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映画「そして、バトンは渡された」感想

ネタバレもりもりです。
未鑑賞の方はご注意ください。
よろしくお願いいたします。





 過去と現在が交錯しながら進んでいくストーリーですが、初見だとそれがわかりません。でも、みぃたん(稲垣来泉)と梨花さん(石原さとみ)のシーンから優子ちゃん(永野芽郁)と森宮さん(田中圭)のシーンに移り変わるとき、微かな違和感が残ります。微かすぎて、またシーンが変わったときにはその違和感は消えていて、でもまた同じことが起こる。そういう繰り返しが私の中に重なって行った末で、その違和感が形を成していきました。
 泣き虫なみぃたん。いつも笑顔の優子ちゃん。自由奔放な梨花さん。生真面目だけどお茶目な森宮さん。この四人の関係を、原作未読ですが私はなんとなく、なんとなくそうなんじゃないかなと予想していました。そしてそれは当たっていましたが、当たっていただけでした。

みぃたんと梨花さん
 優子ちゃん、いつもニコニコしてすごく感じが良いのに学校では浮いてしまっていて、最初、単純になんでなんだろうって疑問でした。あんなに女子から目の敵にされるような子には思えなくて、これも違和感でした。そしてその理由は映画を観終わってからわかりました。梨花さん、すごく綺麗で明るくて奔放で、ナレーションでは「狙った獲物は逃さない魔性の女」と紹介されていましたが、私は世間で想像する「魔性の女」とはちょっと違うと感じました。梨花さん、男性の前で「貯金はあった方が良い」とか「ピアノが置ける広さの家に住みたい」とか、明け透けに言うじゃないですか。予告の印象では、梨花さんはきっとそういう駆け引きがうまいんだろうなって勝手に思っていて、でも実際はあまりにも下手で驚きました。そういう直接的な表現って、男性に引かれてしまうから普通は避けるはずなのに、梨花さんはそれをしない。もうちょっとうまくやれるんじゃない? とハラハラしていましたが、そうじゃなかったんですよね。梨花さんは男性にモテたかったわけじゃない。みぃたんのために、みぃたんが望むものを与えられる人だけを探してた。泉ヶ原さん(市村正親)も言っていましたが、そういう形振り構わない正直さがきっと梨花さんの最大の魅力だったんですよね。普通なら引かれたり呆れられて相手にされないところを、自分の願いを確実に叶えてくれる相手は受け入れてくれる。本当の意味で「魔性の女」だなと思いました。これは勝手な私の憶測なのですが、梨花さんには女性で信頼できる友人はいなかったのかもしれません。きっと女性受けは悪いこの性格が、優子ちゃんにも影響しての学校での境遇だったのかなと勝手に納得しました。それでも優子ちゃんには最終的には女性の友人ができて、これは優子ちゃん本来の魅力なんだろうと思います。(生い立ちを聞いて急に態度をコロッと変える友人たちは正直気になりましたが、でも私たちもそういうことってありますもんね。リアルでした)加えて、二人がみぃたんとママだったと知ってからは、そこすらも親子として似た部分に思えて切なくて、じんわりあったかくもなれました。
