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少年院を出た子どもたちが直面する生きる難しさ 弁護士が語る自立への課題と法律の壁

犯罪や法に抵触するような行動や事件を起こした未成年が、矯正教育を受ける場所「少年院」。少年院で過ごす非行少年たちを追ったドキュメンタリー番組などで、どういう場所であるかを知っている人は多いかもしれません。ですが、その先は…?

少年院での矯正教育を終えてなお、一定数の子どもたちは社会へ戻る先がなかったり、地域になじむことができなかったり、とさまざまな困難を抱えています。
そうした厳しい実情にある子どもたちについて、大阪を拠点に活動するNPO法人子どもセンターぬっく理事長で弁護士の玉野まりこさんに伺いました。


「帰れる家がない」子どもたちのための支援活動

ぬっくハウスのダイニング
ぬっくハウスの様子。大阪弁で温かい状態を表す「ぬくい」が、「ぬっく」という名称の由来なのだそう。居場所のない子どもたちに心と体を休ませる場所をと運営を続けています

――玉野さんが理事長をされている“NPO法人子どもセンターぬっく”について教えてください。

ぬっくでは現在、大きく分けて子どもシェルター運営事業児童自立生活援助事業無料電話相談事業退居者等継続支援事業を行っています。

子どもシェルター運営事業では、今日寝るところがないというような居場所を失った子どもたちの緊急一時避難場所として、ぬっくハウスを運営しています。15~20歳くらいの女子をおおむね2ヶ月程度保護して、次の居場所を探すことをしています。

一人ひとりに子ども担当弁護士(以下、コタン)がつき、スタッフやボランティアと協力してサポートします。

ただ、子どもシェルターを退居した後の受け入れ先がなかなかないため、退居後の選択肢として自立援助ホームRe-Co(りこ)を開設しました。こちらも同年齢の女子を最大2年受け入れています。これが児童自立生活援助事業です。

無料電話相談事業の居場所のない子ども110番では、子ども本人や周囲の関係者から「虐待を受けている」などの相談を受け、必要な支援につなげています。

退居者等継続支援事業では、入居期間を終えたところで子どもたちの自立支援が完結するわけではないので、退居後も支援を行っています。退居後に生活がたちまち立ち行かなくなる子も多いため、その子に適した住環境を手配したり、生活を見守ったりなど、伴走するかたちで見守ります。アフターケアはコタンやボランティア(ぬっくメイトと呼んでいます)がチームで行います。
これに関しては、2021年度末に自立支援担当職員を配置することになりました。

――今回のテーマである少年院を退院した子どもたちですが、ぬっくではこれまでどれくらい支援してきましたか?

ぬっくとしては、少年院を退院した子どもたちは今のところ3名です。
数としては決して多くはありませんが、これには少年院を仮退院する際、法務省の刑事施設や委員会など、非常に厳しい手続きがあることが関係しています。審査過程の中で、その子どもの“帰住先”として本当にふさわしいかどうかが精査されるためです。


矯正教育プログラムを終えても出ることができないのはなぜ?

法務省矯正局配布の「明日につなぐ 少年院のしおり」より引用

――少年院の退院に関して、ご説明いただけますでしょうか。

少年院は法務省の管轄になります。
刑務所と異なり、入院期間は不定期です。一応、矯正教育のプログラムは11ヶ月ほどで終了できるように設定されているのですが、違反等があると、その期間が延びることもあります。
ただ、帰る場所がない少年は、結果的に1年~1年半あるいは2年近くまで延びることもあります。

少年院からの仮退院に関しては、地方更生保護委員会で帰住先を決定します。
少年院から仮退院の申請を受けた委員会が少年と面談して、その子にとって本当にふさわしい場所かどうかを判断します。

その“帰住先”というのも、家族や雇用主など引き受け先がある子どもは比較的スムーズに調整できます。大変なのは、そのような引き受け先がない子どもです。

「一人暮らしをします!」と希望を出したからといってそのまま通るわけではなく、帰住先をきちんと話し合う必要があります。保護観察所の管轄下に置かれ、7日以上の旅行には許可がいる、勝手に転居してはいけない、などの遵守事項を守りながら生活します。

――引き受け先のない子にとって退院後の一番の問題には、住まいがあるのですね。

そうですね。
非行をしてしまう子どもの背景には、実は親からの虐待があることが多く、子どもたちには被害者の側面もあると感じています。
少年院から仮退院をする子どもを親が「面倒を見ることができない」となると、その子には帰る場所がありません
受け入れ先としては、自立援助ホーム、子どもシェルター、自立準備ホームなどがあり、いったんそこに入ってからその先の暮らしをサポートする、という方法があります。

