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SPUN:地下世界のフロンティア、菌根菌ネットワークをリサーチする

Ryuichi Nambu

はじめに

気候変動や生物多様性の問題にとって植物が重要なアクターであることは周知の事実だが、その土の下に、「菌根菌」という微生物の活躍があることは、まだあまり注目されていない。彼らは植物にとって必要不可欠な養分を土から吸収し、植物と交換している。ほとんどの植物は、菌根菌と共生関係を持っていて、彼らなしではうまく育つことができない。

とある菌根菌は、非常に多くの炭素を地下に蓄え、地球温暖化を防いでいる。植物から菌根菌に送られている炭素の総量は、ある試算によれば、年間50億トンにも上るという。また、植物が過酷な干ばつを乗り切ったり、害虫を退治したりするのを手助けする菌もいる。農作物に養分を送り込み、化学肥料の必要性を減らす役割も果たしてもいる。さらに、菌根菌はお互いにつながりあい、森全体に長大な交易ネットワークを張りめぐらせているとも言われている。植物が海から地上に這い上がった太古の時代から地上の生命を支えてきた菌根菌は、たとえ目に見えなくとも、森にとっても、生物多様性にとっても、私たちの生活にとっても欠かすことのできない重要なアクターだと言える。

菌根菌の謎めいた生態について、最近では、DNA解析技術の発展によって、徐々に理解が深まってきている。なかでも、以前のINSPIRATIONSで取り上げた「SPUN」という国際的な菌根菌探索プロジェクトのウェブサイトに、菌根菌の生態や近年の研究動向がわかりやすく解説されている。

「SPUN(the Society for the Protection of Underground Networks)」は、アムステルダム自由大学の進化生物学者である トビー・キアーズ教授 と、森林の微生物を研究するコリン・アヴェリル博士によって設立された非営利団体だ。まだほとんど解明されていない菌根ネットワークを地球規模でマッピングし、これまでの環境保全や気候変動の議論では見過ごされてきた地下生態系の保護に取り組んでいる。

最近の分析によると、地球上で知られている土壌生物多様性のホットスポットの70%以上が、現在の保護優先順位では低い位置づけにあるという。SPUNは、ビッグデータとAIの活用によって潜在的なホットスポットを特定し、研究機関や地域の専門家コミュニティの協力のもと、全大陸から1万サンプルを採取。土壌生態系の保全に応用できるグローバルな菌根ネットワークマップを構築している。また、土壌をサンプリングして菌のDNAを採取する際の費用を、現地の研究者に対して助成するプログラムも運営している。

以下、本記事では、SPUNのウェブサイト上で解説されている「菌根菌」についての3つのトピックを訳出して紹介する。というより、自分で調べながら読んでいたらいつのまにか全部日本語になってしまったので、ついでに皆さんと共有したいと思った次第だ。

  1. 菌根菌とは?(MYCORRHIZAL FUNGI)

  2. 気候変動での役割(CLIMATE)

  3. 晒されている脅威(THREATS)

特に、菌根菌と気候変動を関連づけてクリアに整理されている点が親切で、とても理解が深まった。頻繁にアップデートされている様子なので、最新の動向を追うこともできそうだ。すべてに目を通すのはハードだけれど、可能なかぎり参照されている文献のリンクも張っておいた。

デザイナーは、地下世界のリサーチも怠ることなかれ

いわずもがな、菌根菌も他の生物と同様に、気候変動のダメージを受けている。一体、地下で何が起こっているのか。それが普段私たちの大切にしている木々や草花、虫たちや他の生物にどのような影響を及ぼしているのか。その世界を理解せず、地上だけを見ていては、変化の本質の半分を見過ごすことになりかねない。

「菌根菌を理解することは、自然界を、人間が支配する個々の種の集合体としてではなく、ともに危機に対処する生物の網の目として見ることだ」と主張する菌根菌愛好家もいる。そう言われてみれば、根と一体化して、相互に依存しながら成長する菌根は、独立した微生物でありながら、植物の一部としても働く両義的な存在だ。それらがネットワーキングして森の地下世界を形成している様を想像すると、もはや菌根菌の輪郭が一体どこにあるのか、個体に対する認識が曖昧になってくる。自明に思われていた菌と樹木、あるいは森という分類が揺らぐような不思議な感覚になる。さらに飛躍するならば、土壌の微生物を腸内や皮膚の上で共有する人間という存在の境界線は一体どこに引かれているんだろうかという認識のゆらぎにまで行き着く。

なにかをデザインしようとも、人新世と言われる時代には、人間の住む世界だけをリサーチしていたのでは片手落ちになってしまう。まずは、地下世界で活躍する菌根菌という存在を知り、私たちの生活にどう重要かを把握することで、人間中心主義的な目線を異化するきっかけを掴んでほしい。

1. 菌根菌とは?

