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9章 幻の数

シェフの生きた時代


エリカは、大食堂で1人食事を摂っていた。

厨房シェフがいなくなったのに、料理が運ばれてくるのは当番制になったからである。

試験期間が開けたこの夜はいつになく賑やかで、特に厨房シェフの話はちらほら聞こえてきた。

「厨房シェフが消えたって本当?」
「ここに縛りつけられた呪いが解けたみたいだよ。」

それに混じり、雑学の話も成されていた。

「縛りつけられているとか、地縛霊みたい。」
「幽霊と魔物は全くの別物だよ。」
「幽霊も魔物も実態のない存在だけれど、
魔物はみんなに共通に見えるし、錯覚だけれど触れているような感覚もある。
それに、そもそも、幽霊は存在自体が怪しい。」

この賑やかな空間で、エリカは、静かに黙々と食べていたが、
ふと、怪しい行動を取る者の姿が目に入り手を止めた。

ジャスミンとエヴァンである。
2人は別々に座っているように見えるが、椅子の下では回し手紙が成されていた。

どうも最近、険悪だった2人がよく一緒にいるところを見かける。
仲直りしたり、喧嘩したり、、、。
人間関係は流動的なものだから、別に不思議なことはないはずだ、、、。
しかし、どうも不穏な空気を感じるのである。
それに加え、今見てしまった回し手紙は徹底的に疑惑の念を深めた。

一方、間諜の2人は、
エリカの視線には気づくことなくやり取りをしていた。

エヴァン
『金のピアノは強力な魔物召還に用いる楽器だ。
夜間の授業で、その弦のサンプルが見物出来る。
それを盗む。』

ジャスミン
『正気?
大胆すぎるよ。
絶対に捕まる。』

エヴァン
『魔法と音楽の相関関係は明白だ。
それをゴルテス様に献上出来れば、魔界に出でずとも、魔法の秘密が明らかになるはずだ!』

ジャスミン
『ところで、なぜ回し手紙?
逆に怪しいよ。』

エヴァンは、前に座るジャスミンに向かって小声で囁いた。
「魔法紙だから目立たない。
こんなことはで紙をムダにするな。と
次に盗むのは、当番の日になるんだからな。」

「なぜ食堂なの?」
ジャスミンは、前を向いたまま、もどかしげに言った。
「決まってるだろ!
ラベンダーが出入りしているからだ」
エヴァンが声を押し殺して恫喝する。

そんなやり取りをしている間に、紙がひらりと落ちていく。

気づいた時には遅かった。

紙が床につく前に手をさっと伸ばしたのは、エリカであった。

「エリカ、、、久しぶり、、、。
ありがとう。」

ジャスミンが弱々しく笑って、紙に手を伸ばした。

エリカは、紙を固く握ったまま言った。
「誰がおとしたのかと思ったけど、持ち主が見つかって良かったわ。」

疑わしげに見回された2人は、慌てふためいた。

「あ、私のじゃななくて、、、。」
「いや、そうだろ!返せ!」
「違うでしょ。」

誤魔化し方の違いで押し問答する2人。

エリカは、既に中身を確認していた。

『マーシャから聞き出したんだけど、
シェフが人間として生きた時代は、閉鎖よりずっと前だったみたい。
私は、ずっと、閉鎖がいやで学園に残る契約をしたんだと思ってた、、、。
ここにいたければ、亡命すればいいだけなのに、契約するかな普通。』

『普通じゃないだろどちらにしても、地縛霊を自ら買って出る奴なんて。』

『幽霊ではないよ、、、。』

「もういいだろ返せ!」
エヴァンが手を伸ばし、エリカからぴしっと紙を奪い返した。


幻の数

今夜は、鐘の鳴る夜であった。

編入時に聞いたものである。
今までにも何度か、鳴らされていた。

不定期に聞こえるその鐘は、時間を知らせる目的などないようだ。

しかし、今だけは、
タイミングが合い、チャイムのような役割を果たしているように見えた。

夜間の授業を知らせるチャイムだ。

今宵から魔法総論が始まる、、、。

教授として入ってきたのは、予想外の人物だった。

紫髪の女の子、、、
用務員のラベンダーである。

生徒達がざわつく中、彼女が明るい声を響き渡らせた。

「はーい!
授業を始めるよー!」

「ラベンダーさんが授業するんですかー?」
生徒の1人が声をあげて尋ねた。

「そうだよ。
この教科だけだけどね。」

教室中に歓声が湧いた。

「やった!」
「最高!」
「ラベンダー先生!」

その勢いに、エリカは思わず呟いた。
「すごい人気、、、」

一頻り歓声が止むのを待ってから、ラベンダーは言った。
「物理学生のみんなは、魔法の原理を簡単に触れるね。
本格的な内容じゃないからテストもしないし、気休め程度に聞いといて。
内職も容認しまーす。」

