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連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』二章 喫茶店のママ(ニ)

「来たでー」と、西本が訪れた。
「ほな、さいならー」と、順平が軽快にいつもの調子でおどけてこたえる。

 和美がお茶をいれてリビングで三人会議が始まる。
「かずちゃん、大変やなぁ。こいつがドジこいて、あんたの方もえらい災難やなあ」西本がわざと順平を指さしながら言う。
「ほんまやわ。病院の帰り、タクシーからそとへ放り出してやろかと思たわ」おどけて和美が返す。
「そんなことしたら、保険金がおりへんで。ここは穏便おんびんに妻らしく貞淑ていしゅくにオレにつかえる場面や」順平がなんとかやり返す。

 数分の会議に区切りもついて、順平は西本を自分の部屋にさそった。
「あーぁ、またむさくるしい部屋に行かなあかんのかいな。うんざりするけど、まあ友達やからしゃあないな」と西本。
「また、秘密会議どすか。まあ、おふたりしっぽり仲良うしなはれや」和美が京言葉をしてからかい半分にあしらう。

 虚実入り乱れまさに玉石混交ぎょくせきこんこうの話題やうわさ話に妄言もうげんたぐいにいたるまでの情報収集と発信にたけたところに、西本の悪友たる理由はある。
 生まれ持った、ごく淡い灰色の、つまり普通の大脳の所有者であると自覚する、まじめで固い性格である順平とは好対照だ。
 中学のころからの付き合いだが、西本の脳みそを順平はまだ見たことがない。きっと、きわめつきの濃い灰色の脳みそがその頭蓋骨に収まっていると思う。

「あんなぁ」部屋に入るなり西本が切りだす。「聞いた話やけど、最近、昼キャバっちゅうのんがいやに盛況らしいで」
「そんなん、昔からあるんやろ」順平が少ない知識で応答する。
「コロナが明けたやろ。ジイさん連中がまってましたと、昼からおしかけてな。まるで明るい爺さんの養老院みたいなんやて」
「へえ」そっけない返事をした順平は、その状況が全く目に浮かばない。
「気のない返事やな。おまえも元気なジイさんちゃうんか。そっか、骨折したもんな。そんな気分にならんわな」しかけの話を打ち切って、西本が順平を気遣きづかったような口ぶりをして言った。

 



Atelier hanami さんの画像をお借りしました。

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