菌根菌は、植物と共生関係を結ぶネットワークを形成する土壌菌の一群である。ほぼすべての植物は、菌根菌と共生関係を結んでいる。この共生関係は、4億7,500万年以上にわたって、地球上の生命の成立を促してきた。

植物と菌根菌の共生関係は、約4億7,500万年前に遡り、地球の生物圏において基本的な役割を担っている。植物と菌類のパートナーシップの活発化は、大気中のCO2濃度が90%減少したことと機を一にし、現在では、全植物種の80~90%が菌根菌と共生している。菌根菌は、菌糸体と呼ばれる管状の細胞(個々の細胞は菌糸と呼ばれる)からなる大きなネットワークを形成し、土壌中の養分を採取してパートナー植物と交換する。1gの土の中には、最大90mもの菌糸体が含まれている。土壌の上部10cmに存在する菌根菌の菌糸体は総延長約450兆kmで、銀河系の幅の約半分に相当する。菌糸体は粘着性のある生きた網目を形成し、土壌の構造の大部分を担っている。菌根菌は、植物に養分を与えるだけでなく、病原菌の防御、重金属への耐性、水の取り込みなどにも重要な役割を果たしている。

SOURCES
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■ 地下世界のエコノミー

植物と菌根菌は互いに資源を交換し、妥協したり、トレードオフを解決したり、高度で洗練された取引戦略を展開することができる。

土壌は地球上で最も複雑な生態系の一つであり、菌根菌はそこで生き残るために取引をしなければならない。動物は中枢神経系に依拠して取引の意思決定をおこなうが、菌根菌ネットワークは脳がなくても取引環境を評価する必要がある。まず、土壌中の養分(リンや窒素など)を採取する。そして、それを植物が体内でつくり出す炭素化合物(糖や脂質など)と交換する。このために高度な取引戦略を進化させた菌根菌は、植物のパートナーを識別し、より多くの炭素を供給してくれる相手と、より多くの資源を交換することができるのだ。菌根菌は、植物の「買い手」からより良い価格を得られる場所に資源を移動させることで、複雑な交易ネットワークにおける価値の差を利用することができる。ある研究では、菌根菌は、ネットワーク全体で養分の供給が不均等になったとき、リンを需要が高い希少な地域に移動させ、より高い「価格」を獲得したという。そうすることで、菌たちはより大量の炭素を受け取ることができたのだ。また菌根菌は、より高い「価格」がつくまで資源を蓄えることもできる。研究者たちは、新しいツールを使って菌類ネットワーク内の栄養素にタグをつけ、菌類がおこなう取引の意思決定プロセスを追跡しようとしている。

SOURCES
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■ 地下世界のコネクション

菌根菌は、植物同士を地下でつなぐ可能性のあるネットワークを形成している。このネットワークは、生態系における養分の分配に役立っているかもしれない。実験室の条件下では、細菌などの生物も、この菌根菌の「スーパーハイウェイ」を利用して、異なる根の間を移動することができている。

地中では、菌根菌はさまざまな宿主植物の根をつなぐ可能性のある菌糸のネットワークを形成している。これらのネットワークは、共通菌根ネットワーク(CMN)と呼ばれ、この機能については何十年も議論されてきた。場合によっては、それは養分や炭素の流れを促進し、植物間の協力・競争関係を媒介し、害虫や病原体から植物を保護するのに役立つと考えられている。植物がCMNに「接続」すると、そのネットワークは養分や化学物質の移動のための物理的な導管として機能する可能性があるのだ。これらの研究の大部分は実験室で行われたものであり、自然条件下でのCMNの機能を理解するためには、より多くのフィールドワークが必要とされている。

SOURCES
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■ 地下世界のコミュニケーション

一部の研究者は、植物が菌根ネットワークを介して近隣の植物からの合図を受け取り、昆虫の攻撃に備えることができる可能性を示唆する研究結果を発表している。しかし、これが実際の「コミュニケーション」であるかどうかを理解するためには、もっと多くの証拠が必要だ。
[註:最近の研究結果を反映して、昨年からコンテンツが大幅に削除された模様]

