7章 テーマパークの事故

魔物の正体

村では、明け方の薄暗い中、抗体の配布が行われていた。

軍人らにより資材が運び込まれ、
村民に接種したり、
他の地域に運送するような手配が成されている。

フランチェスカはその様子を道端で見守っていた。

その背後にマリアがやって来た。

「研究長。
ご報告があります。」

「どうぞ。」とフランチェスカ。

マリアは報告する。
「死領域に浮かぶこの孤島は、水のたまが守っているとのことです。
そのたまを指揮している妖精が、生け贄の地の下と地上を行き来しているとされています。」

「その名は水の都、レイナ・マリン」
マリアの可愛らしい声が、静かにそう言った。

フランチェスカの目が大きく見開かれる。

「レイナ、、、マリン?」
そう口にしながら、フランチェスカは微かに動揺を見せた。

彼女は、沸々と沸き上がる様々な感情を内に秘めながらも、
落ち着き払った声で話し始めた。
「偶然でしょうか。
かつて公国アクアが造り出したテーマパークと、名前が同じです。

それは、島の形をしながらも、海底に固定されない、言わば船のようなものでした。

そこに、様々な娯楽施設が建設され、人々を乗せて、海を浮遊していました。

それは突如、、、消え去ったのです。

理由は明白でした。
誤作動で、死領域に流れ着いてしまったから。」

マリアが、その話に関連づけるように言った。
「十数年前、、、突如大量の水が空から降ってきて、水の都は大地の底に、沈んだと聞きました。」

「その大量の水とは、、、
空中プールかもしれません。

公国アクアは、水の科学にも強い。
そのテーマパークの遥か上空に、空に浮かぶプールを作り出しました。

それが事故によりこの地にあった都市を沈めながら共に消え去った、、、。」

”そのテーマパークを造り出したのは、、、私の父でした。”

その言葉は、心の中で発せられたものだった。
フランチェスカの、心の中で。

彼女は言った。今度は肉声で。
「そのテーマパークの創造者は、私よりかは繊細なお方だったのでしょうか。
自死されました。」

フランチェスカは、普段見せない表情をしていた。
しかし、その顔は誰にも見えない死角となっていた。

『フランチェスカ、お前の真っ直ぐな探究心は素晴らしい。』
そう言って、まだ10にもならない彼女の頭を撫でた父の笑顔が脳裏にふと浮かんだのであった。

記憶から何かヒントを得たようにフランチェスカが言う。
「レイナ・マリンというのは、その創造者が名付けたのですが、、、
ここに古来からあったとされる水の都と名前が一致するのは、、、偶然ではない気がします。」

その時、エリカが、試験管を詰めた木箱を手に、フランチェスカの元にやって来た。

「研究長!
可能な限り抗体は増幅しましたが、、、正直これ以上は無理です。
修道女様が残した抽出材が切れたのですから。」

フランチェスカは朗らかに頷いて言った。「承知しました。
では、生け贄の地に再び、赴きましょう。」

「えーと、、、研究長?
正気ですか?」
エリカはそう言って、心の中で付け足した。
(いつも、正気ではなかったか。。。)

「いつも、私は真剣です。」
フランチェスカが、エリカに微笑みかけた。

突然、
悲鳴と破壊音が、
エリカ達の聴覚を刺激した。

それは遠くから聞こえていたが、徐々に近づいてきている。

体の振動を感じ、地面が轟いていることに気づく。

音の方へ顔を向けると、
視界の彼方に、
巨体がうねり迫っているのが目に飛び込んできた。

建物を倒壊させながら、、、

資材を運んでいた船長も異常な光景に固まっていた。

「大蛇だー!!!」
村人達の叫び声が耳をつんざく。

「研究長、先ほどの大蛇が村に侵入しています。」
従軍がフランチェスカに報告する。

「見れば、分かります。」
顔面蒼白のまま膝から崩れるフランチェスカ。

彼女は、知性のない化け物には弱い。
純粋で獰猛な本能には、どんな言葉も、どんな脅しも、効くことはない。

狡猾な人間と対になる恐怖は、実は1番残酷なものなのかもしれない。
エリカは、フランチェスカを見てそう思ったのだった。

このたった数分ほどの間に、緊急事態を知るに十分すぎるものを体感した。

「やはり、3日間も猶予している暇はありませんでしたか。
あの時、粒子爆弾を投下していれば、、、」
エリカが、マリアを見て言った。

「正解は結果を見て初めて分かるものです。今分かることは、あの魔物には物理攻撃がふ可能だということです。」
マリアは早口にそう言いながら、撤退する素振りを見せた。

しかしそれは、彼女の主により遮られた。

「銃撃するのです!!!」
フランチェスカが半狂乱になり、そう命じてしまったからである。

マリアは、一瞬静止するも、冷静に返す。
「しかし、奴には銃撃は効きません。」
「やるのです!試さずに死ぬより良いでしょ!」
フランチェスカが、マリアの言葉に被さるように言った。

