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INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 11月

自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。


01:未来は菌類にありアワード開催

「The Future is Fungi Award」は、環境課題を解決するための菌類を活用したイノベーションに対するアワードだ。菌類分野の知見を探求するスタートアップと最先端科学を表彰し、その価値を明らかにすることがミッションとされている。バックサポートは、持続可能な食による環境インパクトに特化した投資会社アルカイアによって為されている。 まだ明らかになっていない領域や、応用されていない基礎研究がたくさんある菌類の探究は、気候変動や、深刻な生物多様性の損失への対処、再生可能な農業の確保や循環経済に資する大きな可能性を秘めている。ACTANT FORESTがかねてから注目している菌類(とくに菌根菌)にテーマを特化している点がユニークだ。 いずれデザイン分野でもこういった視点が増えてくるのではないだろうか。応募期間は9月5日から10月15日まで。受賞者は11月23日の授賞式で発表される。どんなシードが発見されるのか楽しみだ。

02:立ちどまり、そこに立ち現れるモノ、コトとのつながりを結びなおす『Emergence Magazine』

年に1冊ずつ、生活文化の話題から森や動植物の生態、地球規模の課題までを網羅しながら丁寧に紙面を編み上げている雑誌『Emergence Magazine』。これまで発行された4号に続く最新号のテーマは「Shifting Landscapes(変容するランドスケープ)」だ。分厚い冊子を前にすると一瞬たじろいてしまうが、ページをめくると「エコロジー、文化、スピリチュアリティの永遠のつながりを探求する物語を共有したい」という編集者たちの思いが詰まっていることが伝わってくる。ウェブサイトも工夫が凝らされているので、ぜひ覗いてみてほしい。サウンドスケープとナレーションで地球の歴史を巡る記事、アマゾンに住む先住民の女性が生まれて初めて原生林に出会う様子を追った動画、近くの森や公園で再生することでフォレストセラピーを受けられる音声ガイド、スロベニアの養蜂文化を画像と連動させながら学べるインタラクティブページなど、一つひとつじっくり見ていきたいと思わせる内容ばかりだ。受け取るこちら側(自分)の忙しなさが際立ってしまうスローなコンテンツとも言える。確かに、私たちは自然や動植物、聖なるものとのつながりを失いすぎているかもしれない。ときには、この世界の片隅に想いを馳せ、そこに立ち現れる(Emergence)モノ、コト、アイデアに触れる時間をつくりたい。

03:2050年までに土を健全に—EU初の土壌モニタリング法

欧州委員会は7月、食糧安全保障と地球温暖化抑制を目的に、土壌の健全性を向上させるためのEU初の法律(Directive on Soil Monitoring and Resilience、略称:土壌モニタリング法)を提案した。EUの土壌は、泥炭地の劣化や過度な肥料使用などの要因により、60%以上が不健康な状態にあるという。また、この土壌劣化に起因する生態系サービスの低下による損失は毎年500億ユーロにも上ると見積もられている。2050年までにEUの土壌の健全化の実現を目指す「2030年に向けたEU土壌戦略(EU soil strategy for 2030)」に基づくこの新法は、加盟国が土壌の健康状態、過剰な肥料の使用、浸食などを監視することを定めたものだ。だが、当初は「土壌健全法(Soil Health Law)」と呼ばれ、土壌の回復に重点を置くものと期待されていたにもかかわらず、モニタリングに限定された名称に変わり、法的拘束力のある目標もなく、土壌の生物多様性にも焦点が当てられていないことから、不十分であるとの批判も上がっているようだ。健全な土壌は、より多くの炭素を吸収し、保水力も高く、干ばつを防ぐことにつながる重要なライフラインのひとつだ。この法律がさらに踏み込んだ内容になっていくのか、またこうした法制化が広まっていくのかどうか、今後の流れを見守りたい。

04:シニアがアクションを起こすためのコミュニティ「Third Act」

Z世代やミレニアル世代の若者の多くが気候変動に強い危機意識を持ち、各地で環境運動を牽引する一方で、シニア世代にも新たな連帯の動きが生まれているようだ。活動家・作家のビル・マッキベンによって2021年に設立された、60歳以上を対象とする気候・人種正義のためのコミュニティ「Third Act」だ。全米に広がる会員数は5万人にも上るという。シニアたちは、しばしば「問題を放置してきた大人たち」と括られるが、彼らは戦後以降どれほどの環境的・社会的変化があったかをリアルタイムに経験した世代であり、そこには青年時代に反戦や平等、環境保護を訴えるアクティビズムに参加してきた人も含まれる。投票人口としても一定のボリュームを持ち、財源の7割を占めるシニア世代の行動は、今なお変革のための大きなインパクトとなりうるものだ。Third Actは現在、化石燃料に資金提供する銀行への抗議、選挙権の保護、クリーンエネルギーの推進をテーマにしたキャンペーンを展開。デモや投書などのほか、直筆の手紙を通じて若者の有権者登録を促す活動も行っている。彼らは環境や社会正義のための運動を率いる若い人々への支援も重視しており、世代を超えて寄り添う姿勢が、気候不安や課題解決のプレッシャーを抱える若者たちへの心理的サポートにもなっているようだ。人生の終盤にさしかかったとき、自分たちがどんな遺産を後世に遺すことができるのか。こうした問いに応える「行動」のためのコミュニティが、一人ひとりにとっても社会全体にとっても、変化の拠り所になっていくのかもしれない。

05:苗木はどこからやって来る?