SOURCE
Babikova, Z. et al. Underground signals carried through common mycelial networks warn neighbouring plants of aphid attack”. Ecology Letters 16: 835–843 (2013)

■ 地下世界の流れ

リン、窒素、炭素、その他の養分は、菌根ネットワーク内を複雑なパターンで流れている。菌類がどのように流れを調整しているのかを理解するために、研究者たちはネットワークの構造とネットワーク内の流れの方向と速度を同時にモニターしている。

菌根菌は、その巨大で複雑なネットワークをめぐる養分の流れをどのように制御しているのだろうか。菌根ネットワークは、フィールドから感知される情報をふんだんに浴びながら、化学的、物理的、環境的な刺激の複雑な配列を統合しているはずだ。そのネットワークは、常に自己の構造を変容させ、成長している先端部に炭素を送り込んで新しい交易路を築き、集めたリンや窒素を植物の根に届けているのだろう。炭素を貯蔵し、生態系の健全性を支えるために、科学者たちは、ネットワーク内の複雑な流れのパターンを研究し、菌根の共生の力をよりよく利用する方法を見い出そうとしている。

SOURCES
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■ 菌根菌の4つのタイプ

菌根共生には、大きく分けて4つのタイプがある。タイプごとに植物との相互作用の仕方が異なり、炭素貯蔵や養分採取の能力も異なっている。

01 アーバスキュラー菌根菌

アーバスキュラー菌根菌と共生する植物は、世界の植物バイオマスの約70%を占めている。

最も古くからあるアーバスキュラー菌根菌は、菌根共生の原型だ。この菌類は、植物の祖先が乾いた陸上に移動する際に重要な役割を果たし、その共生関係は、根が初めて発達した頃より5,000万年ほど前からすでに存在していた。生理学的には、アーバスキュラー菌根菌は、根の細胞内にアーバスキュルという構造を形成する。アーバスキュルとは、「樹枝状の器官」という意味で、植物の根の中にある小さな木のように見えることに由来する。このアーバスキュルが、植物と菌根菌の間で養分を交換する主な場所となっている。アーバスキュラー菌根菌と共生する植物は、主要作物を含む世界の植物バイオマスの約70%を占めており、地球上で最も重要な共生関係の一つだと言える。

02 外生菌根菌

外生菌根菌のライフスタイルは、70回以上も独自の進化を遂げている。

亜寒帯や温帯のほとんどの樹木は、外生菌根菌との共生に依存している。それは、植物が初めて陸に上がったときから70回以上も進化してきたものだ。この菌類は、植物の根の先端を「ハルティヒ・ネット」と呼ばれる鞘状の菌糸で覆い、そこで養分や炭素の交換を行っている。アーバスキュラー菌根菌とは異なり、外生菌根菌は植物の細胞内部に入り込むことはない(「ecto」は外側という意味)。外生菌根菌は、自由生活型の分解菌から進化し、土壌中の複雑な物質を分解するためのさまざまな酵素を保持している。採集力にも優れ、アーバスキュラー菌根菌が利用できない養分を獲得することができる。また、アーバスキュラー菌根菌に比べて、植物からより多くのエネルギーを必要とするため、低木や樹木と関係を結ぶ傾向がある。

03 ラン菌根菌

17,000種に及ぶランの仲間は、非常に特殊な菌類とのパートナーシップによる養分摂取に依存している。

ほとんどの植物は、菌根パートナーに炭素を供給し、その代わりにミネラル分を獲得している。しかし、ランはそれとは異なり、少なくともこの植物の一部は炭素とミネラルの両方の養分を菌根パートナーから得ることができる。植物種の中でラン科は最も多様性に富んでおり、ラン固有の菌根菌が進化の成功に一役買っている可能性がある。光合成の能力を完全に失ったランは250種もあり、それらは生存に必要な炭素や養分をすべて菌根パートナーから得ているのだ。

04 エリコイド菌根菌

エリコイド菌根菌は、複雑な有機分子を分解する酵素を生成する。

エリコイド菌根菌は、ヘザー、ブルーベリー、クランベリーなどを含むツツジ科の植物と共生関係を結ぶ。湿地帯や荒地、亜寒帯林などの、酸性で貧栄養の土壌に最もよく見られる。エリコイド菌根菌は、植物パートナーの根の細胞内にアーバスキュルではなくコイルを形成し、複雑な有機分子を分解する酵素を生成している。


