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都市の生態系を耕す:Comorisグリーンリビングラボ探求講座01

2024年5月から、アーバンシェアフォレスト「Comoris(コモリス)」というサービスをスタートしました。メンバーたちと共に空き地をシェアしながら都市の森を育成していく営みは、ネイチャーポジティブなまちづくりやライフスタイルの起点として賑わっています。

一方で、Comorisは、都市における自然環境や生物多様性を豊かにするデザインプロジェクトを進めるラボでもあります。大学や企業、デザイナー、そして街の方々と共創しながら、生態系のように新しい価値が更新されるしくみを目指して、「グリーンリビングラボ」と呼んで活動を進めています。

私たちが「森」と呼んでいるものは、キャンプやハイクで親しんできた森、あるいは散歩で赴く近所の公園や緑地とは少し趣の異なる存在です。都市化が進み、停滞し、環境危機が苛烈になっていく現状において、都市に生物多様性をもたらすために、どのような機能や体験、空間が必要なのか。そう考えたときのキーワードとして「森」が浮かび上がってきました。ガーデンでも雑木林でもファームでも公園でもない。人と自然の新しい関係性を形成するインターフェースとしての「森」。Comoris グリーンリビングラボではまずその枠組がどのようなものかをリサーチしていきたいと考えています。

今回開催した探求講座は、アーティストや研究者、また実践者をゲストに招いて、日々の営みや、街や都市のインフラ、制度や金融のしくみといった多様なレイヤーから、都市における「森」の概念を耕し、その可能性を探求する全5回のシリーズです。また人間の目線ではなく、時には、植物や昆虫、微生物の世界に潜って得た実感をもとに、都市の新たな可能性としての「アーバンフォレスト」の役割を考察しました。

記念すべき第1回目のテーマは「グリーンインフラ」。グリーンインフラは、自然がもつ力を活かし、自然と共生する持続可能なインフラのあり方として近年大きな注目を集めています。人間の都合だけでなく、植物、生物にとっても心地よいインフラとはどんなものでしょうか? また、グレーインフラからグリーンインフラへの変容の道筋はどのようにデザインできるのでしょうか? まずは「アーバンフォレスト」をグリーンインフラとして捉えてみます。

日時:2024年6月22日(土)13–16時 
ゲスト(敬称略):
森田敦郎(大阪大学, 人間科学研究科教授 / Ethnography Lab, Osaka 代表) 
仁井谷健(株式会社日建設計、株式会社Q0)
岡部真久(クロマツプロジェクト 代表)

本記事では、「都市の森」をそれぞれの立場で研究・実践する3名のゲストによるプレゼンテーションとクロストークの模様をダイジェストでレポートします。


都市の森を考える:科学技術の人類学からの視点 (森田敦郎さん) 

都市を生態系として育むための視点

デザイン人類学の観点から、環境・インフラ・生活の有機的な関係や都市のあり方について研究している大阪大学の森田さん。今回は、特に景観生態学やご自身のインフラストラクチャー研究から、都市を生態系として捉え育むための視点やフレームについてレクチャーいただきました。 

森田さんスライド

生態学的に都市を捉えるために、まず「パッチ」という視点があります。景観を引いて見ると、畑や森、住宅といった個々のパッチ(部分)がモザイク状に分布しています。その一部、例えば沼地の部分を拡大してみると、他にも草地があったり、別のパッチのモザイクが見えてきます。解像度を上げて見ることで、都市も様々な用途の土地や自然環境がモザイク状に存在する生態系の一部であり、それらと地続きであることが分かります。

森田さんスライド

このように都市を生態系の一部として捉え、特定のパッチを緑地化することで洪水を防ぐなど、パッチの相互作用により都市の生態学的な機能を回復させる研究が進められているそうです。

次の視点は「インフラストラクチャー」です。道路や鉄道などの運輸インフラ、ガス管、電線などのエネルギーインフラ、光ケーブルなどのインターネットインフラ、また、上下水道など、私たちの都市はネットワーク化されたインフラストラクチャーの網の目として捉えることができます。その視点に立つと、私たちが暮らす各世帯はそれらのネットワークにつなぎ込まれた存在として考えられます。