地球規模の変化に対処するための戦略として、各国・各都市や環境団体などは、何十億、何百億という単位で、今後の植樹目標を掲げている。だが、こうした計画を実現するための新たな苗木は、一体どこから来るのだろうか? 2021年のインフラ法に基づき10億本もの植林を計画しているアメリカでは、生産インフラの老朽化によって苗木生産は衰退の一途をたどっており、北部での生産量はこの10年足らずで半分以下に減少している。また大規模な苗木生産業者が栽培する多くは、木材利用を前提とした産業用樹種であり、森林の回復に必要な多様な種が見過ごされているという。つまり、野心的な目標と現状の苗木生産システムの間には、供給量からも生態学的な多様性の点からも、大きな断絶があるのだ。一連の調査を行ったバーモント大学の研究グループは、この問題に対応する様々な改善点を提案しているが、制度や仕組みの改革には資金も時間も要する。しかし、木の成長にも時間がかかる。辛抱強く、だが今すぐ育て始めよう、と記事が結ぶように、既存の生産環境に左右されず、自分たちの手で始められる実践があるのではないか。ACTANT FORESTもデザインハブでの展示で、育苗のためのオルタナティブな仕組みの可能性を模索している。

06:(re)connecting.earth:都市の自然のための芸術祭

アートと都市の自然のためのビエンナーレ「(re)connecting.earth」がスイス・ジュネーブで1か月にわたり開催されていた。第2回となる今回のテーマは「Beyond Water」。レマン湖のほとりで展開されるアート作品を中心としつつ、市内にある自然スポットや環境保全団体と協働した多数のイベントを通じて、都市の中にある自然の再発見を促そうとする芸術祭だ。単にテーマとして自然を取り上げるだけでなく、アートと自然それぞれの接点を等価に体験のデザインがなされている点が大きな特徴だ。また、使用材料の回収や輸送といった展覧会制作の面でも持続可能なアプローチが採用されている。アートワークとしては、湖とその生物多様性を主題とするインスタレーションや映像、「外来種」や「雑草」に焦点を当てたコンセプチュアル・ガーデンなどが出展されているが、加えて会場各所には、参加作家による「インストラクション」がポスターや印刷物として展示されている。これは、テキストによる指示を通して鑑賞者に思考やアクションを促すアートの一形式だが、ここでは自然や生物を題材とした指示が、来場者の創造的な感覚を引き出しながら、自らの環境との関わり方を考えさせる仕掛けとなっており、展覧会が重点をおく教育ツールにも展開されている。同展は、2024年にドイツ・キールへ巡回予定。

07:都市にインストールされた新しい植生は130年後どうなるか

横浜国立大学の佐々木雄大らの論文では、東京大都市圏において「ノベルエコシステム」(新規につくられた生態系、新しく造成された緑地)における植物の多様性と組成がどのように変化するかを、空間-時間置換法という方法を用いて評価している。結果、新しくつくられた緑地は130年経つと周囲の緑地に似た生態系になり、外来種は減少することが明らかになった。同時に初期段階においては外来種が定着しやすいという事実も示された。多くの在来種や絶滅危惧種を支えている既存の緑地が都市圏では劣化していることを考えると、ノベルエコシステムが既存の生態系と同様になるかどうかは、重要な懸念事項だ。外来種の存在をどう捉えるかはさておき、ノベルエコシステムが生物多様性の保全に有効であると示されたことは、都市における森の役割をリサーチしてきたACTANT FORESTの活動にとってもサポートになる知見だといえる。将来の都市の生態系の予測ができるようになると面白い。

Yuki Iwachido, Kei Uchida, Takehiro Sasaki, "Artificial developed habitats can sustain plant communities similar to remnant ecosystems in the Tokyo megacity", Urban Forestry & Urban Greening, Volume 83, 2023

08:英国の「リワイルディング」農場が脱炭素政策のモデルケースに

英国サセックス州にあるクネップ農場の成功とその影響を紹介した本記事によると、この農場は、1416年以来初めて国内でコウノトリの自然繁殖が確認されたのみならず、ハリネズミやヤマネ、ハヤブサ、希少な蝶や糞虫が繁殖しているという。今では、豊かな生態系に触れるために多くの人々がここを訪れ、イベントや宿泊施設、エコツーリズム、オーガニック肉の販売が農場の収入となっている。だが、オーナーであるイザベラ・ツリーとチャールズ・バレルが農場を継いだ23年前は、状況も環境も全く異なっていた。そこでは慣行農業が行われ、土地は痩せ、莫大な負債も抱えていた。転機は「リワイルディング」といわれる大型動物の再導入だった。オランダの自然保護論者フランズ・ヴェラの著書『Grazing Ecology and Forest History(放牧生態学と森林の歴史)』に感銘を受け、ヴェラが手がける自然保護地区を見に行った夫妻は、自分たちの農場に牛や鹿、豚、ポニーなどの様々な動物を導入し、自然を回復させるプロジェクトを開始した。今や、クネップ農場の土壌は、近くにある農場の土壌よりも、1ヘクタールあたり年間最大4.8トンも多くの二酸化炭素を吸収し、多種多様な動植物が繁栄する環境となっている。クネップの成功に連動するように、英国の農業補助金政策も生物多様性と生態系サービスの保全にインセンティブを与えるものに置き換えられようとしている。農地のリワイルディングは、必要な食料生産を満たせないという批判もあるそうだが、クネップで起きていることが英国、そして世界の農業・脱炭素政策にインスピレーションを与えているのは確かなようだ。私たちもクネップを訪れてみたい。

本記事は、ニュースレター2023年8月号、10月号のINSPIRATIONSを転載したものです。最新の内容をお読みになりたい方は、以下のリンクよりご登録ください。ニュースレターを購読する ▷

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