2. 気候変動での役割

菌根菌は、地球上の主要な炭素吸収源だ。それらを破壊することは、地球温暖化を抑制するための私たち自身の努力を妨害することにつながる。

■ 炭素隔離

菌根ネットワークは、土壌の生物バイオマスの25~50%を占めている。

菌根菌が形成する複雑なネットワークは、植物の根から土壌に炭素を移動させている。菌根菌のネットワークから土壌に入る炭素は、葉などの他の炭素源と比較して滞留時間が長いため、健全なネットワークは、CO2レベルの上昇を抑制するのに役立つ。

菌根ネットワークは、世界の主要な炭素吸収源である。地中のネットワークに炭素を供給する植物を持つ生態系は、菌根を持たない植生を持つ生態系に比べて、推定で8倍もの炭素を蓄積しているのだ。地下の菌根菌ネットワークは、3つの方法で炭素を隔離している。まず、菌根菌は、土壌中に急速にネットワークを伸長させるために炭素を利用している。このネットワークは植物の根とつながっており、養分の通り道として機能する。次に、隔離された炭素は、菌根が分泌する物質の生成に使われる。分泌物は強靭な有機化合物であるため、より強固な土壌団粒の形成に役立ち、それが浸食率を下げ、土壌構造を維持することで、安定した炭素貯蔵庫の役割を果たしている。3つ目は、菌類のネクロマス(死んだ微生物のバイオマス)に蓄積される炭素だ。ネクロマスは、もはや活動していない地下のネットワークだが、その複雑な構造は、土壌の微細な間隙に構造的に織り込まれている。土壌有機物の2分の1を占めるネクロマスは、土壌の安定化に役立っているのだ。

SOURCES
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■ リン採集

植物は必要とするリンの80%を菌根菌から得ている。

私たちは、地球上に貯蔵されるリンを使い果たすかどうかの瀬戸際にいる。菌根菌は、植物の根の100倍もの長さを持ち、リンのような養分を見つけ、抽出し、生態系に運搬する高度な方法を進化させてきた。菌根菌のネットワークが破壊されると、土の中で養分を探すという菌根菌の強力な能力を利用できなくなってしまう。

菌類は採集のエキスパートだ。土壌からリンや窒素などの養分を摂取し、それをパートナー植物のつくる糖や脂質などのエネルギーを含む炭素化合物と交換することができる。現代の工業化された農業では、大量の化学肥料が投入され、植物と菌類の交換のダイナミクスを妨げている。リン肥料はリン鉱石として採掘されるが、これは再生不可能な資源であり、形成に数百万年もかかるものだ。2040年から2050年には、リンの需要が供給を上回り、食料生産に深刻な影響を及ぼすと予測されている。リン鉱石が不足するにつれ、農業システムにとって高機能な菌根菌ネットワークの重要性が高まっていくだろう。健全なネットワークは、降雨によって土壌から流出する養分量を50%も減少させ、作物の養分密度を高めることができる。また、菌根菌ネットワークの健全性と機能を最大化することは、世界的な食料生産におけるフットプリントの増加を抑制することにつながるのだ。

SOURCES
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■ 植物の保護

植物種の90%が菌根菌と共生関係を形成している。

菌根菌は生態系の生物多様性を支えている。熱帯雨林から北極圏のツンドラまで、そのネットワークは、ほぼすべての陸上生物を支える食物網の基層に位置している。それらは植物を養い、金属毒性や塩分、干ばつ、病原体、草食動物から守ってもいる。

菌根菌ネットワークは、植物をさまざまなストレスから守る生態系エンジニアだ。植物を保護することで、その多様性と生態系の回復力を高めることに貢献している。菌根菌のネットワークは、植物の病気を予防したり、防御物質の生産を刺激することで、植物が害虫からの攻撃を撃退する能力を高めることもできる。また、菌糸体内で重金属と結合して植物を毒性から守ったり、乾燥や塩分のストレスを弱めたりする効果もある。さらに、菌根菌ネットワークはセメントのようなバイオポリマーを分泌し、土壌浸食を軽減することで生態系全体を支えてもいる。これにより、生物多様性の向上、生物地球化学的循環の維持、生態系の生産性向上に貢献している。

