見出し画像

連載小説『青年と女性達』‐十六- 主導権



十六


 大村とお雪の結婚が決まったのはれからしばらった時の事であった。大村本人が喜色満面きしょくまんめんで純一の家に来て伝えた。普段、物調面ぶっちょうづらを見ることが多い人間がこうも変われるものか。一人で来てくれたのがせめてもの慰めだ。
 先日のおちゃらとの三人での一件もあった今、お雪と面会せねばならぬのは辛いような落ち着かない気がするのだ。お雪にしてからが同じ事であろう。気を整える少しばかりの時間というものは互いに必要なのだ。

 純一が開口一番云った。
「お目出とう。いい相手を見つけたな」
「有難う。此れからも宜しく頼むぞ」
「無論だ」
「で、おちゃらさんとはいつ結婚するのだ」大村が唐突に切り出した。
「出し抜けに何を云う。己は何も決めていないぞ」
「そう肩ひじを張るな。お雪がお二人はお似合いですと云ったぞ。女の勘は鋭い」
「……分かったよ。お前にだけは素直になってしまう。ただ、今から乗り越えないとならない事も在るのでな」腹を据えて純一は云った。
「おちゃらさんは花柳界だものな。でも、江戸時代の遊郭の様に大層なこともあるまい。何でも云ってくれ。出来ることなら何でも引き受けるぞ」と大村が云ってくれたので若干気が楽になる純一であった。

 純一は日を改めて、正式におちゃらに求婚の意志を伝えた。
「己は、御前をめとりたい。いいか」
 おちゃらはそれを受けた。
「はい、慶んで御受けします」
 純一はすべきを為したことで頬を緩めて、おちゃらの顔を見てまなじりを下げているだけ。おちゃらがたまらず云う。
「貴方のお言葉を私受けましたのよ。私の気が変わらないうちに……もうったら。いつでも私が主導権を執るのかしら。此処は貴方でしょ」とじれったくした様子に、初めて純一が気付いておちゃらを抱いて引き寄せ唇を合わせた。

 純一に金は無かったが、とりあえずおちゃらに段取りしてもらって置屋の女将おかみに会う事となった。
「おちゃらから聞いたよ」と其の女将が云う。「おちゃらはねぇ、売れっなのさ。着物のしろやら何やらかさんでいてね有体ありていに云って借財も多いしさぁ、小泉さんも酔狂すいきょうだねぇ……いや、悪い言い方をした、ごめんよ。でもあたしゃ物分かりがいってんでこの辺りでは通っているのさ。純一さんさえ誠を通して呉れりゃ何も惜しまないよ。おちゃらでも何でも持っていきな。あれはねぇ、そりゃあいい娘なのさ。ああ、こうなったら暢気のんきにしてもいられない。次の娘を売り出す算段を付けなきゃいけないねぇ、こりゃあ忙しくなるわ」

 そう女将から云われて話は付いた。それを聞いておちゃらも喜んで呉れた。しかし問題は金子きんすだ。純一にそれはない。ここはおちゃらと自分の為に、面子めんつを捨てて借りるしか道はない。おちゃらはそれを聞いて考える風であった。
 街の金貸しを当ったが、純一の身分では不足であった。
――どうしようか――空を仰いで問うて見た。
 鷗村先生はどうか。いや、先日観在荘で一言二言会話しただけの人にその話は出来ない。大村も瀬戸も実家は名家と云う物の本人たちにそれだけの資力はない。
 こうなったら頼む先は一つしかない。おちゃらにも異論は無かった。


――十七へ続く――





最後までお読みいただきありがとうございました。記事が気に入っていただけましたら、「スキ」を押してくだされば幸いです。