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楽しそうと思える家(前編) ~風呂・トイレなどインフラに縛られない、住まいの新しい価値観について考えます。

”家をせおって歩いた”アーティストの村上慧さんと、風呂なしだけど銭湯がある暮らしを提案する「東京銭湯ふ動産」の鹿島奈津子さんに、暮らしの器である家について語ってもらいました。まずは、銭湯の話からスタートです。(エース2021年秋号特集「すまいのかたち」より)

鹿島奈津子さん(以下、鹿島) 私は「東京銭湯ふ動産」というサイトを運営しています。始めたきっかけは、もともと銭湯が好きだったからです。今、銭湯の数は今どんどん減っています。そこで、不動産仲介業として何かできないかと考え、風呂なしだけど近くに銭湯がある賃貸物件を集めて紹介しています。
 風呂なし物件は、風呂付きの部屋よりも2~3万円安く、しかも渋谷、原宿、新宿、中目黒、自由が丘など人気の街にもあります。お客様はお風呂はないけど人気の街に安く住めますし、私としては風呂なしの部屋に住んで銭湯に行く人が増えれば、銭湯の魅力に気付いてもらえるのと同時に、銭湯の存続にもつながると考えました。

村上慧さん(以下、村上) 僕は今「広告看板の家」というプロジェクトを名古屋でやっています(取材時7月)。寝室以外のインフラは全て街の中。よく言うのが、冷蔵庫は自販機とコンビニ、洗濯機はコインランドリー、風呂は銭湯。電源やWi -Fiもカフェなどで賄うことができます。このプロジェクトでは僕も銭湯に行きますが、近くにあるのはホテルの日帰り入浴やスーパー銭湯で、昔からある銭湯って意外となくて、歩いて20分くらいの銭湯まで行っています。

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風呂なしを面白がる感覚

鹿島 そう、銭湯って意外とないんです。東京は人口が多い分、銭湯も他の都市に比べたら多いかもしれません。私が紹介している物件は徒歩5~15分以内に銭湯があります。ターゲットは20~30代の単身者ですが、必要最低限のものでOKというミニマリスト、大手企業にお勤めの方など入居者はさまざま。共通しているのは、銭湯に通う暮らしを「楽しそう!」「面白そう!」と思える感じでしょうか。

村上 風呂がない物件に住むことが楽しいかもという感覚って、どのぐらいの人たちが持っているんだろう。「風呂なし?信じられない!」「100%ないわ」みたいなことばかりじゃないと思うんです。合理性からいったら風呂がないのは100%ないと思うんですけど、インフラがないことを楽しそうって思える感じは、実は結構みんな持っているんじゃないかと思うんです。

鹿島 東京銭湯ふ動産を3年間やってきて、問い合わせ数は約200件ですけど、そのうち成約は10%にも満たないぐらいです。一方で、風呂なしって楽しそう、毎日銭湯に行くからいいっていう人たちもいて、そういう人たちは覚悟を決めて入居してくれます。でも、やっぱりどこかで日常生活を考えると、お風呂屋さんに行けない日があるんじゃないかとか、不安要素がよぎっちゃう人は一歩踏み出せないのかなと思います。
 一人暮らしのワンルームの3点ユニットの狭い風呂に一切お湯をためたことがないって人たちは割と多くて、シャワーしか使ってないとはいえ、その設備があることで、物件自体が風呂なしに比べて2万円ぐらい高くなるんです。その全く使わない設備に2万円を出すのか、毎日広くて足が伸ばせて気持ちいい銭湯があって、浮いたお金を好きなことに使うのか。自分には何が必要か、自分が楽しく暮らすためにお金をどう使うか、みたいなことを考える人たちが、うちのサイトを見てくれています。

村上 ウェブサイトに載っている物件って、やっぱり古いのが多いですか。

鹿島 ほぼ古いです。昭和30年代ぐらいのものもあれば、新しくて昭和50年代半ばぐらいまでですね。

村上 僕が今東京で借りているアパートは、隣が銭湯なんです。今までそういう物件に住んだことがなかったんですけど、最高なんです。音が聞こえるのがいい。水の音とか人が喋る声とか、うるさくない程度に聞こえてくる。それが街に住んでいる感じがするんです。
 下町の銭湯に行くと、脱衣所で近所のおじさんたちが6人くらいで話しながらお茶なんか飲んでて、なんか茶の間みたくなっている。そういうところに行くと、こっちの人間性が変わっちゃって、話さざるを得なくなる。僕はそんなに人に話し掛けるような人間じゃないんですけど、声を出して会話が自然にできるっていう雰囲気がそこに作られているから、こっちも影響を受けて、喋っちゃうんです。
 あと、風呂に行くときって、外に出なくちゃいけないんですよ。例えば、元気ないし、面倒くさいし、なんかやる気ないし、人生これからどうかな、みたいなことまで考えちゃっているときに、外に出なきゃいけない。これがとても大事です。
 そこへ唐突に話し掛けられたりすると、否応なくこっちが揺さぶられるじゃないですか。家の中で全て完結させてしまうと、人のリズム感っていうか、他者の空気感が入ってくる余地がなくなっちゃうんで。ある程度、外に、街の中のものに、頼った方が健康的に過ごせるんじゃないかと思っています。

鹿島 風呂なし物件に住み始めた人も、同じようなことを言っていて、全然知らない街に来て知り合いが全くいなくても銭湯に行ったら、番台の人が「こんばんわ」って声を掛けてくれて、帰るときは「おやすみ」って言ってくれる。それだけで、今日人と喋った、みたいな感覚になったりするようです。
 自分である程度コントロールできるぐらいの距離感がある。今日は誰とも喋りたくないけど誰かがいる場所にいたい、みたいなときに、銭湯のようなみんなリラックスしている場がある。それぐらいのゆるいつながりが、ちょうどいいんだと思います。

後編へ続く


村上慧さん(むらかみ・さとし)
1988年東京都生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。17年文化庁新進芸術家海外派遣制度によりスウェーデンのオレブロに滞在。東日本大震災をきっかけに、14年から自作の発砲スチロール製の家を背負って移動生活を始める。 著書に『家をせおって歩く』『家をせおって歩いた』。
http://satoshimurakami.net

鹿島奈津子さん(かしま・なつこ)
1985年生まれ、大阪出身。成安造形大学で住環境デザイン科専攻。卒業後NPO法人で京都の町家再生や活用に携わる。結婚を機に関東に拠点を移し、2014年から株式会社フィールドガレージでワンストップリノベーションのための不動産仲介業を行う。18年からウェブサイト「東京銭湯ふ動産」を立ち上げ、運営企画を担う。https://tokyosento.life

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