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気合と根性ではどうにもならない。でも…〜50歳脳卒中で絶賛入院中〜

2022年7月6日49歳の時に脳卒中で倒れ、1週間後めでたく50歳に。
倒れた日の顛末はこちら↓

気合と根性が足りないんでしょうか?!

なにせ根っからの体育会系性質ゆえ、困難にぶち当たっても大抵のことは気合と根性で乗り越えてきた。とにかく自分にできる得る限りの努力をして、ほしい結果を手に入れる。平凡な自分ができることと言えば、やるべきことをコツコツと積み重ねることで、小さい頃から人の3倍努力しなさいと母には言われてきた。

入院した当初は病気についてよくわかっていなかったので、自分の病名を聞いてもなお、努力すれば"元に戻れる”と思っていた。全く動かない腕や脚もリハビリを頑張れば、"元通り動くし歩ける"だろうと。

しかし気持ちはあるが、思うようになかなか動けない。元はどうやって動かしていたのかさえ思い出せない。立つことすらままならず、思わず理学療法士さんに「わたしの気合と根性が足りないんでしょうか?!」と真剣に聞いた。

もちろん気合と根性が足りないせいではないし、どんなに気合いがあっても根性があっても”元には戻れない”こと、一度壊れた脳の機能は元には戻せないけど代わりの部分を使って動かせるようにするための訓練がリハビリだと知った。

脳疾患はわからないことの方が多い

脳の病気の難しさは、同じ脳出血でも症状や後遺症、重症度も人によって全く違うので、回復の過程も予測がなかなか出来ないところだ。わたしと同じ左脳の視床出血による右半身麻痺で入院していた男性もいたが、やはり退院時の回復度合いは違った。同じく感覚麻痺もあったけど、同じ視床でもどの感覚に関する部分が損傷したのか、明確にそこまではわからない。

脳に関することは、実はほとんどよくわかっていないのである。もちろんこれまでの研究でわかってきたことや、こんな回復過程を経てきた人がいるという症例から予測を立てることはできるだろうけど。

つまり確実にわかっているのは「一度壊れた脳の機能は元には戻せないけど代わりの部分を使って動かせるようにする」ことは可能であり、その訓練がリハビリなのであれば、できるようになったことを1つずつ積み上げていくしかないということだ。

半年の壁

入院しながら毎日手厚いリハビリを受けることができる期限は、人によって違うが脳血管疾患の場合150日〜180日と決められている。急性期病棟を出て、回復期リハビリ病棟に移った日からカウントダウンが始まる。

麻痺の改善時期は6ヶ月までで頭打ちなることが多いと言われてきた。近年は更なる改善を目指すために色々な治療やリハビリが研究されているが、今のところ機能回復を集中的に行う回復期は6ヶ月で、それ以降は生活期(維持期)とされている。

ならば、入院している間にできる限り良くするしかないじゃん!!!
もしも万が一、右手や右足が動かなくても生きていけるようにせねば!!!
わたしの負った後遺症の重症度から言って、期限よりも前に退院ということは無理だろうと思っていた。逆にリミットが決まっている以上、そこに向けてやれることはやろうと決意した。

気合と根性ではどうにもならないけど

気合と根性だけではどうにもならない病気であることはわかった。でも何もしなくてもよくならない病気であることも。だから1日3時間というリハビリ時間が与えられているわけで、自ら前向きに取り組む気持ちはとても大事だと思う。リハビリ病棟にいるからって誰かがなんとかしてくれるわけじゃない。

療法士さんと行うリハビリの時間だけでなく、ここで行う全てが退院後を見越した活動なんだと思った。3食の食事時間もだし、トイレに行くことも、シャワーをすることも。ここにいてナースコールを押せば看護師さんがきてお願いすれば基本的になんでも手伝ってくれる。でもそれじゃだめだ。ここでの生活にはいつか終わりがきて、うちに帰ってまで依存心の塊では家族に迷惑がかかる。

なんでも自分でできるようにならねば。たとえ身体の右半分がずっと動かなかったとしても。それは急性期病棟にいた頃から考えていたし、リハビリ病棟に来てからはよりその想いは強くなった。


手がダメでも口がある!

急性期病棟にいる頃はもちろん車椅子だったし、病院内どころか病棟内だけでなく病室内も自由に移動することを禁止されていた。だから病室からリハビリ室への移動は療法士さんが、トイレは看護師さんを呼ぶしかなかった。
トイレはズボンやパンツの上げ下ろしまで自分でできなかったし(捕まらずに立てなかったため)、週に1回のシャワーもほとんどの作業を看護師さんがやってくれた。

ただ左手と口を使えばできることだったら、できるだけ看護師さんをナースコールで呼ばず自分でやるようにした。たとえばペットボトルの蓋を開けるとか、爪を切るとか、薬の封を開けるとか。何せ看護師さんは忙しい。自分でやった方が早いというのもあったけど。

おかげで回復期病棟に移動する頃には、まだまだ脚も手も右は不自由だったけどだいぶ一人できることが増えていた。病棟を移動してすぐに薬の管理、トイレ、シャワーがチェック(テスト)を受けて自立となった。

とにかく後悔がないように。

なんでそこまでするの?
というくらい生活の全てを回復のためにかけている。このnoteを書き始めたのもそうだ。「パソコンを使えるようになる」という目標があるから、リハビリも兼ねて記録を書いている。

「あの時もっとこうしていたら…」と後で振り返って後悔だけはしたくない。過去には二度と戻れないから。「たられば」はないのだ。ならば「今」を精一杯生きたい。これは病気をしたからではなく、昔からそういう生き方をしてきた。

もっとできることがあったんじゃないかと思うより、自分にできることは全てやった!やりきった!と思えた方がいい。

入院生活も残すところあと3週間となりました。
とにかく後悔がないように。
残り3週間も頑張ります!

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