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Pollinator garden:虫と共生するフードフォレストをつくろう

ACTANT FORESTには、いろんな虫が住んでいる。切り株に列をつくるアリ、羽音を立てて飛んでくるハチやアブ、枝の間に巣を張るクモ、ベニヤの下から飛び出してくるカマドウマ……。フィールドのあちこちで名前も知らない虫と出会う。自然の中なのだから当たり前だとわかっていても、ふだん都市に住む虫耐性の低い私たちにとって、彼らは今のところ敬遠しがちな存在だ。だが、そんな軟弱な感覚に逆行して、森の一角に「ポリネーターガーデン」をつくり、この場所に虫たちをもっと増やしていこうとしている。なぜなら、人間にとって心地よい森林環境をつくるためには、虫というアクターが欠かせないからだ。ACTANT FORESTは、これまでフードフォレストエリアの開拓に力を入れてきた。今回、人が食べられる果樹やハーブだけでなく、その受粉を促す虫たちが好む、いわば虫のためのフードフォレストとなるにはなにが必要かを考えてみた。この記事ではそのプロセスをレポートする。

フードフォレストに関する過去の記事はこちら。

ポリネーターのはたらき

pollinator.art(後述)で生成したポリネーターガーデン

ポリネーターガーデンとは、花粉を媒介する虫(pollinator=送粉者)の採餌を助ける草花を植えた庭のこと。こうした目的をもつガーデンがあると知ったのは、今年3月のINSPIRATIONSで、アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグの《Pollinator Pathmaker》を取り上げたのがきっかけだった。なぜ虫たちにフォーカスした庭がつくられているのかというと、人為的な環境変化によって、世界的にポリネーターが激減しつつあるという事態が知られるようになったためだ。

花粉や蜜などの餌を求めて花から花へと往来する、ハチやアブ、チョウ、ガ、ハエ、甲虫類。これらポリネーターの行動は、被子植物の9割もの受粉を助けているという。被子植物は、約30万種ある陸上植物の9割を占めるとされるから、この送粉サービスは、生態系の基盤となる植物の生存を大きく左右するものだ。野生の植物だけでなく、農業においてもポリネーターは不可欠な存在で、世界の主要な農作物の約75%が、彼らのはたらきに依存しているという。その大多数が野生種によるもので、作物生産への貢献を金額にすると、全世界で年間約20兆円、日本においても約4,700億円にのぼると見積もられている。

ではどのくらい減少が進んでいるのか。昆虫全体では、毎年1–2%ずつ量的減少が続いており、特に深刻な地域では、20年間で3分の1が失われる恐れがあるという。またポリネーターについては、北米では在来のミツバチの多くとチョウの19%が、EUではポリネーターの種のうち10%が絶滅の危機に瀕しているらしい。その主な原因は、都市化や森林伐採、集約的農業などによる生息地の喪失。また、農薬の使用や環境汚染、侵略的な外来種や病原菌、気候変動などもポリネーターに対する脅威となっているという。こうしてポリネーターの数や多様性が減ってしまうと、受粉を担っていた植物種についてだけでなく、直接・間接にかかわる他の生物の衰退や絶滅、そして人間の食糧供給にも影響を与えることになる。虫と人間生活の関係など想像したこともなかったが、生態系も、私たちの食や健康も、ポリネーターの存在ぬきには成り立たないのだ。

アルゴリズムが設計する、ポリネーターセンタード・ガーデン

こうした危機的状況を背景に、英国コーンウェルのエデン・プロジェクトからコミッションを受けて制作されたのが、《Pollinator Pathmaker》だ。専門家と共に構築されたアルゴリズムツールと、地域に即してキュレーションされた植物パレットによって、ポリネーターの多様性を最大限に高める植栽パターンを設計し、それらを「生きた彫刻」としてインストールするという作品。作家が実際に手がけた「エディションガーデン」は、1作目がエデンの敷地内に、2作目がサーペンタイン・ギャラリーの委嘱で同施設のあるケンジントンガーデンに、そして3作目がこの秋からベルリンのLight Art Spaceに展開されている。

