味に主軸をおいた伝統的な書法に対する否定と、本質的な新しさへの欲求があるが、その背景には多言語体験の拡大があったことは間違いがない。未知の言語に出会った

          足立智美 音響詩ソロ・パフォーマンス (国際芸術祭「あいち2022」)解説

          ジョン・ケージ《ユーロペラ 5》 演出ノート 

          ケージの演奏で面白いのは、謎解きのようでありながら、その都度異なった答えが、しかも相反する答えが複数見つかってしまう点である。ここで想い出されるのはケージが私淑していたマルセル・デュシャンの《ラリー街11番地のドア》である。2つの入口に1つのドアが対応したこの建物では、片方のドアを開けると、片方の入口は閉まってしまう。このドアから始めよう。しかしこの入口がどこにつながっているかもまた、大切である。 今から書かれるテクストは、上演に対する解説でなければ、上演を理解する助けでも

          ジョン・ケージ《ユーロペラ 5》 演出ノート 

          スクリャービン・シンセサイザー 第2番 解説

           スクリャービンはサティを別にすれば、西洋音楽史の中でおそらく初めて音楽を時間の外で考えた作曲家だった。サティとはまったく違い、語法としては終生ロマン主義から離れることはなかったものの、思想としてはロマン主義の延長で、サウンド・アートともいえる領域に踏み込んでいた。  《スクリャービン・シンセサイザー》はスクリャービンの神秘和音をサウンド・アートの実践としてとらえ、それを20世紀の音響合成技術の中から再検討する試みである。  神秘和音は四度音程を六個堆積した和音であるが、ス

          スクリャービン・シンセサイザー 第2番 解説

          ぬぇ 解説

           足立市場でやった70人以上の奏者のための《ぬぉ》が「音まち千住の縁」の最初の企画で2011年のことで、五年を経てその続編ということになる。年を経て規模が小さくなるというのもいいことだと思う。《ぬぉ》でのポイントは特定の場所のために、熟練の音楽家でなくても演奏できる(または熟練の音楽家でも演奏できる)、空間を活用した音楽を作るということだった。空間を活用というは観客が全体を見通せないものを作るということで、足立市場を観客が動きまわることになった。  《ぬぇ》は今度はたこテラス

          ぬぇ 解説

          超人のための音楽 第一番 AとB 解説

           デジタル・テクノロジーの進歩がもたらした音楽の新しい可能性として私が関心を持っていることのひとつが、人間の知覚能力を超えた音楽である。デジタル音響合成は人間の聴取によるフィードバックを必要としないので、人間の聴取能力を超えた音楽を作り出すことができる。もちろんそれらは「天球の音楽」のように昔から概念としては存在したし、トータル・セリー音楽のように音楽を作り出す方法が知覚能力を超えてしまうこともありふれたことである。この《超人の音楽 第一番》は現代のテクノロジーを使ってもはや

          超人のための音楽 第一番 AとB 解説

          弦楽四重奏曲第42番 -打楽器と声を伴う 「蝶が猿とあくびする(パヴェル・ハースに倣って)」解説

           パヴェル・ハースはブルノに生まれたモラヴィア系ユダヤ人の作曲家で、母はウクライナのオデーサの出身だった。当時のモダニズムと民俗音楽の間で優れた作品を残したが、その名はナチスによってアウシュヴィッツで殺された不幸な芸術家の一人としてまずは知られている。  パヴェル・ハースはソーニャ・ヤコブソンと1935年に結婚しているが、ソーニャはかつて言語学者のロマーン・ヤコブソンと結婚していた。  ロマーン・ヤコブソンはソシュールからの影響で構造主義言語学を打ち立てたひとりだが、その活

          弦楽四重奏曲第42番 -打楽器と声を伴う 「蝶が猿とあくびする(パヴェル・ハースに倣って)」解説