ホープストリート　第1話〈創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品〉

2024年5月31日 11:54

〈あらすじ〉
時代は20世紀から21世紀に変わろうとしていた頃。21歳の主人公、現今　全（ありいま　ぜん）は、闘病中の親友を日本に残したままニューヨークでフォトグラファーを目指していた。変えられない現実や葛藤を、新しい友人達の出会いによって乗り越え、やがて愛に出会い成長していく。そんな青年の姿を描いた作品です。
大切な友人を失った悲しみから癒されはじめた頃、今度は米国同時多発テロが起こり・・再びどうにもならない理不尽な現実に圧倒されつつも、彼は自分の望む道をまっすぐに歩いていきます。

2000年の夏、僕（現今　全　ありいま　ぜん）は、ブルックリンのホープストリートを歩いていた。ウィリアムズバーグといわれるこのエリアは、マンハッタンへ橋を渡ってすぐに行かれるため人気があったが、当時はまだ小綺麗な店や洒落た店も少なく、観光客を見かけることもあまりなかった。

ホープストリートは数ブロックほどの小さな通りで、並んでいる建物も綺麗とはお世辞にも言えず、このあたりに住む近所の人しか通らなそうな通りだった。

僕は、この通りに住んでいるミツイという友人に会いにきていた。
希望どおり　なんて、名前だけはおめでたいなと思いながら早足で向かう。

ミレニアムイヤーと祝われて幕を開けた2000年、ニューヨークの市長はジュリアーニで、街のゴミが減って、治安もどことなく安定していた。
為替も1ドル100円ちょっとくらいで、買い物もしやすかったし、なによりそんな年の明るい解放感が僕を包んでくれて、日本にいるよりも居心地がよかった。

ミツイのアパートは、アパートというより縦長の倉庫を改装した様子で、半地下のある2階建てに、アイスクリームが溶けてしまったメロンソーダのような緑色のペンキが塗られていて、この小さな通りに妙にあっていた。
半地下はがらんどうの空間になっていて、物置かと思ったらアトリエだとミツイが言っていた。この界隈にはアーティストがたくさん住んでいて、時々彼らに貸しているという。

28と書かれたドアのブザーを押す。そうすると大抵、1階の住人がドアを開けて中に入れてくれた。ミツイの部屋は2階だった。

1階の住人が日本人だったので、僕はありがとう、と日本語で言って階段で2階にあがった。このアパートの大家さんは日本人で、部屋を綺麗に使ってくれる日本人に住んでもらいたがっている、と前にミツイが言っていた。

2階のドアを叩くと、中から「Come in !」というミツイの声がした。
鍵がかかっていなかったので、そのままドアを開けて中に入っていった。

ミツイはキッチンに置いてあるテーブルで、パソコンを忙しそうに操作していた。何をしているのかと僕が聞くと、アマゾンで本を探している、と答えた。当時アマゾンはネット上の本屋さん、という認識だった。今のようにクリック一つでなんでも玄関までとどけてくれる会社になるなんて、またそんな未来がくるなんて、一体どのくらいの人が想像していただろう。

ミツイは大学院に入るための論文を書いているようだった。
ジャンボの散歩に夕方行かなくちゃいけないんだけど、一緒に行かないか、と声をかけた。

ジャンボというのは、僕が住んでいる家主の飼い犬で、僕はジャンボの世話をする代わりにその家の一室に住まわせてもらっていた。その家の主を紹介してくれたのがミツイだった。

ミツイは、僕にコーラを渡しながら、夕方5時ころに僕のアパートに行くよ、と言ってくれた。僕は、実はあまり得意ではないコーラをちびちび啜りながら、たわいのない話をして、溶けてしまったクリームソーダ色の建物をあとにした。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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