ギンズバーグがコンセプトの中核としているのは、他の種への「共感(empathy)」、つまりポリネーターの眼を通して世界を見ることにある。その着想のきっかけになったのは、虫のビジョンを表した写真だったそうだ。通常、花壇や庭は人間の眼を楽しませるためにデザインされるが、この空間の真のユーザーである虫たちは、紫外線などスペクトルのさまざまな部分を認識し、人間が見ることのできない花の色素や模様を知覚している。もし、ポリネーターが庭をデザインしたとしたら、人間はそれをどのように見るのだろうか。そうした関係性の逆転を試してみようとスタートしたのだという(本作について語る対談は、以下の動画で見ることができる)。

ポリネーターがどの季節に現れ、どんな植物から採餌し、それをどのようなパターンで探索するか。植物と共進化をとげてきた虫たちの特性は、種によって様々だ。それらをもとに、地域の植生データベース、土地のサイズや土壌・日照条件などと掛け合わせて、アルゴリズムが虫たちに最適化された庭を計算する。どのようなパラメーターが入力されたとしても、1年を通してポリネーターの多様性を最も高めるように設計されているという。この種の多様性こそが、彼女の言う他の種への「共感」の最大化であり、その表現になっているのだそうだ。

開発されたアルゴリズムは、誰でも利用できるツールとして、WEBサイト「pollinator.art」に公開されている。利用者が自分の土地にあった条件を入力していくと、画面の白いグリッド上に、草花が風にゆらめくCGスケッチが生成される。これを虫たちが見ているビジョンに切り替えれば、それまで一面グリーンだった草叢は、まったく異なる色彩のパッチワークとして現れる。ここでシミュレートされた植物のリストと配置図が合わせて発行され、それぞれの場所で独自の「DIYガーデン」を作成できるという仕組みだ。

ただし、作家本人も語るように、このシステムがポリネーター危機のためのソリューションになるかどうかは定かではない。生息地を増やすサポートにはなるとしても、そこで生起する植物や虫の生と死までをコントロールすることはできないからだ。だが、アート作品としての本意は「変化の契機(Moment of transformation)」をつくることにあるという。人間中心の視点から庭の見方を変えてみること。そして、時間と労力をかけて自ら庭の世話人となることで、生態系の中のエージェンシーとしての感覚をもつようになること。人間のふるまいの変化がポリネーターの危機を引き起こしてきたとするなら、その修復にもまた人間側の変容が必要ということだろう。

ポリネーターガーデン=虫のためのフードフォレストをつくる

《Pollinator Pathmaker》に触発され、このWEBツールを使って、ACTANT FORESTでもDIYガーデンをつくってみようとなった。フィールドでは昨年来、果樹を中心としたフードフォレストづくりに(苦闘しつつ)チャレンジしているが、虫たちの採餌場所であるポリネーターガーデンは、いわば彼らにとってのフードフォレストであるとも捉えられる。果樹を育てる上でポリネーターが果たしてくれる相乗効果への期待とともに、同じ森の中で、人間にとっての食べ物と虫たちの食べ物の間に新しいつながりが生まれたらいいなと考えたのだ。

現在のところ、ツールの対象となっているのはヨーロッパのいくつかの地域のみで、日本の植生には対応していない。そのため、アルゴリズムが出したパターンに即しつつ、植生リストを在来種に置き換えていくことにした。以下に、そのプロセスを振り返ってみよう。

1|pollinator.artでガーデンを生成
ガーデン用地としたのは、ちょうど整備を進めていた駐車場スペース裏の半日陰エリア。森に入る通路部分を挟んで、1m×5mほどの区画2つ分になる。ツールの仕様上(2.5m四方以上の面積が必要)、一辺を実際よりも長めにしてガーデンを生成し、配置図と植生リストのインストラクションをダウンロードする。あわせて固有のリンクが発行されるので、私たちのデジタルガーデン(https://pollinator.art/?id=5twPZRUJJUh4t2A9oj9RXG)はいつでもここから見ることができる。