ただ、帰住先が見つかっても、必ずしも生活がうまくいくわけではありません。
ただでさえ思春期という難しい年ごろなのに加え、非行に至った子どもの心の傷は非常に深く、大人に対する不信感が強いことも多いです。そのため、幼いころから児童養護施設などで育った子どもたちとは異なり、10代後半の子が施設で生活するのは相当に難しいのです。

たとえば、帰宅時間を守る、自由に使える手持ちのお金を自立のために貯蓄する、自分の身の回りのことは自分でする、といったことが守れず、トラブルになることもあります。
そうなると、施設側としてもそのまま入居させておけずに、子どもは施設を出ざるを得なくなります。

またそうして施設から出た後、生計を立てることも困難で…。
私の担当したケースでは、一人暮らしのための部屋を探しても親権者の同意書や保証人をどうにも確保できない子、就労できず困窮に陥り生活保護を申請する子、やむなく風俗等の夜の仕事を始める子がいました。
自立という面では難しさを感じる子どもが多い印象です。


帰る家のない退所後の子どもたち。その後の暮らしは……

自立援助ホームRe-Co(りこ)の個室
自立援助ホームRe-Co(りこ)の個室。自立援助ホームに入居するには児童相談所の承認決定が必要になるそうです。しかし、少年院に入ると児童相談所のフォローがほとんど受けられないといいます

――少年院を出た子どもたちには、比較的小さな頃から施設の暮らしになじんできた児童養護施設出身の子どもや、電話相談から自立援助ホームに入った子どもたちが抱える問題とは違った難しさがあるのですね。

はい。本来受けられるはずのサポートが受けにくいという問題もあります。

児童福祉は厚生労働省、少年非行は法務省とそれぞれ担当省庁が異なるため、いったん非行少年として少年院に入ると、たとえ仮退院時に児童福祉法の適用を受ける年齢であっても保護観察所の管轄下に置かれ、児童相談所のフォローはほとんど受けられません。

そうすると、たとえば親からの虐待で児童相談所に保護された子どもが虐待の影響もあって非行に至り少年院に入院した場合、そこで児童相談所への係属が終了してしまいます。
自立援助ホームに入居するには児童相談所の承認決定が必要になるのですが、そういった手続的なことはしてくれても、ケースワーカーがその後の自立を支援することはありません。
この形式的な役割分担が、少年院から仮退院した子どもたちの抱える困難を解消しづらい一つの原因になっているようにも感じます。

また、施設を出たあとの施設職員の関わり方もそれぞれ異なります。児童養護施設の場合、施設を退所したあとも半年ほどはアフターケアが受けられ、一人暮らし先を訪問してもらうなどの支援が考えられます。
一方少年院の場合、そういったケアはなく、仮退院後の少年たちから少年院へ相談があれば対応はされるものの、児童養護施設のように職員からの働きかけはありません。
保護観察所も、あくまで行動等の観察をする機関であって、ケアをしてもらえるわけではありません。

――そうしたアフターケアや見守りが制度化されていない、というのも、その後の自立がうまくいかない理由の一つなのかもしれませんね。

そうかもしれません。私たちが関わっている仮退院後の子どもは、引き受け先がない子です。
その子たちは総じて、望まぬ妊娠をしてしまったり、困窮していたり、ゴミや騒音などの問題で近隣の方ともめていたり、精神を病んで入院していたりして、落ち着いて就労して生活を成り立たせている子は少なく…。なかなか大変です。

各機関の役割分担によって行政サービスが非効率に陥っている状況を、私たち弁護士が入ることで解消できることもあります。ただ、本来はそうした働きかけがなくても、その人に必要な行政サービスが的確に受けられる状況にあるべきですよね。
困難を抱えた子どもたちを、いろんな人が関与してチームで支える必要があると思います。


帰る家のない子どもたちの自立のために――ぬっくで行われるケア

自立援助ホームRe-Co(りこ)のダイニング
自立援助ホーム「Re-Co」のダイニングの様子。スタッフと一緒に料理をし、食卓を囲む憩いの場

――その子の置かれた境遇や事情によってそれぞれの難しさがあると思いますが、仮退院後に行く先のない子どもたちを含め、ぬっくでは居場所のない子どもたちにどんな支援を行っているのでしょうか?