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3. 晒されている脅威

菌根菌は地球上の生命を支えている。しかし、私たちは驚くほどのスピードで彼らを破壊している。その結果、生態系を不安定にし、農業や林業、炭素回収を改善するのに役立つ広大な養分吸収システムへのアクセスを失いつつある。

■ 生息地の破壊

生息環境の破壊は、世界の菌類多様性にとって1番の脅威である。

生息地の消失は、生物多様性を喪失させる最大の要因となっている。植物のパートナーがいなければ、菌根菌は生き残ることができない。伐採、農業、都市化は、地下の菌根菌ネットワークの構造と一体的なつながりに劇的な破壊を引き起こしている。これは、炭素隔離、養分の移動、土壌の団粒化を促進する能力を損なうものだ。

生息環境が破壊されると、(i)地域の微気候の変化、(ii)植物パートナーの喪失、(iii)土壌侵食の大規模な増加により、菌類の群集構造は劇的に改変されてしまう。その被害から回復するには数十年かかることもある。特に懸念されるのが、草地と森林の消失だ。草地には世界の土壌炭素の20〜30%が含まれているが、これは何兆kmもの菌根菌ネットワークが、草の根の下の深い土壌層に積極的に炭素を引き込んでいるからだ。しかし、草地の劣化は広範囲に広がり、加速している。森林の地下ネットワークもまた失われつつある。伐採は、菌の多様性を大幅に減少させ、回復には50年以上がかかる。

SOURCES
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■ 農業の拡大

地球の表面の40%が農業に利用されている。

ほぼすべての作物は、菌根菌に依存している。しかし、工業化された農業は、強力な耕起、大量の化学肥料、殺菌剤、殺虫剤を使用し、菌根ネットワークを破壊してしまう。菌根菌のパートナーがいなければ、作物はさらに多くの化学物質を必要とし、干ばつ、土壌侵食、害虫、病原菌に対してより脆弱になってしまう。

工業化された農業は、耕起と大量の肥料、農薬、殺菌剤の投入に依拠しているが、これらはすべて菌根菌のネットワークの豊かさや有効性、多様性を低下させるものだ。最近の研究では、有機的に管理された農地では、菌根菌ネットワークの存在量が多く、菌群集もはるかに複雑であることが判明した。そこでは27種の菌類が高度につながりあった「キーストーン種」と同定されたが、慣行農法による農地ではひとつも発見されなかったのだ。頻繁かつ強力な耕起は、不耕起栽培に比べ、菌類群集を崩壊させ、バイオマスや多様性を著しく低下させることになる。殺菌剤の散布は、菌根菌ネットワークをさらに傷つけ、農地におけるリンの吸収を40%以上減少させてしまう。こうした農業慣行の悪影響は、農家の畑をはるかに超えて波及する。2018年に発表された大規模な研究では、ヨーロッパ全土の樹木の健全性の「警戒すべき悪化」は、窒素汚染による菌根ネットワークの崩壊が原因であることが示唆されているのだ。

SOURCES
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■ 気候変動

火災は菌類バイオマスを最大96%も減少させる。

異常な気温上昇、干ばつ、洪水は、世界中の菌根菌の、養分を運び、炭素を貯蔵する能力を脅かしている。激しい山火事のような気候崩壊から生じる混乱は、植物と地下の菌根菌を破壊してしまう。

山火事やその他の異常気象による災害は、より激しく、より頻繁に発生するようになっている。深刻な火災は、菌類のような土壌生物にとって特に破壊的だ。火災の後、土壌微生物が災害前のレベルに達するには、10年以上かかることもある。菌根菌ネットワークは、他の土壌生物相よりも山火事に対して脆弱で、多様性が大幅に減少してしまうのだ。このような菌類群集の構成の変化は、植物群集の構造を改変し、また各栄養段階に波及するカスケード効果によって、節足動物のような、森林や草地の菌食性生物の豊かさを減少させることにもつながる。森林の菌根ネットワークは、宿主植物に水を供給する能力があるため、この気温上昇下でいっそう重要性を増している。菌根菌は、植物が極度の干ばつに耐えるのを助けることができるのだ。

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References


■ キアーズ博士のフィールドリサーチの様子がよく分かる。

■ 菌根菌の基本的な知識がわかりやすく解説されている。

■ 地下世界についての過去記事


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