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連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』二章 喫茶店のママ(三)

「そやっ、家におってもきゅうくつやろ。気分転換に、しずちゃんとこでも行こや」と西本にさそわれた順平はそれもいいなと思った。
「そやな、お前のおごりやったら付きうてやるわ」

 順平は、私鉄沿線の住宅街に住んでいる。自宅から最寄り駅までは歩いて十分程度だ。駅前は少しにぎやかで数件ある店舗も、客を飽きさせないようにそれぞれのオーナーが工夫している。喫茶店が一軒あって、ときどき順平と西本が暇つぶしに訪れたりするのだ。
 ふたりにはもう一つ目的があって、美形の静江ママの顔をおがんだり冗談を言った笑わせたりしている。店は数年前にそれまであった元の喫茶店を居抜いぬきで現在のママが引きついだ。ツンデレママにかれる客層は男性はもちろんだが、上品な人あたりの良さにもひかれて老若男女ろうにゃくなんにょにまんべんなくすそ野が広がる人気の店だ。

「しずちゃん、じゃまするでぇ」と西本がドアベルを鳴らしながら言う。
邪魔じゃまするんやったら帰ってぇ」と、ママがぼう新喜劇のギャグで返す。
「ほな、さいならー」と西本が引き返すふりをした。そのときママが気付いて「あら、順ちゃん腕どうなさったの?」
「こいつなあ、彼女に突き飛ばされてほね折ってしもうたんや」と西本が事実以上に盛り上げて説明する。
「まあ、たいへん。大丈夫なの?」心配げな顔で首をかしげてママが順平を見て言う。
「うん、道で転んでん。ヒビ入ったただけで済んで、まだましやった」と順平がこたえる。
「そぅお、でも大変ね。お大事にね。で、今日は何にしましょうか?」
 ママのきれいなイントネーションの標準語をきくといつも、順平の耳が喜ぶのだ。

 店には、ほかに二組の女性客と、会社員らしい男性客がいる。
「オレ、トロ一貫いっかん
 西本の、駄句だくがまた始まる。
「オレも」と仕方なしに順平が付き合うと、ママがあしらって言う。
「あらまあたいへん、今日は売り切れなのよ。しずえ特製コーヒーなられてあげるわよ」口の端にちょっとしわを寄せてママが微笑ほほえみながら言う。
「まっ、えーよ。しずちゃんの氷の微笑に乾杯するから、アイスで!」と苦し紛れに西本。
「えーよ。オレもいっしょで」と順平。きょうも西本はしづえママには完敗だとニヤツキながら。
 実際、オレたちがママをからかっているのか、ママがオレたちを手のひらの上でころがしているのか。後者なのだと順平は思う。




 Atelier hanami さんの画像をお借りしました。

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