松山秋ノブ

福岡県出身SSW。小説や脚本を掲載します。元学習塾副教室長の経歴を活かして、現代文等の…

松山秋ノブ

福岡県出身SSW。小説や脚本を掲載します。元学習塾副教室長の経歴を活かして、現代文等の解法・勉強法も掲載します!

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連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.5 2020/7/4②(最終回)

 紫陽花を持ったまま、僕は新宿の裏通りを歩いていた。自然と足があの駐車場に向いた。胸はざわざわするけれども、言葉にはならない。だからこの胸のざわめきも気のせいかもしれない。そこから歩いてあのクラブハウスに向かう。クラブハウスはとうの昔に摘発を受け、姿を消してしまった。けれどビル自体は残っていて、屋号が変わっていた。居抜きなのかどうかは知らない。もしかして箱が変わっただけで中身は変わらないのかもしれない。そんなことはわからない。けれど僕は過去の自分に語りかける。君は間違っていな

    • 連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.4(Side 藤井香織) 2007/12/18

      2007年12月18日 「昨日の今日で呼び出してすみません」 「どうしても早く伝えたくて。えぇ、ようやくわかったんです。どうして先輩が小説という手段を取ったのか」 「ここから話すのは仮説です。全てに於いて確証はありません。けれど、色々な状況証拠や佑矢先輩、あなたの言葉を併せたら、これしかないと思いました」 「昨日、あの後、たまたま朝美さんを見かけたんです。…いや、嘘をつきました。会いに行きました。とても綺麗な方ですね。私は朝美さんの昔を知りませんが、あんな人が学校にいたら

      • 連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.3(Side 藤井香織) 2007/12/17②

        「私の出身がどこか、佑矢は言える?」 「…関西ということは」 少し考えて佑矢先輩は言った。 「それ以上は知らないよね、訊かれたことないもん」 先程から中田先輩は佑矢先輩を真っ直ぐに見ている。一瞬も目を逸らそうとしない、瞬きさえしていないんじゃないかと思う。実際はそんなことないんだろうけれど、その目が私に向くことはない。中田先輩には佑矢先輩しか視界にないんだと思う。その目は獲物を捕らえた肉食獣に見えなくもない。 「それと何が関係があるっていうんだ」 中田先輩の威圧感に少しだけ苛

        • 連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.2(Side 藤井香織) 2007/12/17

          2007年12月17日  1週間後、私はまた佑矢先輩を待っていた。 「待っていましたよ、佑矢先輩」 香織も懲りないな、と佑矢先輩は肩をすくめた。 「今日は会わせたい人がいます」 「僕は基本的に誰にも会いたくないんだけれど」 「小説を書いた理由を解き明かせ、と言ったのは先輩ですよ」 「何かわかったのかい」 「会えばわかります」 私は研究棟から歩いてすぐのところにある図書館へと向かう。先輩もそれ以上は拒否することなく黙って私についてくる。 「私は一度、あの小説が全て本当だったら

        連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.5 2020/7/4②(最終回)

          連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.1(Side 藤井香織) 2007/12/10

          2007年12月10日  私は研究室から出てくる佑矢先輩を待っていた。もうすぐ卒業する佑矢先輩は論文の進捗状況を報告しにくるこの毎週月曜にしか大学に顔を出さない。今や時の人に近い先輩を大学以外で捕まえるのは至難の業だった。バイト先には特定の生徒の授業がある時以外は顔を出さないらしいし、家も何処かへ引っ越してしまったようだ。この半年近くで先輩を巡る環境は大きく変わってしまった。  先輩は例の記憶喪失についての論文を書かなかった。夏に断りを入れたらしい。小堺教授が一時期愚痴を言

          連載小説『舞い落ちて、消える』Epilogue.1(Side 藤井香織) 2007/12/10

          連載小説『舞い落ちて、消える』Final episode 2007/5/18

          2007年5月18日  この1週間で全てのことが始まり、全てのことが終わった。竹下はその後、覚醒剤の所持と使用で逮捕されたと新聞の小さな記事に載っていた。全国紙ではなく、地方欄の小さな記事なので、気をつけて見なければ分からない、恐らくこのことが福岡にいる朝美のところまで届くことはないだろう。僕は少し安堵した。それと同時に竹下に対する猛烈な怒りが蘇ってくる。朝美を変えられるのは竹下しかいなかった。「過去の強い恋愛の記憶」という時点でそれはもう竹下に頼るしかなかった。そのこと自

          連載小説『舞い落ちて、消える』Final episode 2007/5/18

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.43 2007/5/11②

           それから後は授業もうわの空で、僕はとにかく終わり次第その場所に向かうことにした。たまたま今日は自転車で来ておらず、そのまま電車で迎える。メールを見た僕にさくらが「どうかしたんですか」と訊いてきたが、僕は何も答えないことにした。結果オーライだったとはいえ、昨日も一歩間違えばさくらを危険な目に遭わせていたかもしれなかった。これ以上危ない橋を渡らせるわけにはいかない。僕は努めて冷静に何でもない振りをし、そのままアルバイトを終えた。  天王町から相鉄線に乗り、横浜に向かう。週末の横

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.43 2007/5/11②

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.42 2007/5/11

          2007年5月11日  夕方、少し早めに塾に到着する。昨日さくらとそう打ち合わせたからだった。さくらは既に到着しており、僕らはバックヤードのロッカーに向かう。着くなりさくらは再度僕に謝ってきたけれど、僕はそれを制した。僕はさくらに感謝する理由はあれど、さくらから謝罪をされる謂れはないのだ。朝美を一晩泊めてくれただけでも本当に感謝すべきだったし、それ以上を求めていなかった。  ここに到着する少し前に朝美の母親から電話が入り、朝美が家に戻ってきたことを報告された。そうだろうとは

