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連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』一章 グラビアアイドル(四)

 あぁ、柏葉由香がやさしく見下ろしてほほ笑みを浮かべて言う「ようこそ天国へ」。
「いやいやいやだー。ぼく、まだ死にたくないー」とこどもの順平が駄々だだをこねる。そのとき正気しょうきに返った。
 初老の女性が見下ろしながら心配そうにしている「だいじょうぶですか?」。
 床にころんだ瞬間からわずかの間だが、順平の記憶は飛んだようだ。「はい、だいじょうぶです。おずかしい」と順平はいそいで立ち上がろうとして、一瞬よろけたがすぐ体勢をなおしてから女性にこたえた。
 アイドルではなかったが、親切な女性は会釈えしゃくして去った。キャッシュコーナーへ急ぐあまり、なんでもない床でつまづいた。その勢いのまま前のめりに倒れてしまった。やっと冷静に状況が把握できた。

「遅かったね。おでこどうしたん?」自宅に戻ると妻の和美に聞かれた。
「おでこ、どうかなってる?」逆に順平が聞くと和美がこたえた。
あこうなってれてるで」
 順平が、洗面所の鏡で確認したらやっぱり赤くなって腫れていた。リビングに戻って妻に白状した。
「あのなぁ、銀行へいく途中でつまづいてころんでん」 
「道に穴でもいてたん?」と和美が確認した。
「でこぼこも穴も、なんにもなかった」
「あんた、ほんまもんの、あほやねぇ。何んにもないとこでつまづくやなんて」浮かない様子の順平を見て和美が気になってさらに聞いた。「どっかほかに、けがはなかったん?」
「右肩を打ってしもてな、ちょっと違和感があんねんけどなぁ……」と順平がこたえて言った。
「顔色が悪いやん。駅前の整形外科に行っててもらいぃな」と和美が機転を利かした。
「そやなぁ、念のため行ってくるわ」と順平は家を出た。
 また駅前まで行くのも面倒くさいが、肩がだんだん気になりだしてもいたので順平は素直に和美の言葉に従うことにしたのだ。 

 順平は駅前の整形外科医院で診察を受けた。
「折れてますね」医者から普通にさらりといわれた。「まだ亀裂きれつ骨折で済んでよかったですよ。完全骨折だと手術やら入院やら出てきますから。くわしくは明日、病院へ行って下さい。紹介状を書きますから」
 順平のは、分類上「不完全骨折」と言うらしい。完全にポッキー、いやポッキリ折れていないという意味で不完全。未熟みじゅくで不完全な人間というコンプレックスをずっと感じてきたが、今回ばかりは不完全でよかったと思った。




mono236 さんの画像をお借りしました。


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