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銭湯へようこそ ~40年近く銭湯研究をする町田忍さんがお風呂屋さんに関するあれこれについて答えてくれました。

なぜ東京の銭湯は神社のような造りなの?

 東京には神社やお寺のような宮造りをしている銭湯が多いですね。北千住にあった「大黒湯」(2021年廃業)は立派な宮造りで、僕はそこを「キング・オブ・銭湯」って名付けたんです。そもそも東京に宮造りの銭湯ができた発端は関東大震災までさかのぼります。震災後、ほとんどの建物が倒壊した荒れ野原の中に、当時、再建中だった歌舞伎座だけが残りました。それまでの銭湯は簡素でシンプルな造りでしたが、復興のためにみんなが元気になるようにって、宮造りの技術を持っていた銭湯専門の大工が、自分の技術を活かして歌舞伎座のような派手な銭湯を建てました。そして「歌舞伎湯」と名付けた。そうしたら、あまりにも豪華なんでお客が殺到しちゃって、それ以降建てる銭湯がみんなマネしたんです。

東京・雪谷「明神湯」。「昔ながらの宮造りの銭湯。入り口の屋根は唐破風(からはふ)、その下には鶴と松が彫られています」

富士山の絵と湯船の意外な関係とは?

 東京の銭湯は浴槽が正面の壁側にあって、一つは大きくて浅い。その隣に小さくて深い熱めの湯がある。その2つの浴槽の間にはトンネルがあって、僕が子どものころはそこを行ったり来たりなんかして。だけど、関西はそういう造りじゃない。浴槽が中央にあったりするし、ペンキ絵もありません。なぜこうも違うのか理由が全然分からなかったんですよ。
 ある日分かったのが、東京の銭湯は正面の壁にペンキ絵が描かれているでしょ。で、その真下に浴槽があるんです。浴槽から絵を見るんだったらこの配置は不便なんだけど、絵の中には必ず海や川などの水が描かれていて、その水と湯船が延長線上になっている。例えば富士山のペンキ絵だったら、富士山で清められた水が湯船に注いで、そこに自分が入ることにより体が清められるという思想があるんです。そのために東京の銭湯は浴槽が壁側にあることが多いんです。

デザイナーズ銭湯の一つ東京・千駄木「ふくの湯」。「2011年に外観と内装を変えてほとんど新 築になりました。六角形のカランがあって、浴室の仕切りには弁財天が描かれています」

銭湯が減っているのは本当?

 僕が子どものころ(1960年代)はうちの周りに歩いて行ける範囲で銭湯は5軒ありました。調べてみると、当時は町内にだいたい1軒、東京都内では約2,600軒も銭湯がありました。ところが現在は約480軒。今も1週間に1軒くらいは廃業しています。江戸時代だって100万人都市で約500軒の銭湯があったといわれています。全国的に見ても、最盛期の1968年は18,000軒ほどの銭
湯があったのに対し、今は2,000軒くらい。激減ですよ。

代替わりで新しい銭湯のかたちが誕生?

 今から20年くらい前に「デザイナーズマンション」がはやったときがあって、それをもじって目新しい銭湯を「デザイナーズ銭湯」と名付けました。それまでは銭湯の建築やリニューアルは昔からある銭湯の専門業者がやっていたんですね。だから、新築したとしても、どこも同じような造りで、みんな右へ倣えになっちゃうんです。ところが、銭湯も代替わりで、2代目3代目になると、うちは独特な方がいいんじゃないかと、今まで業界に参入してなかった設計事務所に頼むようになった。それで、どんどん新しいタイプの銭湯が増えました。
 それと、もう一つは平成に入ってから銭湯に関する規制が緩和されたことも大きい。それまで例えば露天風呂禁止、水風呂禁止だったのがOKになった。それを機にリニューアルする銭湯もありました。そのころ、関西の銭湯の方が設備が発達してるというので、東京の銭湯がそれを取り入れることもありました。電気風呂なんかがそうですね。

銭湯も個性が求められる時代に?

 最近はアミューズメント化っていうのかな。遊び心とか、しっかりしたコンセプトがあって、個性を出すっていうのがすごく重要なポイントなんです。昔はもう決まったかたちがあって、それをバンバン建てればよかったけれど、今は本が読めたり、DJ ブースがあったりとみんな試行錯誤して、その地域にあったものを造っています。

2020年リニューアルの東京・西小山「東京浴場」。「ロビーに電話ボックス より小さい個室がいっぱいあってみんなそこにこもって漫画を読んでます」

アミューズメント化されて客層が変わった?

 例えば銀座の「金春湯(こんぱるゆ)」の客は板前とかホステスが多くて、あとはサラリーマンが来るくらい。家族連れなんてのはいないですよね。もともと銭湯ってのは地域のもんだからね。でもそれが今ちょっと変わってきて、新しくアミューズメント化された銭湯だと、わざわざ遠くから来る人がいる。若い男女が一緒に来てクラフトビール飲んだりしてね。広いお風呂に入りたいとか、疲れを取るとか、それだけが目的じゃないのかもしれない。でも、やっぱり非日常の空間を求めているんだとは思います。
 そもそも銭湯は昔から非日常なんですよ。だって、あの高い天井だって、風呂に入るだけならいらないじゃない。豪華な彫刻もいらないし、池に鯉が泳いでなくてもいい。そこにあえて無駄なものをいっぱい付けてるわけ。それは非日常的空間を構成することによって、リラックスさせるという要素があって、特に東京の銭湯はその傾向が強いんです。
 関西へ行くと、それより電気風呂だったりサウナだったり設備にお金をかけるという考えですね。だから東京よりも設備がすごく充実してる。東京は見栄えを派手にしてゆったり入ってもらう。そんな東西の文化の違いもあります。

話:町田忍さん(まちだ・しのぶ)
1950年東京・目黒生まれ。警視庁巡査を経て、明治から戦後における庶民文化史を研究。商品パッケージの収集から霊柩車の研究までジャンルは幅広い。(社)日本銭湯文化協会理事、庶民文化研究所所長。銭湯研究者の第一人者とされる。

写真提供=町田忍


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