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#41|2 2020年8月24日 モスキート音

 唯一であり最重要である査証受取こそがエアコンの室外機から流れ出したようなある種の「膜」や「塊」を想起させる暑さを溜め込んだ東京に滞在する理由だ。8時半ごろYの家を出て六本木へ乗り継いで行く。もうかれこれ4回目になるが、いつも道に迷う。YはStarbucksで待っていると言うので改札を通る前に一度別れたが、今回も多分に漏れず出口を間違えた。泉ガーデンを拝むのはいつも帰り道だ。
 手荷物検査を終えて警備員に整理券を手渡されてから待合室に進む。他には20代前半くらいだろうか、白いTシャツにトートバッグを抱えた女性が1人いるだけ。訪問者が少ないためか、片方の窓口には白いロールカーテンがかかっていた。3分ほど経つとその女性の番号が呼ばれて「学生ビザを受け取りに来た」と言った。同じように前泊して明日出発なのだろうか。もしかしたら同じ便かもしれない、などと思いながら自分の番を待つ。書類を手渡されているのを見届けると、すぐに呼ばれた。身分証明のために運転免許証を差し出し、旅券を受け取る。入国の際の手続きの説明を受け、観光用のパンフレットとその他諸々の書類を渡された。彼女は既に退出していた。

(16:18 Y宅にて執筆)

 夜まで暇なので遅めの朝食兼昼食を探しがてら散策をすることにした。代官山にYの行きたいイタリアのパン屋があるのでまずはそこを目指す。Princiは蔦屋書店の隣にあり、シンプルなパンからピザ風のものもあり、イタリアから輸入した飲み物も提供していたので、カプレーゼのサンドイッチとビシソワーズ、グアバと蓮の花風味のTè Biancoを味わった。合わせて約1,800円。美味しかったが、正直少し高い。向かいの席ではYがテーブルにぶつけたソーダを吹きこぼしている。
 蔦屋書店には本を読みながらコーヒーを飲んだり音楽を聴いたりできる場所がいくつもあり、その「当たり前」を謳歌している高校生たちが眩しい。自分は部外者である、という感覚を背負い込んだまま小豆島をテーマにした本のオリーブ農家のページを流し読みした。文房具コーナーは高級志向で万年筆が多く取り揃えてあり、以前誤ってインクだけ買ってしまったLamyもおそらく全種類のニブと色が並んでおり、ぐらぐらっときたがこんな時は値札を凝視することにしている。たしかあのインクカートリッジは机の引き出しに置いてきたな。
 それから渋谷に行った。
「ねぇ、まだモスキート音聞こえる?」
「うん、今まさに聞こえてる」
東京では人通りの多い場所の入り口付近で若者がたむろわないようにモスキート音を流していることがよくあるらしい。これも東京に嫌悪感を抱き続けてきた理由の1つかもしれない。最近できたという商業施設に行くと、観光客向けかわからないが、日本全国の地域それぞれの名産を居酒屋風にして「渋谷横丁」としていた。提灯が並び、いかにも日本という雰囲気を押し出しているように見えた。流行は回ると言うが、今までにないほど繋がりが強くなっていたグローバル化社会は今や見る影もなく、アメリカでは大統領選が行われ中国を排他しようという現職大統領への企業からの非難の声が上がっている一方で、日本国は尻尾を元気よく振る有り様にも関わらず少しずつ自我を取り戻しているのではないか、と最近になって和服を多く手に入れたことを想起させられながらも自分自身こそ発展途上である自覚をし、自信過剰な母国から離れる道を選んだことに未練を残さぬよう、とのせめてもの言い訳を心に抱えたまま季節通りの暑さを「残暑」と呼び、今や裸の王様になりつつある首都大東京の中心を汗かきながら歩くことで洞爺湖でNが声を震わせた1人の人間の無力さとそれに相反する道徳観と正義感と欲求がごちゃ混ぜになった机上の空論への反論を頭の中で反芻させてから改めて納得へと導かれた。

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