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小説・物語食卓の風景

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郊外で何不自由なく暮らしていたリタイヤ男性が失踪。家族や周りの人たちの戸惑いを軸に、家庭によって異なる家事のあり方について考えます。育児真っ盛りの娘、子どもがいない夫婦の姉、シン…
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#家事分担

物語食卓の風景・イクメンになりきれない夫⑤

物語食卓の風景・イクメンになりきれない夫⑤

 2日後、勝は急に命じられた仕事が多過ぎて残業になり、帰宅したのは夜11時を過ぎていた。すると、リビングのソファで香奈子がぼんやりしている。一続きになっているダイニング側の照明が消されているので、妙に暗く感じる。ぼんやりと「お帰り」という香奈子。勝はとっさに、急に夕飯がいらないと言ったことを恨んでいるのかと警戒した。そういえば、夕食がいらなくなったことをLINEしたときの反応が遅かった。

「ごめ

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物語食卓の風景・イクメンになり切れない夫③

物語食卓の風景・イクメンになり切れない夫③

 「とりあえず今回の会食は香奈子に任せるよ。またお義母さんと衝突しちゃったりしたら、グチはいくらでも聞くからさ。あ、洗い物俺やろうか?」

「いい、いい。ほらこの間食洗機買ってもらったじゃない。セットするだけだからさ」

「あ、そうか。まだ食洗機がある生活に慣れないな。やっぱり違うか?」

「うん。もうお皿なんてピッカピカ。手で洗うより高い温度で洗うからかな。でもね、鍋は下洗いをちゃんとしておかな

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物語食卓の情景・イクメンになり切れない夫②

物語食卓の情景・イクメンになり切れない夫②

 勝が初めて洋子に会ったのは、食事に招かれたときだった。当時、すでに真友子は東京で働いていて、香奈子の両親へご挨拶する形になった。結婚を意識した彼女の親とはいえ、仕事の面では今一つ将来への自信が持てず、プロポーズするのは躊躇している段階だった。だから、数カ月前から香奈子に「母が会わせろってうるさいの」と言われていたのを逃げ回っていたのだが、「私のこと大切じゃないの?」とウルウルされてしまったら、誠

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物語食卓の風景・祖母のぼやき①

物語食卓の風景・祖母のぼやき①

 小説の続きです。冒頭に出てきた真友子と香奈子の母で夫に失踪された、立花洋子のエピソードで、お隣の奥さんが出てきました。ここからは、その人が主役です。こんなエピソードでした。

 馬場芳江は、この頃疲れている。隣町に住む娘、千紗は、何かといえば頼ってくる。千紗は現在37歳で、フルタイムでメーカーの営業職に就いている。短時間勤務を続けていたが、最近では予定時間に帰ることが難しくなったらしく、夕方にL

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物語食卓の風景・ワーキングマザー⑤

物語食卓の風景・ワーキングマザー⑤

「お母さん、富士山!富士山だよー!」

 亜衣は新幹線の中でうとうとしていたのだが、友樹の声で起こされた。

「ああ、ほんとね。今日はきれいに見える。何かいいことあるかもね」

「いいことあるの? じゃあ、ぼくアイス食べたい!」

「さっきご飯食べたところでしょう。いいことはもっと後で起こるんじゃないかなー」

「えー!お母さん、ずるい」

「何もずるくないよ。ほらもう、富士山見えなくなっちゃうよ

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物語食卓の風景・ワーキングマザー④

物語食卓の風景・ワーキングマザー④

 「郷土史サークルで、誰かと恋愛して駆け落ちしたとかってこと? まるで小説とかドラマみたいな展開ね」と亜衣。

「いやー、そんなはっきり言わないでよ。なんか気持ち悪い」と香奈子。

「だって香奈子、そう言っているも同然じゃない」

「まあねえ。だってね、お父さん、ずっと関西で育って関西から出たことないのよ。地元で育って、地元の学校へ行って、大学も近いし。結婚で一度駅近くのマンションに住んだけど、私

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物語食卓の風景・ワーキングマザー③

物語食卓の風景・ワーキングマザー③

 香奈子が亜衣に持ちかけてきた相談というのは、父が失踪したが、どうしたらいいかわからないというものだった。5月のテラスカフェの爽やかな空間にはそぐわないような重たい話。なぜ長く会っていなかった自分に、そういう相談を香奈子は持ちかけるのだろう、と思うが、ママ友にはそんな話ができないことは分かるので、たぶんふだん遠くにいるから私が選ばれたのだろうと思うことにした。