森田さんスライド

多様なパッチがモザイク状に並ぶエコロジーとしての都市があり、その上に覆いかぶさるようにネットワーク化されたインフラストラクチャーが存在する。都市とは、これらの相互作用によって、水やエネルギー、物質が高速で循環している場なのだと捉えることができます。

森田さんスライド

さらに、都市で生活する人々のストレス、喜び、不安、苛立ちといった「情動」の網の目も、気候や植生などの都市のエコロジーや、移動や消費生活を支えるインフラストラクチャーと結びついて都市を覆っています。例えば、大雨によりパイプから水が逆流して道路が水浸しになるときに、それらは人々の集合的な苛立ちをつくり出します。都市の活動と人々の感情を重ねそのレイヤーの相互作用を紐解くことで、より立体的に都市を捉えることができます

森田先生スライド

ボトムアップで生態系を耕す市民科学

これらの都市を見る際の視点を踏まえ、「都市の森を育むには」という観点で森田さんが特に強調されていたのが、市民科学の重要性についてでした。

そもそも「都市の緑はどういう役割を果たしているのか」を考えることが必要なのではないでしょうか。しかしながら、見た目で緑を鑑賞することはできても、生態的な働きについての知識やそれらを知覚する私たちの感覚は鈍いものです。だからこそ、テクノロジーの手も借りながら、都市の緑の役割を可視化する必要があるのだと思います。

その上で、Comorisは市民中心の科学の営みを通じて、生態系としての都市の森をボトムアップで管理していく実践になりうるのではないか、と語られていました。 

都市の”森”へのかかわり(仁井谷健さん)

都市緑化は本当に「緑にやさしい」のか?

都市・建築の屋外空間のデザインから都市緑化のアップデートに取り組む、日建設計・Q0の仁井谷さん。仁井谷さんは、新型コロナのロックダウン下で人間の経済活動が制限されることで環境汚染がなくなっていく様子を見て、ある問いを持ったと言います。

「都市に緑を増やすことは、環境にやさしいのか?」

都市の環境は、植物が本来生育している環境とは異なります。例えば、通常木の根っこは土の中で縦横無尽に伸びている状態です。一方で、都市ではビル風などの局所的な風環境の厳しさや、建物に近接し土の量が限られているなどスペースの制約が大きいことから、都市緑化においては設計者の立場では、安全性の観点で風環境に耐えうる強度を出すことができる地下支柱により樹木の根を固めざるを得ません。また都市の土は森の土に比べ、非常に乾燥しているため、自然降雨だけでは足りず、自動灌水システムを併用することで、植物を維持することができているという状況です。

仁井谷さんスライド

緑を増やすと言うと自然に良いことをやっているようですが、樹木からすれば、気持ちが良い森の環境から、暑くて風の強い場所に無理やり移動させられて、まるでギブスでベッドに固定されて、点滴を与えられ続けているような状態なんです。

皮肉がきいた比喩ですが、現在の都市緑化の方法ではそれに近いことをしてしまっているのではないか、と仁井谷さんは言います。  

森の環境を都市に実現するための建築、テクノロジー

そこで仁井谷さんは、植物にとってもポジティブになるような、新しい都市緑化のあり方やそれらを支えるテクノロジーの活用を目指す複数のプロジェクトを行っています。

仁井谷さんスライド

例えば、都内の高層ビルのプロジェクトでは、ビルを雨水を集める「大木」として捉え直しました。雨のうち、地表に直接落ちるのは1割ほどで、実は残りの9割は建物の立面部分に降っているのだそうです。この建物立面に降った雨を、土中に配置した雨水浸透溝に集め、緑地の中に排水・浸透されるように設計しました。これにより、ビルの敷地内に降った雨のほとんどを、地下の公共下水に流れてしまう前に、敷地内にある雑木林内で吸収できるようになりました。

仁井谷さんスライド

また、自動灌水のテクノロジーも、造園資材メーカーと共に土中の水循環づくりを手助けするようなデバイスとして位置づけ直し、自動潅水が都市緑化の水循環を最適化できるような補助デバイスへとアップデートさせられないか検討しているとのことです。 