フランチェスカはある意味正しいことを言っているのかもしれないが、
今の彼女の様子を見る限り、精神錯乱状態により飛び出た言葉だろう。

そうエリカが思った時、
マリアが腰の銃を抜き、従軍に命をくだした。

「銃構え!!」

命に従い、軍人らは素早く銃を抜く。

「何しているんですか!?
撤退すべきですよね!?」
エリカが驚いたように言った。

「研究長の命には背きません。」
マリアは、平然と答える。

「何言っているんですか!
背かないことに背いてくださいよ!」
呆れと焦りから、エリカは可笑しな言葉遣いをしてしまった。

マリアが付け加えるように言う。
「悪魔に狙われた者は、死ぬまで追い回されると言われています。
それが正しいなら、研究長の言うことも、間違ってはいません。」

その話しは初耳だった。
エリカは一瞬渋る様子を見せたが、諦めたように言った。

「私も、戦います。」

一方で、フランチェスカは相変わらず、地に崩れたまま動けないままでいた。

「何なんだ?次から次へと、、、。」
船長は、干からびた顔で銃を手にした。

マリア軍、エリカ、フランチェスカ、船長を残して、逃げていく村人達。。。

その中で、悪魔が射的圏内に入るのを静かに待つ。

「調教は、良いのですか?」
マリアが横目でエリカに問うた。

エリカは眉を潜めて答える。
「ですから、調教は万能じゃありません。
下手にやると逆に事態を悪化させます。」

「分かりました。」
マリアが無表情でそう答えた時、
エリカは疑念を口にした。
「ところで、
あの生け贄の化け物はどうしたのでしょうか、、、
村に侵入してくると知ったならば、戦ってくれたはず。」

「あそこにいますよ。」
マリアが銃口を向けて指し示した。

その先には、確かに、いた。
見覚えのある脚、、、。

その脚でエリカ達を追いかけ回し、張り付いた笑顔で襲いかかった、あの恐怖の化け物、、、。
しかし、最後には味方につけたはずだ。

それは今、顔をなくしていた。
正確に言えば、大蛇の口の中に入っていたのである。

脚だけが、蛇の口から覗き、じたばたと動いている。

その衝撃的な場面を目にして、エリカの希望は打ち砕かれた。

そして、、、

遂に、脚も、大蛇の巨体に飲み込まれてしまった。。。
その捕食の場面は、自然界の残酷な弱肉強食を示しているかのようだった。

今や、化け物(大蛇)と対等に戦える味方(化け物)はいない。

「つまり、私達だけであれと戦わねばならないと。」
エリカは、焦点の定まらぬ目で言った。

「そういうことです。」
マリアはいつも通り、淡々としていた。

少しは恐怖心を共感してほしいものだと、エリカは怪訝な顔を彼女に向けた。
しかし、憤りは安心感に変わっていた。

マリアがいれば、心強い。

そう思った時、ふと1つの懸念が浮かびあがった。
それを口にする。
「、、、まだ村人が逃げていますが、流れ弾が当たらないでしょうか?」

マリアの答えを聞く前に、
大蛇は騒音と共に、射的圏内に入ってしまった。

「発砲!!!」
というマリアの声が響き渡る。

それが答えだったかもしれない。

彼女の命により、銃弾が大蛇に向かって発せられる。

全体主義、効率主義的な
一人一人には目を向けない。

そしてそれは、この緊急事態には正しい考えかもしれない。

エリカも射撃を開始する。

予想外にも、流れ弾に当たる者はいない。

巨体故、人の頭高より遥か上を狙うことが出来る為である。

村人達も、射的圏内を迂回しながら逃げる。

大蛇は、動きを鈍らせていた。

軍人らの弾丸の嵐により、巨体に小さな穴がいくつも空いている。

そして、、、衝撃的なの出来事が起こった。

大蛇の銃創1つ1つの穴から、何か長いものが飛び出てきたのだ。
それは、うねうねと動きながら、こちらに向かって発射される。

そして、ぼとぼとと、エリカ達の目の前におちた。

それらは、地面に這いながらこちらに迫ってくる。

その正体は蛇。
通常サイズの自然界の蛇。

しかしそれは、、、猛毒を有するコブラ!

