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ホープストリート 第6話


ホープストリート 第5話|あちこち (note.com)


空とは月に1、2回手紙を送りあった。当時はパソコンが学校に普及し始めてはいたものの、個人で持っている学生は少なかった。空からのエアメールが届くのは何週間かあとのことで、時間は今よりずっとゆっくり流れていた。

手紙には、新しい学校や友達のこと、ニュージーランドの街のことなどがびっしり書かれていた。クライストチャーチという街に住んでいて、とても綺麗で気に入っているようだった。時々手紙の中には、カフェに置いてあったポストカードや、マクドナルドの日本とは違うパッケージに入った塩とコショウなんかが入っていた。僕はそんな小さなおまけをとても楽しみにしていたし、クラスの皆のことや、受験勉強のことなどを書いて、上手く撮れたと思う写真を手紙に添えて送った。

そんなやりとりが1年以上続き、僕は大学生になり、夏休みに空を訪ねてニュージーランドへ行くこととなった。空は専門学校に通っていて、2階建ての一軒家に1人で住んでいた。家賃は大丈夫なのかときいたら、先生の紹介で安くすんでいるという。街も綺麗で自然も多く、過ごしやすいカフェやお店もあって、これは住み心地が良さそうだった。

僕は日本の暑い夏からやってきたが、ニュージーランドは南半球にあるので冬だった。週末に一緒にスノーボードをしに行こうと言うので、スノーボードウェアやグローブを現地で調達した。おしゃれなウェアが豊富で日本で買うより手頃だったため、いいお土産にもなった。バスで1時間半ほどの、マウントハットというスキー場に着いた時は、広大な雪景色に胸が踊った。新しいウェアをまとってさっそうと滑ったらどんなに気分が良いだろう。初めてのスノーボードにチャレンジした僕は、理想と現実とのギャップがいかに遠いものか、身をもってしることになった。ターンがなかなかできずに何度も転ぶ。しかもバタリと前に、後ろに倒れるから身体中が痛い。転んで寝ているのを、さっそうと後ろの方から滑りおりてくる空に何度も助けられた。なんでも爽やかにこなしてしまう空が心から羨ましかった。

周りを見渡すと、僕のような初心者をあまり見かけない。皆上手だね、と僕が言うと、
「北半球から雪山を求めて、プロのスノーボーダーたちが練習に来ているんだよ」
と笑っていう。初心者が来るところではなかった。

2日間頑張ってターンもできるようになったけれど、3日目の朝は体がむち打ち状態で起きるのがやっとになり、痛い背中や首をバスのシートに預けて家路についた。

僕が帰国する前日の夜、近くのレストランへ食事をしにいくと、可愛らしいブロンドの女の子がいて、空が声をかけて同じ席に座った。学校の友達かと思ったら、空がこう言った。
「全に紹介するよ、僕のフィアンセのシエルだ」
僕はどうも、ととっさにお辞儀をした。え、フィアンセっていつの間に婚約をしたのだ。質問攻めにしたいけれど、女の子の前では難しい。僕はなるべくクールにしたかったが、二人の英語での会話についていくのもやっとだし、頭は混乱していて、愛想笑いをしながら時々困惑する変な日本人と思われたに違いなかった。店内にかかっていたオアシスのワンダーウォールという曲がぐるぐると頭の中を流れていた。

翌日、空は空港まで僕を見送ってくれた。大事なことは直接会って話したかったから、手紙には書かずに驚かせてすまないと空が言うので、僕はひがみもあって、
「まだ若いんだし、そんなに生き急ぐなよ」
と言ってしまった。あの時素直におめでとうと言えばよかったのに。

ホープストリート 第7話|あちこち (note.com)

#創作大賞2024 #恋愛小説部門



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