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選挙の公平性について考える

『最大多数の最大幸福』は、18世紀イギリスの法学者ジェレミ・ベンサムが提唱し、その後発展した民主主義の基本原則とも言える考え方です。そして、選挙が最大多数を量る唯一の手段であることは言うまでもありません。
そこで、今回は公平な選挙について考えたいと思います。

一票の格差問題とは?

1976年4月14日の最高裁大法廷判決で、一票の格差が最大で5倍に及んだ1972年の衆院選について「違憲状態にある」と判断しました。すなわち、選挙区における有権者人口の多寡によって票の重みに差異が生じることから、『すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない』と規定された憲法第14条に違反するとされた判決です。この最高裁判決を機に、一票の格差是正に向け選挙区の統合や分割など様々な改革が行われましたが、その結果人口の集中する都市部では選挙区が細分化され選出議員が増える半面、人口の少ない地域では広大な選挙区になってしまうなどの問題点も露呈し、今なお様々な議論を呼んでいます。
さて、以上はマスコミなどでも報じられているごく一般的な解説ですが、ここで一つ疑問を感じてしまいます。個人が投じる一票に格差が生じるのは憲法違反に該当することは言うまでもありませんが、それがなぜ選挙区という限られた地域によって生じるのだろうか?という疑問です。「今の選挙制度が選挙区割りになっているからだ」と言ってしまえばそれまでですが、それなら区割りそのものを考え直したらどうだろう?と考えてしまうのです。以下の考察はあまりに非現実的だとお考えになる方も多いと思いますが、議論のネタとして提供させていただこうと思っております。

選挙区の持つ意味とは?

選挙区割りの歴史は、国会(帝国議会)が開設された明治23年(1890年)まで遡ります。つまり、選挙区選挙は、議会と同時期に誕生し、今日まで営々と積み重ねられてきた制度ということになります。
では、直接選挙である帝国議会議員選挙になぜ選挙区という枠が設けられたのだろうか?と興に任せて様々な文献を漁ったところ、自由民権運動の高まりに押されるように明治14年(1881年)に国会開設の詔が出された時点から人口10万人を基準とする議席数が検討され、その後の調整の結果人口12万人当たりを1議席として各府県に割り当てたようです。こうして第一回衆議院議員選挙は、214の1人区と43の2人区、合計257区300議席で開始されたと文献に記されています。つまり、地域ごとに議席数を割り振る選挙区制度はほぼ前提のように当初から考えられていたようです。もちろん、その背景には民意により近い代表者を選出するという意味があったと思います。なにより、廃藩置県からさほどの年月も経っていないことから、地域への帰属意識は現代とは比べ物にならないほど高かったと思います。議員は「おらが地域の代表者」とされ、こうした考え方は130年を経た今日まで踏襲されることになったわけです。まさに「選挙は地盤・看板・鞄の三バン」の語源はこの時に成立しといって良いでしょう。三バンをWikipediaで引くと「日本の公職選挙では、政治家は優れた政策や資質で選ばれるべきで、知名度や組織、資金の大小で選挙運動が不公平にならないよう、公職選挙法や政治資金規正法などにより、選挙活動の制限と公平化が図られている。だが現実には、後援組織の充実度、知名度の有無、選挙資金の多寡や集金力の多少に当落が左右される場合が多く、これを揶揄する文脈で用いられることが多い」とされています。

一票の格差は区割りによって解消できるのか?

さて、区割りが成立した明治以降、人口格差を是正しようと様々な試行錯誤がなされてきました。先に挙げた1976年の最高裁判決は、依然解消されない区割り問題に対する節目の一石だったと考えてよいでしょう。しかし、地域ごとの人口は常に流動するため、国政選挙において一票の格差を完全に是正することは不可能といって良いでしょう。選挙のたびに人口を反映しながら区割りを決めていくことなどは極めて非現実的だからです。<区割りそのものを考え直したら?>などという政治の根幹を揺るがすような大それた考えに至ったのは、そうした事情からです。
現在の選挙制度は、次のようになっています。

  • 衆議院:小選挙区比例代表並立制

  • 参議院:選挙区制と比例代表制の併用

仮に選挙区という概念をなくし、衆参ともにブロックごとに一定の議席を割り当てれば、人口の違いに由来する一票の格差はかなり解消されるのではないでしょうか。実は、ブロック制を採用しているのは衆議院の比例区で、参議院比例区では全国を1ブロック(=全国区)としています。ただ、すべてを全国区にすると地域の声を国政に反映する手段が極めて希薄になることから、衆議院比例区のような全国を11前後のブロックに分ける必要はあると思います。
選挙区がブロックという大きな単位に変わることで候補者の声が届きにくくなるといった懸念もあると思いますが、今日の発展した情報通信技術を活用すれば、かなり解消できるのではないかとも思います。もっとも、地域の声を公平に国政に反映させるためには、ブロックの定義は十分吟味する必要はあると思いますが。
以上はかなりの極論(暴論?)ですが、一票の格差を区割りによって解消することは不可能で、真に解消に近づけるにはブロック比例代表制のような制度を取り入れるしかないと思うのです。

比例代表制でも解消されない一票の格差

一票の格差には、表面的にはあまり語られることのないもう一つの問題点もあると思います。それは年齢による格差です。

世代別人口の割合

上の円グラフは、2021年の18歳以上の日本人人口を18歳~30歳代(若手世代)、40歳台~50歳台(中堅世代)、60歳台以上(シニア世代)の3区分にしたものです。一見して分かる通り、60歳代以上のシニア世代の人口構成比が圧倒的に高いことが見て取れます。有権者となる18歳以上の人口比が圧倒的に少ないことから、まさにシルバー・デモクラシーという言葉の正しさを示しています。
<国家100年の計を見据えた政治>などと言われますが、その割りには若手世代の一票の重さがあまりに軽いように思われてなりません。将来を見据えた政治を実現していくには、次の社会を担う若手世代の票により多くの重みを与える必要があるように思うのです。
今日では、さすがに70年代当時のような区割りによる大きな格差は生じていませんが、それでも選挙区によっては2倍強の一票の格差が生じています。衆院選挙区画定審議会が勧告した定数の「10増10減案」が適用されても、格差を満足のいく範囲まで縮めることは、今後の人口変動から見ても難しいように思えます。
同時に、区割りの見直しだけを注目していても、世代間格差まで埋められることにはなりません。日本国憲法が保証した政治的、経済的又は社会的関係において差別されない社会をどのように構築して行けばいいのか?これまでの制度を形成してきた常識や慣習といった範疇を超えて、全く新たな発想が政治にも求められているのではないでしょうか。


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