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ん?違和感から入った世界とは…『線は僕を描く』

「線は僕を描く」?「僕が線を描く」んじゃなくて・・・?
ちょっとした引っかかりを感じてこの本を手に取りました。

主人公は、両親を事故で失い、自分の「ガラスの部屋」に閉じこもって出てこれずにいた青年。その彼が”水墨画”を通して、自分を取り戻していく物語です。最近映画化もされたようですね。原作を読んでしまうと映画に行くのが若干怖くなるので、見に行くかどうかには悩んでいますが・・・。

水墨画については何も知らない主人公ですが、師匠は「何も知らないことが力になる。何もかもがありのままに映るってことだから。」と言います。初心者は熟練者に比べてもちろん技術や経験は劣りますが、真っ白なキャンバスの状態であるということが最強の持ち駒となるのでしょう。そういう意味で、ビギナーズラックというものが存在するのも頷けますね。最初は上手くいくけれど、次第に「こうしたい」「もっと」等、余計な“思い”を引っ付けてしまって、経験は積めども行き詰まるということは、水墨画だけでなくあらゆる分野でも当てはまるのではないでしょうか。

この素人の青年と水墨画の大家のやり取りを通して、人生のエッセンスともなるようなことが物語の端々にちりばめられていきます。


・力を出すには力を抜くこと

矛盾したように聞こえるかもしれませんが、「力を出すには力を抜くことが大事だ」というフレーズにもハッとさせられました。力が抜けた時にこそ本当の力が出るというのです。どこまでも集中しているのにどこまでも力が抜けているその状態こそが、「ありのまま」が投影される状態なのでしょう。「筆は心をすくい取る不思議な道具」と、本文では表現されています。だからこそ、瞬間瞬間を「ありのまま」に受け入れて楽しむには、「ありのまま」である必要があり、そのためには、どこまでも集中していると同時に、どこまでも力が抜けていなければならないのですね。その境地において、初めて目の前の花が描ける。技術やセンスを超えたところにある「ほんとう」を映し取ることができるのです。それはすなわち目の前の花が、今この瞬間、形を変えながら生きているという事実(=「命」)を描くということです。そしてそれは、外側にある花の命と内側にある自分の命が繋がることであり、その意味において、ようやく「わたしが描いている」ではなく、「わたしは描かされている」という境地に至るのだと解釈しました。

・センスや才能は関係がない。とにかくやってみるだけ。

水墨画は初めての主人公は、もちろん技術も経験もありません。そのことを心配する彼に、師匠はこう言います。「センスや才能はあまり関係がない。できるかどうかはわからないがとにかくやってみる、それだけ。絵に一番大切なのは生き生きと描くこと。楽しんでいるかということ。」と。今いる場所からは想像もつかない場所にたどり着くためには、とにかく一歩を踏み出すしかありません。たとえ小さな一歩でも、その一歩を進めることで、見える世界が変わっていきます。小さな一歩を何度も何度も踏み出し続ければ、気がついたら違う世界が見えるようになっていることでしょう。歩き出しては何度も立ち止まり、時にはふり返りながらも、「とにかく進み続けること」が大事だと物語の中の師匠も話しています。できること、成功すること、達成することが目的なのではなく、「やってみることが目的」なのだと。こうして考えると、私たちの人生においても、何かを成した・成さなかったという結果よりも、「やってみたこと」が経験として積み重なり、そのことが自身の人生を豊かにし、深め、血肉となっていくのではと思います。

・画仙紙の上は、心と同じように時間も空間もない場所だ。

これも師匠の言葉です。師匠は、例えばある対象物を「描こうとすれば遠ざかる。」とも言います。結果的に主人公は「あの夜の僕には絵は描くものではなかった。花に描かされるもの、もっと言えば、花に教えられるものだった。」と振り返っています。「花を描こう」という意思をもつとそれは遠のき、その執着を手放し、「今この瞬間にある」という事実を繰り返し、結果的に「描かされた」ということに、物語の中ではつながっていくのですが。
わたしたちの暮らすこの世界も、画仙紙の上のように、時間も空間もないのではと思う瞬間があります。「何かをしよう」とすればそれは遠くへ行ってしまいますが、その「思い」を手放すと、実は今この瞬間にすべての可能性が存在していて、ただこの瞬間を生きていけばそれでいいのでは・・・「何かをどうにかしよう」と思うことはないのでは・・・という瞬間です。今はまだ私にとってそれはかすかな予感なのですが、師匠のこの言葉は私の世界観にも一筋の光を投じたものでした。


この物語を通して、主人公はようやく自分で自分を囲ってしまったガラスの部屋から出ていきます。その時の心の動きは、気づきの宝庫です。それはここでご紹介するのは控えまして、物語でたっぷりとお楽しみいただければと思います。

目覚めと気づきにもつながるこの1冊、ぜひ、書き初めで墨にふれるこの冬休みにいかがでしょうか。

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