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運転者  喜多川泰 著  感想文

 喜多川泰さんが2019年に書いた「運転者」を読んだ。新生活目前でナーバスになっていた自分にとても響いた本だった。読後の感動を記録する為、以下に感想文を残しておく。



 “情けは人の為ならず。損して得を取る人生を歩みなさい”

 私は父から、この言葉を何度も聞いて育った。加えてこれは父が、父(私の祖父)の生き様から学んだ教訓でもあった。

 本書を読み終えて、一番初めに持った感想は、「運を貯めて繋いでくれた祖父に会ってみたかった」だ。私の祖父は災害で亡くなった。私は生前の祖父を知る人々に、彼の話を聞く機会が多い。話の中での祖父は、常に自身より周囲の幸福を願って行動していた。明らかに自分が不利益を被る場面でも、他者の為を思って苦労を買って出ていた。下世話な話、貯めた運を可視化出来るのなら、莫大な数値になるだろう。そんな祖父を尊敬している父から私は、上記の言葉を教わった。私は本書を読むまでその言葉の意味について、深く考えなかった。漠然と、他者を思い遣る事が大切で、その縁が循環して自分に返ってくるのだと思っていた。

 本書を読んで、情けは人の為ならずの本当の意味を少し理解出来た気がした。自分の身近な人のみならず、地球や宇宙全体の為に行動し、未来の世代に命を繋ぐ事が、情けは人のためならずだと感じた。そして、それが本書の示す運を貯めるという行為なのだと感じた。さらに、他者を思ってした善行は、必ずしも自分に返ってくるわけでも、短時間で返ってくるわけでもないと学んだ。もしかしたら私は今、祖父の貯めてくれた運を使って生きているのかもしれない。だからこそ、私も誰かの為に次世代の為に運を貯めたいと思った。
 
 

 作中で、主人公が居合わせたミュージシャンと会話をする場面がある。ミュージシャンが主人公に語った喩話は、私の経験に重なった。

人間は身体の部位でも心でも、柔らかい作りの部分が痛みを伴って変化し、硬くなって強くなる。

 本書では、ミュージシャンの指と心に焦点が当てられていた。私は本書を読みながら、器械体操での鉄棒経験を投影した。私の両掌と指先には、硬いタコがある。これは器械体操を習っていた際、一番苦手だった鉄棒を克服する為に特訓した証だ。特訓渦中は、テーピングや絆創膏でも誤魔化しきれない痛みを伴った。しかし、痛みを超えて硬くなった手で行った鉄棒の技は、特訓以前よりも格段に上達した。

 私は今、新社会人として働く直前である。私は就職先として、自分の得意分野と真逆の職場を選んだ。その為、ここ半年間つい弱気になってしまって“不機嫌“な態度を取ることが多かった。就職先を決めた当時の自分を責め、起こってもない未来を憂いた。本書を読み、自分の態度や思考回路を見直した。そして過去の選択は、今とこれから強くなる為に必要なものだったと考えた。さらに、痛みを乗り越えた先の未来が楽しみにもなった。鉄棒克服の経験がある自分なら大丈夫だと思えた。


 運気を捕まえるアンテナは、上機嫌なときに最大になる。

 本書では、運を捕まえる為に上機嫌でいる事が重要であるとされていた。そして、上機嫌でいるにはプラス思考が大切だと伝えてくれた。本書を読んでいる最中は、私も主人公と同じようにプラス思考の意味を表面上でしか捉えていなかった。しかし、主人公と共にプラス思考の真髄を理解した時、自分がいかに傲慢な態度で生きていたかを反省した。

 私には、とてもプラス思考な彼氏がいる。その彼氏と初めて出会った時に、何となく人生の転換期にいるなと思った。交際が始まってから、彼氏の影響で、私は今まで知らなかったモノの見方を知った。彼には日常の些細な幸せを見つける才能があり、何が起きても、無意識にその事象で生じた良い出来事を喜ぶ事が出来る。私も彼の真似をして、意識的に物事の良い面を探す機会を増やした。すると、いかに自分が縁や運に恵まれているかを実感するようになった。

 今回私は、そんな人生の転機をくれた彼氏に勧められて、本書に出会った。こんなに素敵な本に出会えた事も、また一つの幸運だと思う。この本を私が紹介する事で、幸せの連鎖が広がれば嬉しい。彼に感謝の意を表して感想文を締めたいと思う。

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