「夕方に電話があったから、とりあえ

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物語食卓の風景・ワーキングマザー①

物語食卓の風景・ワーキングマザー①

 香奈子の中学時代の親友、粕谷亜衣は、東京に来て20年、結婚して10年のワーキングマザーである。亜衣についてはこちらで少し紹介しました。

 亜衣は食品通販の会社で、カタログ編集などに携わっている。家庭向けの仕事で生活実感を知っていたほうがいいから、と会社はワーキングマザーに優しい。先輩たちもほとんどが育休を取って復帰している。

 子育て中のトラブルなどもみんなよく知っていて、今年小学校2年生に

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物語食卓の風景・シングル女性の悩み④

物語食卓の風景・シングル女性の悩み④

 長沢美紀子は疲れ切っていた。「真友子、話長過ぎ!」結局カフェで3時間、悩みを聞き続けた。またお母さんの話に戻ったところで、サンドイッチの簡単な夕食を追加することを提案して、食べるとさらに真友子の話はヒートアップ。行ったり戻ったりの長い話は、きっとこれまであまり人に話してこなかったことがうかがえた。もっと前から聞いてあげていればよかったと思う一方、真友子も聞いてくれる友達いなかったのかな、と思った

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物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき⑤

物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき⑤

 前回は、香奈子の夫の勝と娘たちが、焼きそばの食材を買いに行ったところで終わりました。香奈子は、効率よく昼食を準備する方法を見つけたでしょうか。

 案の定、なかなか帰ってこない。もう1時間以上経った。野菜は全部切り終わってしまう。今日はもう、2人が参加したくてもやることがない。いくらなんでも炒めるのは危なくて任せられない。咲良には、しょうがないので、テレビでも観ようか、それとも新聞を読むか。ぼん

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物語食卓の風景・シングル女性の悩み①

物語食卓の風景・シングル女性の悩み①

 家庭ごとに異なる家事の場面を描く物語、4人目の登場人物は、立花一家の長女、真友子の先輩の長沢美紀子です。美紀子は東京で1人暮らしで、フリーの編集者です。前回の、美紀子登場場面はこんな感じでした。

 久しぶりに1日まるまる仕事をしないで済む日、美紀子は公園のそばにあるペットショップまでキャットフードを買いに出かけた。いつの間にか、愛猫のアンナちゃんのエサが底をつきかけていたからだ。

 この2カ

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物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき④

物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき④

 子育て真っ盛りの専業主婦、香奈子の生活を描くシリーズ第4回。マメなのかそうでないのか、なかなかめんどくさい夫、勝について前回香奈子はこんな風に思っていました。

 台所に入ってきた勝は何をしたでしょうか。料理のことを書いていたので、よかったらもう1回前も思い出してくださいね。

 外食で思いつくことがあるのか、勝はたまに料理を買って出ることがある。この間の日曜日は、「麻辣な」中華料理を食べて、花

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物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき③

物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき③

 関西に住む専業主婦で、8歳と2歳の娘を育てる香奈子の悩み。それは夫の勝がマメな側面を出すことだ。前回はこんな感じでした。

  結婚したときに、勝が持ってきた荷物の中に「昭和か!」とツッコミを入れたくなるような箒が入っていた。香奈子が「これ何?」と聞いたところ、「箒だよ」と当たり前の返事をする。「だから、その箒が何で入ってんの。掃除機あるでしょ」「いや、ばあちゃんがもってけって、新しいのを買って

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物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき②

物語食卓の風景・専業主婦のつぶやき②

 前回から、洋子さんの次女で真友子さんの妹の香奈子さんの話が始まりました。

 香奈子の夫は、マメである。会社でもこまめな気配りができると評判だった。私も最初、生理中で疲れていたときに、いち早く「大丈夫?顔色が悪いけど」と言ってもらえたことが、勝を意識し始めたきっかけだった。デスクの机の上も、いつもきれいに片づいていて、資料も自分でファイリングしていて、上司から「誰か、何々について知らんかー?」と

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