 二回観たあとでこれを書いてるんですが、最初は最後の展開を知らないから、ずっとみぃたんに気持ちが行ってしまいました。本当のお母さんを早くに亡くして、本当のお父さんとも会えなくなって、泉ヶ原さんの家で突然いなくなってしまったママを泣きながら蹲って待つみぃたん。可哀想でしんどかった。何事もなかったかのように笑顔で帰ってきた梨花さんに、「参観日があったの。ママがいなくて寂しかった」と告げるシーンはほんとに心臓が掴まれたみたいにぎゅうぅと痛くて、「ごめんね」と抱きしめる梨花さんに腹が立ちました。水戸さん(大森南朋)に「みぃたんは私が責任をもって育てます」と宣言したんだから、自分の都合でいなくなったりしないでよ。参観日くらい把握して、ちゃんと出てあげてよって。どうにかできることでしょって。ママに来てほしかったみぃたんを思うと、梨花さんに振り回されている印象がどうしても強くなってしまいました。だけど全てを知ってから観た二回目は、梨花さんの気持ちを想い、やっぱり心臓が痛かったです。「ごめんね」とみぃたんを抱きしめたとき、梨花さんはきっと声を上げて泣きたかったはずなんですよね。出たかった、みぃたんの参観日行きたかった、観たかったよって、すごく悔しくてたまらなかったんですよね。思い返すとただダラけていたように見えた梨花さんの数々のシーンは、病気と闘っていたせいなんですよね。梨花さんってきっと自分の性格も、周りからどう見られているのかもちゃんとわかってるんだと思います。だからダラけているように見せることで、病気のこともみぃたんや周りの人たちに隠してきたんだろうな。死が近付く中、おそらくすごく大きな恐怖の中、「もし死んでも優子には報せてほしくない。ふらりと消えたまま、どこかで気ままに生きていると思われた方が自分らしい」と言っていた梨花さん。みぃたんのためだけを想っていた梨花さん。すごく強くて、素敵な女性でした。
 水戸さんと別れて狭い家に引っ越したとき。慣れない家事をしている中、水戸さんに手紙を書くみぃたんに文句を言われて、せっかく用意した鯛焼きも食べたくないと言われて、ディズニーも行きたくないと言われて、目玉焼きを焦がしたら「パパに会いたい」と泣くみぃたん。普通、イライラしちゃうと思うんです。実の親でも、あのタイミングで泣かれたらこっちも泣きたくなっちゃいます。だけど梨花さんは笑顔で「泣いてちゃダメ。こういう時こそ笑っておかなきゃ。笑っていれば色んなラッキーが転がり込むの」と告げていて、もうただ純粋に「この人すごいな」って思いました。一回目ね。水戸さんが出張でいない日。海に行きたかったとダダをこねて泣くみぃたんに、「ママが連れて行ってあげる」と起き上がって「練習しよう」とベッドの上で泳ぐシーンや、パンの耳を御馳走にするシーン、五十円玉を見つけて「贅沢しよう!」とホットカーペットに寝転ぶシーン。全部全部、尊敬しかなかった。こんなママだったら素敵だなってことを全部やっていて、みぃたんを笑顔にするために梨花さんは生きていました。カーペットのシーンはフラグびんびん過ぎてちょっと気付いてしまったけど、でも梨花さんの言葉は本心で、切実な願いだったんだろうな。
 水戸さんとみぃたんの手紙も、なんとなくそうだろうなと思っていたけど、それだけ梨花さんにとってのみぃたんは大切で大好きな我が子だったんですよね。それを今の水戸さんもわかってた。「みぃたんがいなかったら生きて行けなかった」は、きっと事実でした。子どもを手放さないためなら、そのくらいやっちゃうよね。梨花さんがやったことは最低なことだったかもしれないけど、けしてあなたは「最低な母親」じゃない、大好きだよママって、梨花さんのこと優子ちゃんに抱きしめて欲しかったな。