シェルターや自立援助ホームでの受け入れの他、その後の住まいを確保したり、生活保護申請に同行したり、家具家電の準備をしたり、と本当にさまざまです。

住居を借りる際、「同意書へのサインだけでも書いてもらえないか」と親権者と掛け合うこともあります。
私たちが法人として賃貸借契約し、入居者として子どもを住まわせるケースもあります。この手段を取る前には、その子たちがきちんと家賃を払えるかどうかを判断したうえで貸すようにはしています。

また、ぬっくの活動に賛同してくださる不動産会社の方や協力家主さんの協力によって、お部屋を用意できたケースもあります。生活保護費から自社物件の家賃をまかなえるように手配をしてくださったり、審査の通りやすい物件を紹介していただいたり、仲介手数料を免除してくださったり、破格の賃料でお部屋を貸し出してくださったり、といった支援に助けられています。


実家のような心の拠り所となる場所を作りたい

子どもの作品①
ぬっくを利用する子どもの作品。ゆったりと手芸を楽しみ、スタッフに作品を見せる、リラックスした様子が感じられます

――ぬっくさんが今後、さらに力を入れていきたいことはありますか?

少年院を出た子に限らず、シェルターや自立援助ホームを出た後の子どもたちのサポートです。
私たちが出会う子どもたちの抱える問題は複層的で、“これをすれば解決する”といったものではありません。1つを解決してもまた別の壁にぶち当たることもあります。
そのため、息の長いサポートが必要になります。

ただ、そうはいっても、私たちがずっと見守るというわけにもいきません。いずれは自分の足で立たなくてはいけない。そのためには、地域の人・機関につなげるなどサポーターを増やす必要があります。

また、子どもたちが帰る場所が必要なのかなと考えています。たとえば、クリスマスやお正月といった年中行事や「疲れたな」「寂しいな」と感じたときに、ふらりと立ち寄れる心の拠り所となる場所があると、子どもの状況の変化などにも気付きやすくなるのかなと思っています。

たとえ家を確保できていても、彼らは孤独です。一人でいる寂しさや不安から、リストカットや薬の過剰摂取をしてしまう子も少なくありません。家だけでなく、信頼できる大人がいることが、子どもたちにとって必要なのだと思います


少年院に入った子どもたちの背景にも目を

――普段そうした未成年たちと関わりの少ない一般の人たちが、彼らにできることは何かありますか?

“少年院から出た子どもたち”という点からは、まずは非行に至った子どもたちの背景を理解する必要があると思います。
先にも触れたように、非行に至った子どもたちは、一定の被害者の側面を持つことが少なくありません。
もちろん、だからといって他人に被害を与えてよいわけではありませんが、まずは引き受けてくれる家庭すらない子どもがどのような困難を抱えているのかを知ることが重要だと思います。その先に、雇用や住まいの確保など具体的な支援の方法があります。

彼らは少年院で矯正教育を受けた後でもまだまだ未熟で、就労や生活の場面で失敗することは想定の範囲内です。そんなとき、「非行少年だから」という烙印を押すのではなく、子どもの目線に立って一緒に考え、時には叱り、寄り添うことが必要だと思います。
そして、失敗を乗り越えられる社会を、大人が作っていかなければならないと思います。


おわりに

少年事件がメディアに取りざたされると、得てして事件の一側面だけが大々的に報道されています。しかし、彼らが非行に至った背景、そしてぬっくのような彼らを支える大人がいることは、あまり伝えられていません。
子どもは生まれながらにして社会の一員であり、未熟であるからこそ、必要に応じて大人がその社会生活を手助けするもの。
より良い社会の一員になろうと心を改めた子どもに向けるべきは、批判的な視線でなく、受け入れる気持ちなのではないでしょうか。


プロフィール

玉野まりこ(たまの・まりこ)
1975年、大阪府生まれ。2015年1月弁護士登録。大阪弁護士会子どもの権利委員会に所属。子どもの権利・法律問題、離婚問題、DV・別居問題に注力し、一般民事事件、家事事件のほか、少年事件、いじめ等の学校問題、児童福祉の問題など、子どもの権利・法律に関する仕事を多く手がけている。2015年のNPO法人子どもセンターぬっくの立ち上げから活動に携わり、2018年に副理事長に就任。2022年6月からは理事長に選任され、団体の運営、子どもたちの代理人と、多面的に子どもの人権のために尽力する。


▼NPO法人子どもセンターぬっく

居場所のない子ども110番(子ども専用フリーダイヤル)
0120-528-184(受付時間:月~金 10:30~17:30)

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