仁井谷さんスライド

さらには、窒素に着目して土中環境の見える化に取り組んでいる「土中環境オープンデータプロジェクト」とも協働し、都市部における流域を捉え直す実践を進めています。具体的には、都市では建築や道路等の水が公共下水道に集まり、下流の川、海へ流れています。それぞれの場所で窒素の量を計測し、それらの数値にどのような意味があるのか、上流地域での土地利用のあり方や、水や窒素の循環を目指したプロジェクトの実践などとどのような相関関係があるのかを数値化・定量化することを試みています。

仁井谷さんは、これらの指標を確立することで土壌の状態を数字で可視化し、見た目だけ緑に優しいウォッシュ活動を防ぐ環境づくりに役立てられるのではないか、とその意義を強調しました。

ここまで、仁井谷さんの日建設計での取り組みを中心に紹介しましたが、株式会社Q0の方では課題先進地域とも言える日本の「地方」をフィールドとした、これまでの資本主義の事業スキームでは解決できない分野の社会課題解決に挑戦しています。例えば、Q0が出資している秋田県にかほ市の上ノ山放牧場では、鳥海山麓の豊かな環境の中で、黒毛和牛の子牛を生産する母牛「放牧経産牛」を10年近く放牧してから肉として出荷するという、畜産の持続可能性を追求する事業を支援されています。穀物を輸入に頼らず、肉になるまでのエネルギーのフットプリントを最小化し、さらには、時間をかけて放牧することで、牛たちが豊かな自然環境で健康的に育つ、人にとっても環境にとっても良いという循環を畜産事業の中で持続させていこうとされています。

仁井谷さんスライド

都市の森のつくりかた(岡部真久さん)

岡部さんスライド

暮らしの中の都市の森

湘南のクロマツの原風景を未来に紡ぐ活動をしている岡部さんからは、暮らしの中の都市の森という観点で、現在岡部さんが関わっている「ちっちゃい辻堂」と「クロマツプロジェクト」についてお話しいただきました。

岡部さんスライド

ちっちゃい辻堂は、「100年先にこうあったらいいと思う、辻堂の暮らしの最小単位をつくりましょう!」という大家さんの言葉から始まった賃貸の集合住宅です。暮らせば暮らすほど大地が豊かになっていくように、森の環境を暮らしの環境に接続することをデザインの基本においています。

歴史的に見ると、人類はほとんどの時間を森の中で生きており、都市の中での生活はそのおよそ0.01 % にしか過ぎません。そのため私たちの身体は本来、森での暮らしに適応しています。例えば、微生物と人の免疫力には密接な関係があり、生物多様性の低い都市にいるからこそ、アレルギーや喘息などの疾患を持つ人の数が増えているとも言われています。

森にいると気持ち良いのは多様な微生物がたくさんいるから。だとすれば、本来人間が適応してきた森の環境を「暮らしの環境」にすればいいんじゃないかと考えたんです。

ちっちゃい辻堂では、樹木に当たった雨が葉や幹を伝って地面に染み込んでいくように、家自体が雨水を集めて大地に戻っていくような設計がなされています。また、舗装も既存のコンクリートを剥がして大地に蓋をしないようにし、セメントを一切使わずに、全て竹炭や藁などの有機物が用いられています。車を止められるように強度を工夫しながらも、裸足でも歩けるようにするなど、我慢をするのではなく、デザインの力で解決するようにしていると岡部さんは言います。

岡部さんスライド

風景を食べる ー記憶の中の森ー

岡部さんは、ランドスケープデザイナーとして各地で仕事をしながら、一方で自分の足元である、地元の湘南に元々あったクロマツの風景が失われつつあることに気づいていなかったことを振り返ります。

岡部さんスライド

そこで、「クロマツプロジェクト」として風景再生プロジェクトを立ち上げ、参加者がクロマツの苗木を家でそれぞれ育て、大きくなった木を街に植えてクロマツのある風景を取り戻していく活動を始めました。

この活動では、100年後までクロマツを残していくために「風景を食べる」という取り組みを行っています。 

食べられることが分かると、圧倒的な興味が広がります。それは、気持ちや記憶にアプローチするということ。実や葉っぱが食べられることを知って、それを実際に体験したことがあれば、この木を切ろうとはならないはずです。