優子ちゃんと森宮さん
 優子ちゃんと森宮さんのシーンは安定感すごかったです。早瀬くん(岡田健史)の言うように、お互いを尊重し合っていて本音も言えてて、素敵な関係でしたよね。森宮さんは親としてをすごく意識していて、なんだか可愛らしい人でした。梨花さんから言われたことを素直に受け止めて料理教室に通って、ちゃんと料理を覚えて優子ちゃんのために毎日手作りの食事を用意するのって、もう愛しかないじゃないですか。義務とか責任感だけじゃできません。愛ですよ。最後に優子ちゃんを託す相手として森宮さんを選んだ梨花さんは本当にすごい。泉ヶ原さんといい、見る目がありすぎます。
 優子ちゃんが早瀬くんと彼女の存在にショックを受けて伴奏練習に身が入らない中、森宮さんが優子ちゃんの演奏に合わせて歌って、そのまま卒業式にフェードインするシーンすごく好きです。森宮さんは、優子ちゃんが早瀬くんと彼女を目撃したとき傍にいて、優子ちゃんが伴奏練習に集中できていない理由も、きっと全て察していました。だけどそれを一切匂わせず、「俺が練習相手になろうか」と優子ちゃんの隣でおどけながら歌い、優子ちゃんも笑って。二人が積み重ねてきた親子の時間を、少しだけ知れた気がします。こんなふうに、森宮さんは優子ちゃんをずっと愛してきたんだろうな。優子ちゃんが学校で作り笑いを絶やさずにいる中で、森宮さんの前では常に自然体でした。「家庭の問題かしら」と言った先生に明確に怒りを示した優子ちゃんにとって、家族は、森宮さんは、ただの安心できる帰る場所で、誰かに同情されるような境遇じゃなかったんだよね。
 卒業式のシーン。ここでようやく、みぃたんと優子ちゃんが同一人物だとわかります。発表会があるんだと赤いドレスを嬉しそうに掲げていたみぃたん。そんなみぃたんと優子ちゃんの姿が森宮さんの中で重なるところは、めちゃくちゃに泣けて、同時にほっとしました。みぃたん、森宮さんのところに行ってからもちゃんと発表会出られたんだろうなって思えたので。勝手にですがw森宮さんが「発表会? せっかくだし、出ようよ! たくさん練習したんでしょ? もったいないよ!」ってみぃたんと梨花さんをせっつく様子が目に浮かびませんか?  もちろん泉ヶ原さんのところでやっていたようにピアノのレッスンは出来なかっただろうけど、出たかった発表会にはあのドレスを着て出て、それを梨花さんと森宮さんが観に行って、そのときのみぃたんと高校生の優子ちゃんの姿が重なったんだろうなって。
 みぃみぃ泣くからみぃたん! と紹介された幼かった優子ちゃんが、大人になるためにまた一歩踏み出している瞬間が卒業式です。そのときの親の気持ちってどんなんだろう。私にはまだ経験は無いけど、森宮さんがぼろぼろと涙を零す姿に、切なさと寂しさと、確かな幸福が見えました。森宮さん。あなたのおかげで、今優子ちゃんはあんなに柔らかく笑いながらピアノを弾いています。あなたのおかげです。あなたが優子ちゃんのパパで、本当によかった。

優子ちゃんと早瀬くん
 実の親とぶつかって悩む早瀬くんと、実の親じゃない森宮さんとぶつかれずに悩む優子ちゃん。伴走者が集まってひとりひとりピアノを弾くシーンで、早瀬くんが弾いた瞬間に差した光は、あの日の雨上がりの日差しだったのかもしれません。寂しく沈んでいたみぃたんを救ったピアノの音と暖かい日差し。あの日も、そしてこの日も、優子ちゃんにとって確かに転機の日で、運命を変える日でした。早瀬くんとのシーンでは、再会した二人がお互いの気持ちを確認するところが大好きです。早瀬くんの「俺のこと、好きなの?」と、優子ちゃんの「まあ、……そう」がとてもリアルで。優子ちゃんはきっとこの日に初めて、あの日救ってくれたピアノの音の向こう側に早瀬くんがいたって気付いたんでしょうね。こういうことに後から気付くのって、すごく運命的ですよね。早瀬くんが途中から意識しまくりで微笑ましかったし、駆け引きのような結婚を重ねていた梨花さんとは違い、ちゃんと恋をしている優子ちゃんの姿にホッとしました。
 親巡りだ、と泉ヶ原さん、水戸さんを行脚しながら将来を見据えていく二人。まだまだ青くて可愛いけど、お互いをこれまでの人生ごと大切にしているその姿勢に、なんだか背筋が伸びる思いでした。

