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連載小説『ヰタ・セクスアリス・セーネム』二章 喫茶店のママ(四)

 さすがにこの店でさっきのキャバクラの話を西本にされては、しずえママの手前まずかろうと順平は危惧していた。
 しかし西本もそこは心得て、いつもの無難なパフォーマンスを始めた。ママがふたりにアイスコーヒーを運んできたときだ。

「しずえママぁ、いつになったらオレとデートしてくれるんなぁ。待ちすぎて悶死もんし寸前やねんけど」いったい何回目になるだろうか。あきもせずおなじセリフを西本が臆面もなく言うので、またかと順平は苦笑しつつ思った。西本が言うその戯言ざれごとが常連客の微笑み(また言うてるわ)をさそう。それを軽くかわして、ママがいつもの通りあしらう。
「百年後の今月今夜ならお月見デートしてあげられるけど。健ちゃん生きてるかしら」
 ちなみに、西本の下の名前は健一だ。
「よっしゃー、オレ『金色夜叉こんじきやしゃ』読んで勉強して、高利貸しになってやるで。ほんでな、しこたま儲けて、秦の始皇帝にろうて不老長寿の妙薬を手に入れるんや。ママにも安う分けたげるよって、百年でも千年でも楽しみに待っときや~」

「お生憎あいにくさまだけど、わたし実は……」とママが言いかけて一瞬、間をおいてから少し首をかしげて「健ちゃんより、順ちゃんが好みなの」
 ママのいつもの応酬パターンだ、と順平は思ったが。違和感が……。
 いつもなら「順ちゃんのタイプが」と「タイプ」をつけるのに、いまママは「タイプ」なしのストレートで「順ちゃんが」って言った。しかも、刹那せつなママの心の声を聞いた気がした。
 西本が見る順平の表情には、なんの変化も見えなかった。しかし、順平のなかで生まれた感情の小さな波は、次第に大きくうねり、熱をめ、とうとう突沸とっぷつした。
 アイスコーヒーの味もわからなくなった順平は、視界に映るママを含めたこの店全体の光景を、ただ額縁の中の絵を見るようにしていた。魂が抜けたのか。
 
 順平は突然席を立って「オレ、行くわ」と誰にともなく言葉を投げてそのまま、つかつかと歩いて店を出ていった。
 あっけにとられた西本とママが首をかしげて互いを見た。
 

 


Atelier hanami さんの画像をお借りしました。

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