岡部さんスライド

松は生薬にもなり、サーファーの間では松のキセルも人気だということ。さらに、松を使った料理のフルコースも提供し始めたそうですが、このコースはすぐに予約が埋まってしまうくらい人気なのだそうです。 

岡部さんスライド

クロストーク:人間活動と不可分の都市における自然とは

後半は3名のゲストに、Comoris主催メンバーである南部が加わり、お互いのプレゼンテーションへの感想を伝え合う形で、クロストークを行いました。

森田さんからは「都市の植生のベースラインをどこに求めるのか」という問いが投げかけられました。東京においては、元々あった緑が失われ、すでに都市化が2周も3周もしているという状況です。本来の植生がどのようなものかが分からなくなっている中で、緑地化する際の適切な基準をどこに求めるべきか、様々な考え方があるだろうと言います。

この問いに、仁井谷さんは植生の「撹乱」の観点から応答しました。撹乱には、水の動きや生物同士の関わりによる自然環境の動きによる植生の変化と、人の活動に起因する環境の改変による植生の変化の2つがあります。仁井谷さんは、人工的な環境に囲まれた都市の植生を考える上で、とりわけ“人の手による撹乱”の生態系への影響を考えなければいけないと強調します。例えば、昔は当たり前に河原などで見られていたような、秋の七草のオミナエシ、ナデシコ、フジバカマの地域固有の自生種は、23区~埼玉東部ではほぼ絶滅してしまっているということです。そういった身近なところでの生態系の変化は、専門の人でも意識的に見ていないと分からないため変化に気づきづらい。だからこそ、身近な生物多様性に目を向けてどう残していくかを考える必要があるのでは、と投げかけました。

また、岡部さんからは、都市の森における「生産者」かつ「分解者」としての人の可能性について言及がありました。

森の中の生物が果たしている役割を人が担うことで生まれる緑や土壌のあり方があり、それらの生態系を「都市の森」と呼べるのではないでしょうか。コンポストを使う人が増えているのも、自ら食べたものを自ら分解する「ミミズ人間」が増えていて、都市の森化が進んでいるとも捉えられるかもしれません。Comoris もそういう人たちの集まりのように感じました。それを義務ではなく、楽しみながら活動していることがComorisの特徴なのだと思います。

こうした人間の自然への介入について、南部からは、普段、自然や生態系に関わる機会が少ない都市だからこそ、まずは土に触れ、自然と接する機会をつくることが大事であり、Comorisもそうした経験を通じてリテラシーを育み、感覚を変容させるような場にしていきたいとコメントがありました。 

また、全員に共通した視点として、特定の場やエリア内の自然だけでなく「流域」の観点で地域を広域的に捉え直す必要性も共有されました。東京は山と谷が繰り返される複雑な地形であり、異なる流域を分ける分水嶺はどこなのか、パッと見ではなかなか分かりません。かつて流域のケアを担っていたのは地域のコミュニティでしたが、そこで受け継がれていたような知識や経験を都市の人々が再発見するにはどうすればいいのか。それには流域を辿ってみる、暗渠をひたすら辿る、というような感覚が大事なんじゃないか、といった意見も交換されました。 

おわりに

森田さんから仁井谷さん、岡部さんと話が進むごとに、マクロな景観の視点からビルや家のヒューマンスケール、さらには個人の記憶の中まで、都市の森とグリーンインフラというテーマで異なる視座を一気通貫で議論するような場になりました。 

Comorisは現在、シェアメンバーの皆さんや近隣の方々と共に、シェアフォレストという形で場を開く実践をしていますが、ゆくゆくは「街にひとつ、徒歩15分圏内」にComorisがある未来をつくりたいと考えています。地域や流域ごとに小さなスケールで実践し、固有の植生を反映させながら分散的なパッチとして広げていくことで、都市のグリーンインフラとしてインパクトをもたらすことができるのではないか。今回のトークを通じて、そんな期待が共有されました。 

引き続き、Comorisでは、身体的な日々の森での実践を大事にしながら、様々な視点から都市の森を哲学し探求を深めていきたいと思います。


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