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三度の不登校から教員へ、15年越しの学校復帰 #3「同級生が怖い」

「#2 卒業式2日前の半強制的な学校復帰 」の続き

強制的に学校に復帰し、卒業式を迎えた私は中学生になった。

小学校の同級生が通わない、学区から離れた中学校に入学した。

小学校で学校に行けないブランクの後、自分が学校に馴染めるのか不安だった。

緊張で足がすくむ。
階段の一歩一歩が重い。

そんな感覚を覚えた。

その学校では、すでに小学校からの仲良しグループができている状態で、女子の輪に入るのに時間がかかった。

一緒にトイレに行く文化などよく分からなかった。

部活はバスケ部に入った。
先輩が来る前に体育館の準備をしなければいけないことやバッグも持ち方が決まっていることなど理解できなかったが、馴染もうと頑張った。

一か月くらい経つと仲の良い子もでき、普通の学校生活を送れていた。

私も前までのように学校生活を送れて、中学生になれた!
と意気揚々としていた。

担任の先生は、大学生のころ麻雀にハマっていた話などするがそんな風に見えない穏やかな人だった。

そんなある日、事件が起きた。

クラスのリーダー格の女子に目をつけられてしまった。

もうなんて言ったか覚えてないくらい些細なことで
「リーダーちゃんって〇〇なんでしょ?」と余計なことを言ってしまい、
取り巻きの女子がリーダーちゃんに告げ口した。

すると次の日から休み時間ごとに「どういうつもり?」と呼び出されたり、
私がクラスメイトをいじめているなど変な噂が流されたりした。

すぐに担任の先生が仲介に入ってくれて、仲直りとなった。

そしてターゲットは違う子に移った。

不登校明けで問題解決能力、ストレス対処能力が0の私には、とても重かった。

5月、6月くらいであっただろうか。
気づいたらまた学校に行けなくなってしまった。

「同級生が怖い。」

教室にいるだけで、槍を向けられているような、いつ傷つけられるか分からない、そんな感覚であった。

机に座っているだけで、人の目が気になり、思考が停止してしまう。

「怖い」という感情がとても強く、今でもその場面を思い出すだけで涙が出てしまう。

このときの私にとって、学校に行かないということは、自分を守るための対処行動であった。


ーその後、素敵な出会いがあった。

カウンセラーとは違う、相談にのってくれる「さわやか相談員」という人がいた。

佐々木さんという。

小学校のときのスクールカウンセラーさんとの一件があり、また裏切られてしまうのではないかと不安だった。

佐々木さんを試すようなこともした。

強い言葉を使ったり、突き放したりするようなことも言った。

自己肯定感が低いからこそ、自分を保とうと必死だったのかもしれない。
誰にでもその態度ができたわけではなく、信頼できそうな人だからこそ当たってしまった。

こんないけ好かない中学生であったが、佐々木さんは近くにいてくれた。

それがとても安心した。この人なら信頼できると思えた。

相談室登校を始めるようになった。

担任の先生もいつも気遣ってくれた。
タバコを吸った帰り道にいつも相談室に寄って話をしてくれた。

クラスメイトが登校し終わった時間(10時ごろ)に登校し、クラスメイトが帰る前(14時ごろ)に帰る。

相談室では同じく相談室登校をしている仲間と話したり、進研ゼミの問題を解いたり、佐々木さんと一緒に工作したりした。

そして家に帰って夕方のドラマの再放送を観る。

そんな代り映えしない毎日を送り、少しずつエネルギーが溜まってきた。
「暇だな~」と思う日が増えてきた。

それと同時に、同級生から逃げている自分が嫌になった。
出掛けるときも、同級生がいそうな夕方や土日は一人で出掛けることができなかった。

「転校してやり直したい。」
中1の3学期になり、私はこう言った。

みんなと同じ普通の学校生活を送りたい。

私立の学校に転校して学校復帰することを決意した。

#4に続く。

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