軍人らも、エリカも、船長も、、、マリアでさえも、、、
皆が固まった。

成す術はない、、、。

蛇の出現は、村人達に、更なる混乱を巻き起こしていた。

半狂乱になりながら走り去る人々、、、。

そんな彼らとは正反対の方向に、歩いて来る者がいた。

その足取りは堂々としており、恐れを成していない。

一方で、マリアは諦めの表情を浮かべ、今度こそ撤退を命じようとしていた。

その時!!!
目の前をうねっていた蛇が突如、ふわっと空に浮かびあがった。

それらは1つ1つに、一筋の青い光が差しており、
その光は、エリカ達の背後から来ていた。

皆が後ろを振り返り、光源を見る。

そこには、1人の美女がいた。
青い透き通る髪を靡かせて、体全体を青色に発光させている。
彼女は片掌を真っ直ぐに、蛇の大群にむけていた。

蛇の1つ1つに差していた光は、その人の掌から発せられていたのだ。

その人物は、エリカ達を雇ってくれた舞妓さん、、、。

彼女は、力強い声で言った。
「前を向いて、大蛇から目をそらさないでください!」

その言葉に従い、皆大蛇に顔を向ける。

そして、次に起こる出来事は一瞬のことだった。

空中で、
屈折光のような光が出現し水が出現した。
それは巨大な球体を形成し、蛇の大群をそこに閉じ込めてしまった。
球体の中で、数多の長い体が蠢く。
非常に不快な見た目のその球体は、大蛇の口へと突進していく。
大蛇は抵抗する間もなく、それを口にねじ込まれ、そして、体が膨張したかと思うと、大きな音を立てた。

思わず、何人かが耳を手で押さえる。

大蛇の体は、破裂したのだ。
そして、散り散りの破片になりながら、舞い降りる。

破片は次第に小さな小さな水滴に変わっていき、
爽やかな水色に染まると、
平たく並び、オーロラのように波打ちだした。

そのオーロラは、この一本道に沿って伸びていた。

「もう大丈夫ですよ。」
という声が、エリカ達の背後から聞こえる。

振り返ると、舞妓が満面の笑みを浮かべていた。

「駆除に成功しましたよ!」
と言って、得意気な表情をする。

収集不能な惨状が、あっという間に片付いてしまった。
皆、予想外の展開に、暫く茫然としていた。

辺りを見回すと、
建物の瓦礫や残骸が、静かに横たわる光景が目に入る。

  破壊音は完全に消え去り、
悲鳴や叫び声、慌ただしい足音もなく、
  騒然としていた空気は嘘かのように、穏やかに、この惨状を包み込んでいた。

村人達は全員逃げ切ったのか、今いる人間は、エリカ達だけであったのだ。

この静かな雰囲気を、鋭い言葉により打ち砕いた。

「あんたは誰だ?」
船長が、警戒心を顕にして言った。

舞妓は、船長を暫くじっと見つめる。

それから、表情を崩して軽快に言った。
「誰ってもー!
あなた達の雇い主だった舞妓ですよー!
忘れないでくださいよー」

そんな砕けた彼女の様子にも、船長は顔を緩めない。

彼は言った。
「人間だとは言わせねーぞ?」

エリカも、マリアも、フランチェスカも、、、
皆、船長と気持ちは同じたった。

この舞妓は一体、、、何者?

舞妓はニコニコしながら、
「はい!」と言う。

その表情のまま、船長に歩み寄り、
そして、素通りした。

彼女は生け贄の地の方角に向かって、道を歩いていく。

その背中に向かって、船長は声を荒げた。
「おい逃げるな!」

舞妓は立ち止まって振り返ると、
空を揺らめく水のオーロラを指さした。
大蛇を破裂させた時に出来たものだ。

「この揺らめきの先に行きませんか?
立ち話もなんですし、歩きながら話しましょうよ!」
舞妓はそう言うと、後ろ歩きになりながら、皆に笑顔を振り撒く。

フランチェスカが眉をさげて言った。
「舞妓さん、その歩き方は怪我しますよ。」

しかしフランチェスカは、嬉しそうに舞妓の後を着いていく。

他の者も、彼女に倣う。

皆、正体不明のその舞妓に、若干距離をおきながら歩いた。
フランチェスカだけは意気揚々と、彼女のすぐ近くにいる。

舞妓は後ろ歩きのまま無邪気に言った。
「思い出しました!
私は、妖精レイナです。」

「えーと、、、レイナって、誰でしたっけ」
エリカは首を傾げた。

舞妓はエリカに視線を移してくすりと笑った。

「一連の騒動があって、すっかり忘れちゃいましたか?」

舞妓は話し始めた。

「ここは、死領域ですよね?
死領域に入ると、殆んどの者が謎の失踪をし、生きて帰れない、、、ですよね?