親たちの嘘と、優子ちゃんの嘘
 結婚を決めて、優子ちゃんたちが全てを知った日。一回目はあのシーンは過去ではなくて今だったのかとか、卒業式の秘密とか、ここはほんとに泣いて泣いて頭痛くなるくらい泣いて。二回目では、泉ヶ原さん、森宮さん、梨花さんの嘘を確認しながら観たので、それを思い返しながら泣きました。全部みぃたんの、優子ちゃんのための嘘で、優子ちゃんに幸せになって欲しい、悲しまないで欲しいからついた嘘で。森宮さんを責める優子ちゃんは、きっとこのとき初めて自分の感情をダイレクトにぶつけたんじゃないかな。もちろん今まで無理してたとかじゃなくて、身勝手でどうしようもないことをぶつける相手が、梨花さんのことを隠していた泉ヶ原さんじゃなくて森宮さんでした。それって、すごく親子じゃない? 受け止めちゃう森宮さんだから喧嘩にはならないけど、森宮さんは優子ちゃんにとって本当のパパなんだなって、なんだかそれにも泣けちゃいました。そしてこれも私の勝手な想像なんですが、途中のシーンでもあって、最後全てがわかったときにも映された梨花さんが優子ちゃんのドレスを選ぶシーン。カラードレスで、花が散りばめられたのを選んでいて既視感があったんです。二回目を観て、最初の水戸さんとの結婚式にみぃたんが着ていたドレスも同じような花の可愛いドレスで確信が持てました(梨花さんが選んだと決めつけていますが梨花さんが選んだよね)。梨花さんにとって、みぃたんも成長した優子ちゃんも、ずっと可愛くてたまらない我が子なんだなって。みぃたんに選ぶドレスと、優子ちゃんに選ぶドレスが同じようなデザインで、すごく可愛いこのドレス、絶対みぃたん、絶対優子に似合うって、そうやって選んだんだろうなって。もうただの親じゃんって。梨花さん、みぃたんの、優子ちゃんのただの普通の親バカな親じゃんって。みぃたんが、優子ちゃんが大切で大好きで手放したくなくて、形振り構わない梨花さんは、魔性の女なんかじゃなくてただの親でした。どこにでもいる普通の、子供を一心に愛しているただの親。(このカラードレスを着たかどうかはわからないので本当に想像です)
 数々の嘘を親たちに吐かれてきた優子ちゃんの最後の返し、よかったですね。
「森宮さん、私泣いてなんかいないよ。ママは今もどこかで生きてるんだもんね」
 その場にいたみんなが嘘だとわかる嘘。でもそれは、これからを前向きに生きて行こうという優子ちゃんの決意で、梨花さんへの何よりの贐の言葉になったんだろうな。

最後のバトン
 森宮さんが優子ちゃんに、「生きる意味をくれた」と言ってましたね。親たちを幸せにしてきたんだと。小学生の頃に落としたバトン。それ以来ずっと失敗を恐れてバトンを受け取らずに来た森宮さんは、事前に梨花さんから子どもの話を聞いていたらもしかしたらこのバトンを受け取らなかったかもしれません。自分に自信が無かったから。失敗するのが怖かったから。だけど受け取らざるを得ない状況で受け取ってしまったそのバトンは重くて、すごくすごく重くて、でも確かな幸せを森宮さんに与えたんだと思います。幸せが二倍になったと笑った森宮さんに救われたみぃたんの中に、その言葉が残ってました。何気なく告げられた優子ちゃんの「私の結婚式に森宮さん似も相手がいたら、二倍幸せ」という言葉がもたらした森宮さんへの穏やかな幸福を思うと、こちらもあたたかい気持ちになれます。
 みぃたんの、優子ちゃんの、ただただその幸せを願ってきた梨花さんの、水戸さんの、泉ヶ原さんの、森宮さんの想いは、ずっしりとした重さで早瀬くんに渡されました。渡されたそのバトンはきっと姿を変えて、手を取り合って走って行くんでしょう。ずっとずっと、走って行くんでしょう。応援席には、二人を愛しているたくさんの親たちがいます。その声に、言葉に、思い出に支えられながら幸せになって欲しい。
 愛に溢れかえった嘘たちに、何度も出会いたくなる作品でした。

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