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連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』二章 喫茶店のママ(五)

 順平にとって、しずえママの存在はあこがれの人だ。小学、中学時代から始まる順平の片思いの相手の面影おもかげを並べたら、最後の一人はズバリしずえママなのだ。西本にも伝えていない、秘中の秘とはこのことだ。唐突に、妻の顔が脳裏のうりに浮かぶ。
 妻の和美は高校の同級生だった。高校に入ったうぶな順平は、それまでのプラトニックラブの相手のおもかげをクラスに探していたところ、和美に行き当たり、また片思いを始めた。それが両思いになっためはこうだ。

 順平の意思が通じたかどうか定かではないが、ある日和美から声をかけられた。
「田所君、今度の体育祭のとき、制服借りてもええ?」急なことで内心あせったが、とっさに平静を装う順平だった。
 初夏の体育祭に女子の応援団の出場が決まった。担当の女子は学ラン姿で白手袋のこぶしを威勢よく突きあげようというわけだ。和美が、順平に借りに来たのは偶然だったろうか、それとも意図したことだったのか。体育祭後に、きちんと畳んだ状態で返しに来た。
「貸してくれてありがとう。ボタンが一個取れかけてたから直しといたよ」という言葉を順平は聞いて、和美の女の子らしい気づかいに感激した。もちろん言葉につむぎ出す順平ではなく、赤面とともに発した「えっ、うん」のひとことだった。それでも、気持ちは和美に通じたらしい。

 小学校の時からからオクテで受け身の順平は、自分からは動かない。そのときもそうだった。いち早くそれを察した和美が、さっそく順平を攻略することは難しいことではなかった。それ以来ふたりは今も一緒にいるわけだ。
 と、順平はあと付けの<馴れ初めストーリー>をこしらえて納得している。和美に聞けば、違うストーリーを言うかもしれないが、あえて聞かないことにしている。

 しずえママのひとことに、本心が込められていたならばどうだ。その気持ちにどう応えればいい?考えるだに、汗がじんわりと手のひらにしみてきた。なにせふたりの年齢は三十歳は離れているだろう。親子以上にも違う。聞いて聞かぬふりでやり過ごすか。
 順平から動くことはありえないが、ママに口説くどかれたらどうしよう。断ることはママの顔をつぶす。受けることは、和美に対する背信になる。

 しずえの店を出た順平は、西本のこともとうに忘れて、寄せかえす想念の波の間をさまよった。あちらを立てればこちらが立たない。順平、どうする。どこへ行く。



Atelier hanami さんの画像をお借りしました。


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