緊張感も厳格な様子も見せず、明るい先生の態度に、ゆるゆるな雰囲気が漂った。

それから、ラベンダーの授業が始まった。

しかし、その内容は予想外に興味深く、内職をしようとしていた者も手を止めて聞き入っていた。

「魔法をもってしてもふ可能なこと、、、。
それは時間と空間と超越。

私達は過去に行くことも出来ない。
瞬間移動も出来ないの。」

ラベンダーは、いつもの調子を崩さず明るく話し出した。

彼女は、生徒達を見回して尋ねた。
「じゃあ逆に、、、
現存する最難関の魔法は何だと思う?」

「強い守護魔法、、、?」
1人の生徒が声をあげた。

「ありがとう。
でも残念ながら違うの。」
ラベンダーはそう言うと、
声色を変え、真剣な表情で話し始めた。

「それはね、
物質の様態変化。
つまり、物質の縮小化と変身。」

突然、彼女の体が収縮していく、、、。

不可解な出来事に聴衆がざわめいた。

しかしここは魔法学校。

”先生”が実践を見せたのだと皆が悟った。

小さくなったラベンダーは、リスに変身し、それから再び拡大していき、元の人間の姿に戻った。

その素晴らしい芸に拍手喝采が湧く。

ラベンダーはにこにこ笑いながら、静かになるのを待つと、再び話し出した。

「変身はね、化学反応による変化とは全く異なる意味合いなの。
全くの別物に変わるということ。
正に魔法のように。」

それから、ラベンダーは、先ほどの神妙な面持ちに戻り、教室内を歩き回りながら語りだした。

「縮小化と変身は原則的に不可能。
その物質を構成する分子は有限だから。」

「例えば、人間が小さくなるとする。
細胞を魔法で減らしていけば、小人程度には縮小出きるでしょう。

でも親指姫にはなれない。

なぜなら、一定の細胞量ないと、臓器は形作れないし、機能しない。」

「では、どのように魔族は、縮小化を実現したか。。。」

そこでラベンダーの足がぴたりと止まった。

「その鍵を握っているのが、これ。」

そう言って、彼女が示したのは、布に覆われている何かだった。

その布がおろされる。

エリカはハッとした。

その正体に見覚えがある。

ラベンダーは予想通りの回答をした。

「これは、金のピアノの弦。
帝国の人は知っているだろうけど、
魔物召還術に用いる楽器。」

「この弦はね、、、
驚くことに、体積が無限なの。
どう言うことかというと、例えて言うならば、
1cmから2cmという長さは有限だけれど、その間にある数字は無限に存在する。

つまり、有限の中の無限。
物理学生には説明するまでもない概念だね。

でも、それが可能になるのは計算上でのみの話。

なぜなら、物質の大きさは決まっているから、、、。」

「けれどこの弦は、そんな理論上にしか存在しないはずのものを実現化してしまったもの。」

「つまり、この弦には無限に分子が存在し、無限に分子を減らし、無限に縮小出来るということ。」

「そして、変身も同じ原理を利用出来る。
水に変身するとするならば、無限に縮小した人間がその中に入れば、実質上水になれるの。
水をどうやって出現させるかは別のお話だけどね。」

その時、生徒の1人が声をあげた。
「先生!
物質の存在は重力を生み出します
重力とは空間の歪みです。

つまり、縮小魔法と空間の超越は関係しているということですか?。」

「関係はしているのかも、、、。
でも、空間の超越は、未だかつて、実現出来た者はいない。
恐らく、弦の創造者さえも。」

「先生、誰がその弦を創造したのですか?」

生徒の質問に、ラベンダーは首を振って言った。
「それが分からないの。
誰にもね。」

生徒は、更に好奇心を押さえきれない様子で尋ねた。
「その弦はどんな原理で、有限の中の無限を実現化したのですか?」

ラベンダーは再び首を振った。
「それも分からない。
でも、1つだけ手がかりがある。

それは⚛️✴️✴️✴️を見つけること。

つまり、私達が認識出来ない数字。
宇宙の言語は数字と言われている。
人間が認識出来る数字は実数までなんだよね。
それより先は、4次元認知を持つ魔族にさえ認識出来ないんだよ!

つまり、人間にとっては、計算上でしか実現出来ないことも、
幻の数人間には認識出来ない数字を理解し計算すれば、
実現化出来るという仮説がある。」

それから、ラベンダーは、とんでもないことを話し出した。
「そして、その幻の数を見つけるには、とある伝説の生き物を見つけ出さねばならないと言われているの。

それは、数自体が意識を持つ、数の生物。
彼らが操るのが幻の数。
複素数(※)も、その一つ。
彼らには、実数に見えるのだそう、、、。」

その時、教室内に微かに笑い声が聞こえた。
「数の生き物だって、、、!」
「小さい子の空想みたい。」
「いくら魔法が存在するからって、数字が生き物なんてあり得ない、、、。」

ラベンダーは、嘲笑に気づいている様子は見せつつ、純粋な好奇心を全面に見せた。
「お伽噺の世界みたいだね!

でも事実、この不思議な弦は存在している!
数の生き物の存在はさておき、あたしは幻の数は信じてるよ。
それを見つけた時、世界の全てが解き明かされるかもしれない!!」

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