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第九話:名作コピーから考える「パーセプションの更新」

良い作品を生むためには、まず良い作品にたくさん触れることである。というのはあまりにも有名なテーゼであり、同時にまた真理だと思います。私も、大学時代から良いコピーには貪欲に触れてきたつもりですが、その膨大なコピーの中でもどれが一番好きか、あるいは凄いと思うかと聞かれたら、迷わず挙げるのがサントリーウイスキーのこのコピーです。

時は流れない。それは積み重なる

この私のライフタイムベストコピーは、秋山晶さんによって1992年に書かれた高級ブレンドウイスキー「サントリークレスト12年」のコピーです。クレストという銘柄は今は既にありませんが、サントリーウイスキーの最高峰「響」の弟分、くらいの格付けのウイスキーだったようです。グラフィックとCFは映画「007」のジェームズボンド役で有名な米俳優ショーン・コネリーを起用し、ゆったりとウイスキーをかたむけながら「ひととき」を味わう男の姿を描いた味わい深いものになっていました。歳を重ね渋みを増した名優の表情演技を受けて、この名コピーが締める。するとそれは、単なるウイスキーの広告の枠を超えて、年月を重ねて生きていくということの素晴らしさを謳う人生賛歌に昇華していたのです。

良いコピーは、大きなパーセプションを更新する

さて、このコピーを「パーセプションの更新」という視点から見てみましょう。パーセプションの更新の真髄は、既知の物事に対して「捉えなおし体験」を促すことで「新しい世界認識」として鮮烈に受け手の心に残すことです。「時は流れない。それは積み重なる。」というコピーが捉えなおさせるのは「時」というものについての認識です。

「時」とは、空気のように目に見えないが厳然として日常に存在します。遅刻したり宿題を忘れ(=締切に遅れる)たりすると、その都度確実に怒られる。だからどうやら「時」というものはこの世界にリアルに存在しているようである、と小学生の頃に捉えるわけです。しかし、それからは四六時中空気のように「時」に支配されて生きていくため、日常生活において改めて「時とは何か」ということについて向き合うことはありません。

同時に、テレサテンの名曲「時の流れに身をまかせ」などの心に沁みるJPOPの歌詞や、物語のナレーションの常套句「時は流れて・・」を無意識に刷り込まれ続けます。これによって自然と「時=流れるもの」であり、「時が流れる=若さが失われる」あるいは「無為に時間を過ごす」というネガティブな前提イメージが自然に私達の心の中に形成されています。

「時は流れない。それは積み重なる。」というコピーは、その前提意識をひっくり返しました。時が経つことは何かが失われゆくことではなく、その真逆である「価値の蓄積」であり、それこそ価値そのものなのだという気づきです。物心ついた頃から始終付き合っている「時」がネガティブからポジティブに変換されること。その大きなパーセプションの更新は、実は数年に一度の大事件と言ってもいい。この「脳内天変地異」と言ってもいい鮮烈な体験と同時にウイスキーの広告メッセージに接触することで、広告メッセージが忘れがたいものになるのです。

時の経過の「価値」に気づいたという嬉しい体験記憶は、そのまま樽の中で寝かせれば寝かせるほど味わいが増すというウイスキーの物性シズルに落ちていきます。これは「理解」を超えて「腑に落ちる」という形で心の奥に沁み込みます。

同時にこれは人生の「通しのリハーサル体験」にもなります。実り豊かであるはず(願望をこめて)の自分の今後の人生の都度都度に、サントリークレストをかたむけるひとときがあるのだという認識(パーセプション)が信念として定着することによって、その人の人生とサントリークレストは「切っても切れない」関係を切り結ぶのです。

世の中のパーセプションを更新する

「世の中のパーセプションを更新すること」これこそが、コピーライターの本来業務であり、だからこそ「24時間戦えますか?→OF COURSE!!」だったわけです。寝ながらも、常に考えて閃きの訪れを待っている、まさにルイ・パスツール博士の言う「Prepared mind」の毎日です。世の中のパーセプションが転換するだろうまさに今こそ、コピーライターは(一周回って)また多忙になるでしょう。

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