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.42 2007/5/11

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.41 2007/5/10

          2007年5月10日  家に帰り着くと僕はそのままベッドに倒れ込み、意識はそこで途絶えた。自分の寝ている姿を見ていたわけではないが、きっと泥のように眠っていたことだろう。目が覚めたのは夕方のことだった。携帯電話を確認すると何度もさくらから着信があった。ある一定の時間に集中していたけれど、僕が出ないことで諦めたのだろう、最後にはメールを送ってきていた。 「朝美さんがいなくなっていました、起きたら連絡をください」 僕はそのメールを恐ろしく冷静に受け取っていた。なんとなくそん

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.41 2007/5/10

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.40 2007/5/9-10②(全50回)

           見間違いではないかと思って何度も瞬きをしてみたが、やはりそれは朝美だった。朝美は確かにそこにいた。けれど、朝美からは何も意志を感じなかった。ただそこに立っているだけだった。 「噂をすりゃ来やがった」 2人組のどちらかが不気味な口調で笑う。僕は朝美に声をかけたい。逃げろ、そう叫ぼうとしたけれど、Jの手首がそれを許さない。 「ちょうど良い、話もあるだろう、相手しろよ」 Jの言葉に2人は振り返る。気持ちの悪い笑顔。クスリのせいだけじゃない。本質的に受け付けない。締められた首の嫌悪

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.40 2007/5/9-10②(全50回)

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.39 2007/5/9-5/10

           夜が深くなるように僕はどんどんと階段を降りていく。少しずつベース音が足元を揺らしているのがわかる。地下はなんとか携帯電話の電波が届くらしいが、僕は一応もう一度携帯電話を確認する。さくらからメールが届いている。 「竹下という人と頻繁に会っている人物は今日はVIPにいるそうです。VIPには入れません。出てきたところを狙ってください。金髪で赤いワイシャツ。Jと呼ばれているそうです」 佐藤さんは受付に協力者がいると言ってくれたが、初めて足を踏み入れる僕が必要以上に彼と話すと、後々ま

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.39 2007/5/9-5/10

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.38 2007/5/9④

          「何ぼーっとしているんですか」 さくらの一言で我に還る。さくらと佐藤さんは両手にコンビニの袋をぶら下げて少しご機嫌に帰ってきた。これから危険なことが待っているかもしれないというのに何とも呑気なものだ。けれど、それくらいが僕にとっては丁度良いのかもしれなかった。さくらはいつも必要以上に明るくしないし、必要以上に深刻にもしない。だから僕はさくらに相談をしたのだろう。一緒に深刻になられたら、僕はきっと今頃精神的に潰されていたに違いない。さくらはテーブルに買ってきたものを並べた。そし

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.38 2007/5/9④

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.37 2007/5/9③

           一人になった後で僕は改めて窓から外を眺めてみた。もちろん佐藤さんに注意されたように警戒は忘れていなかったが。夕方だった先程までと違い、暗くなった空とは正反対に地上はどんどんと明るさを増しているようだった。人の流れが出来、派手な服装の女性が、派手な髪型をした男性がどんどんと行き交っている、その中をスーツを着たサラリーマン風の男たちが色めきだって歩いている。裏手の路地では背丈よりも高い立て看板を持った薄汚れた中年男性が生気を失ったまま立っている客引きではあるのだろうが、誰が通り

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.37 2007/5/9③

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.36 2007/5/9②

           歌舞伎町の入り口は迷路への入り口である。いや、そもそも迷路ほど親切でもない。迷路なら入り口は1ヶ所である。でも、ここは何処からでも入ることができ、さらに入り口の選び方で後の運命が変わるというほどに複雑に入り組んでいて理解するのが難しい。一番オーソドックスな格安の総合ディスカウントストアから入る入り口は僕でも何となく後の順路を理解できるが、それ以外になると難しい。ディスカウントストアと外装の配色が似ているドーナツ店や大型のパチンコ店など僕を惑わせる入り口も多く、僕がここに頻繁

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.36 2007/5/9②

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.35 2007/5/9

          2007年5月9日  夕方に新宿駅に到着した。さくらに連れられて何度かライブのために来たことはあったけれど、相変わらず僕はこの街が苦手だと思った。人の多さだけ見れば横浜駅とそこまで大差ないのかも知れない。駅に集う人々も年齢層・男女比、そんなに差はない。目的地に合った出口に辿り着きにくいのも同じだ。利便性の問題で嫌っているのではない。どうにもこの街を取り巻く空気が好きになれないのだ。新宿駅には僕が高校時代に好きじゃなかった私立文系の教室や廊下と同じような空気がしていた。自分達

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.35 2007/5/9

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.34 2007/5/7③

           僕はその言葉の意味を理解するのにしばらく時間が必要だった。 「それは、朝美の他にもう昔から彼女がいるっていうことだよな」 光浦は、当然、という顔で頷く。構造は理解できた。行動も理解した。しかし、そこに至るまでの心情も何も理解することができない。大切なことが何一つ見えてこない。 「ちょっと待てよ、なら何でそんな奴と朝美が噂になるんだよ」 今度は、そんなこと知らねえよ、という顔になった。光浦の表情は読み取るのに知力を必要としない。 「わかった」 僕はそれだけ言うと教室を出ようと

          連載小説『舞い落ちて、消える』episode.34 2007/5/7③