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連載小説『青年と女性達』-十五- お雪の決心


十五

 

 お雪は先ほど触れた通り、お安の機転でおちゃらが純一を訪問していることを知って取る物も取り合えず純一の家へ駆けつけた。先日のしづえのときと似た状況で恋敵こいがたき相まみえる場面となったが、内心しづえの時とは格段の差で危機感を抱いていた。
 年齢も自分と同じ位花柳界かりゅうかいの人気者だ。昨今、元老でさえ元芸者と結婚するご時世だ。純一がおちゃらと結ばれても何ら不思議はない。どんな女性かも気にかかる。世間の評判はお雪の耳にも入ってくる。今小町いまこまちだとかなんだとかかまびすしい。多分に宣伝という事もあるだろうが。
 ――並みの競争相手と訳が違うわ――

 しかし自分に懸想けそうする大村という存在もある。大村からは父の知人を通じて正式に求婚の話があった。大村は医学生で家柄も上等だ。お雪が受ければとんとん拍子でまとまるだろう。昨日今日の親の顔色を見ればそれは聞かずと分かる。

 ――ではすんなりと受けようか。いや少し待ってほしい――
 何故か、純一だ。純一が植永の家に来て以来何度か会った。純一の態度こそ積極的とは言えないが、ふとした表情などに自分を意識していると思われるふしも見える。また、自分も純一を憎からず想うところもあり意に反して純一をらしてみたりもした。が、大村が現れたことで想像していたよりも早く結論が必要な状況になってしまった。

 ただ、おちゃらに会った今では自分は後れを取ってしまった気もする。
 ――純一さんととおちゃらさんは……お似合いかもしれない――
 しゃくなことだがそう認める自分がいた。

 自分は未だ男と云う物を知らない。大村が本気で自分を求めるならば、それに応えるのは自然な気がする。一方、世間で女性の自立や自活が取りざたされている。純一の不安定な位置はあまり気にしていない。自分の稼ぎで生計が立つのか実社会を知らないので分からないが、いざというときのきもは座っていると思う。おちゃらと争って純一を自分の方へ引き寄せて自分のものとするか。
 しかし、そこまでの決心はお雪には出来なかった。
 ――大村様に嫁ぐ――そう決めた一瞬であった。

 お雪とおちゃらは恋敵こいがたきではあるが、人間として相性が良かったことは前に見た通りである。大村と純一が親友であるならば、仮にそれぞれが結ばれたとした時には四人で末永く付き合っていくも考えられる。その場合には相性が良いことは大きな財産となるだろう。

 四人の未来に思いを致したい。


――十六へ続く――






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