元になるDIYガーデンのポリネータビジョン

以下がオリジナルの配置図で、1ブロックは50cm四方を示している。数字の番号は、植物リストのうち花のつく植物を、緑色の円で示された英字はセットで植える草を表している。草を一緒に植えることで、植物が落葉したあとも雑草が広がるのを防ぎ、ポリネーターの生息地の維持に役立つのだそうだ。だが、このままでは敷地の形状に合わないので、配置図を少し組み替えて、1m×5mの区画2つ分になるようにした。

オリジナルの配置図
奥行きを半分に分割。ここから重複する種を間引き、1m×5mになるよう圧縮した

2|在来種への置き換え
今回アルゴリズムが生成した植物リストは、花が16種、草が2種。これは、初期設定の「植物種の多様性」のパラメーターをもっとも「less」に指定した数だ。余力があればもっと多様にしたかったが、苗の調達などの面から現実的なところで、ひとまずミニマムの数に設定した。

植物リスト(部分)。1ブロックに1~5株植えるなど、密度も様々

このリストを一つひとつ在来種に置き換えていく。なかには園芸品種として市販されているものもあるが、在来植物により多くの在来の虫が訪れるとされるため、リスト中の植物と同一の、または近い分類にある種から、森の環境で生育できそうな在来種を当てはめていった。学名を見てもまったくわからないので、まずオリジナルの種と分類を特定し、その分類に対応する在来種を探していく。こうして地道な検索の結果できた対応表がこちら。

グレー地がオリジナルの植物リスト、緑の網掛が今回ACTNAT FORESTに植えた種

3|苗や種の入手
置き換えた在来種のほとんどはいわゆる山野草で、ホームセンターなどで手軽に入手するのは難しい。今回は、都内西部にある専門店を中心に、そこで揃わなかったものはネット通販や現地近くの園芸店で購入した。また、園芸家ポール・スミザー氏のサイトでは、同じ山梨県で採取された種子がいろいろと販売されているので、苗で手に入らなかったものはこちらからも数種購入した。

4|現地で植え付け
まず紐などを張って50cm四方のガイドを用意し、1ブロック分の区画を区切る。そして、リストに記された密度で、ややランダムに、ガイドの端から少し距離をおいて苗を配置。あとは普通の草花と同様、苗のポットを水に浸し、穴を掘って植えるだけ。今回は春先に植えたが、秋も適期だ。一度に必要数がすべて揃えられたわけではなかったので、続きはこの秋に追加できたらと思う。

(左)配置図に沿って苗ポットを並べる (右)植え付け完了

おわりに

植え付けから1か月ほど経って森を訪れると、ほとんどの草花が根付いて、ひとまわり成長した姿を見せていた。2〜3種は、獣に食べられてしまったのか、枯れてしまったのか、跡形も無くなってしまっていたが、いくつかはきちんと花を咲かせていた。虫の目でみるとカラフルな風景として映るのだろうか。

(左)シラヤマギク (右)アサマフウロ

これらはすべて多年草なので、地上部が枯れても株は育ち、また翌年花をつけてくれる。次はどの花が咲き、どんな虫が訪れているだろうか。彼らはフードフォレストまで足を伸ばしてくれるだろうか。作家の語るように、自ら手をかければこそ、虫への抵抗感も少しずつ楽しみに変えていけるのだろう。

だとすると、そんな人間側の変化が求められているのは、こうした森よりも都市の方なのかもしれない。家庭の庭先やベランダ、街路樹や植え込み、道端の雑草、公園や緑地。都市のなかにある限られた緑のどれほどが、ポリネーターガーデンのような機能を果たしているのだろう。都市にタイニーフォレストをつくっていこうとする私たちの「Comoris」プロジェクトも、虫やその他の種の視点を取りこぼさずに、変化の契機になっていけたらと思う。

参考資料・WEBサイト
・「ハナバチに生息地を贈るためのガイドライン 第二版」日本送粉サービス研究会
・「果樹・果菜類の受粉を助ける花粉媒介昆虫調査マニュアル」農研機構、2021年
EU Pollinator Information Hive
Pollinator Partnership
Xerces Society

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