でも、この島は人が生活出来ている。
その理由は、水の妖精レイナがここを守っているから。

レイナは、死肉を被り、普段は人間として生活している。
本人でさえも自分の正体を知らない。」

話し終えると、目を輝かせて言った。
「でも、思い出しましたよ!
私がレイナだってことにね。」

「あぁ、!確かそんな話、していましたね。
でも何故、思い出したのです?」
エリカがハッとしたように言う。

「双子の記憶が放たれたでしょう?
だから私は死肉の正体に気づいた。
私は、記憶が再生された場面を直接目で見たわけじゃありませんが、通じ合っているんですよ。」
舞妓はそう言うと、

「なぜなら、」
「私が、」
と、もったいぶるように一言一言区切り、
最後に言いきった。

「双子の片方に魔力を与えた妖精だからです!」

舞妓、、、いや、レイナは手を自身の胸に当てる。
「この身体の持ち主は、魔族の始祖の、肉親です。
つまり、あの双子を産んだ子宮の持ち主。
そして、、、その始祖が大きく成長した時、魔力が与えられた。
私、レイナによって。」

つまり、
この目の前にいるレイナは、魔族を出産した母の死肉を被っており、
レイナ自身は、魔力を与えた妖精、、、。

エリカはじっとレイナを見つめて首を傾げた。
「待ってください?」

それから疑念を口にする。
「若すぎませんか?
若く見えるタイプなんですか?」

レイナは、首を振って言った。
「妖精の入った肉体は、若返るんですよ。」

そして、ふと顔を曇らせて言った。
「ただ、私がなぜ、その母親の死肉を被っているのか、それだけが思い出せません。」

フランチェスカは、そんなレイナを真っ直ぐに見据えて言った。
「あなたを屍に閉じこめ、潜在的に人間の為に魔力を使うようにさせた。
それしか考えられません。」

レイナは、暫くフランチェスカを見つめると、アハハハハと豪快に笑って言った。
「私、ひどい扱われようですね!」

一頻り笑い終えると、レイナは言った。
「でも、、、
それ以外を覗いて殆んど思い出しました。
だから、私は、水の都を復活することが出来る!」

胸を張って得意気である。

その瞬間、彼女は「わぁ!」と声をあげる。
後ろ歩きが災いして、躓き転びかけたのだ。り

くすくすと笑うフランチェスカ。
無邪気な子どもを見守る母親のようである。

レイナは「ははは」と恥ずかし気に笑うが、後ろ歩きを止めずに歩を進めた。

いつの間にか、辺りは閑散としていた。
建物の一切ない、道だけが伸びる場所。

隔離所へと急いでいた時に見た景色である。

エリカは、少しばかり、辺りが暗くなっていることに気づいた。
上を見上げると、雨雲が空を覆い、日の光を遮っている。

「嵐でも来るのでしょうか。」
エリカが不安げに言うと、
         レイナは可笑しそうに笑って返した。
「違いますよ。
生け贄の地に近づいているからですよ。
あそこはいつも暗いのです。
夜は勿論、日中でも雲が覆いつくすのですよ。」

楽しくも愉快でもないその回答に、皆沈黙していたが、
レイナは気にすることなく笑って続けた。
「だって考えてみてください?
快晴の空なんて、似合わないでしょう?
雰囲気出しますね。」

レイナは話題を変えた。
「ところで、私は妖精であり、魔物なわけで、皆さんに何かしら有益な情報を差し上げることが出来るかもしれません。
双子の記憶を放ってくれたお礼に、何でも答えますよ。
私が答えられることならば。」

フランチェスカは微笑を消した。
表情を引き締め、真剣な眼差しで尋ねる。
「では、魔界の扉はどこですか?
魔物ならば当然、知っているはずです。」

しかしレイナは首を振って言った。
「知りません。
魔物は、人間のように物理的な手段を使わないで行き来するのです。」

「どういうことですか?」
エリカが首を傾げた。

「、、、
お教えしましょう。
魔物の、正体を。」
レイナはさらりと言ってのけた。

魔物の、正体、、、?

そうだ、魔物も、魔法の謎を解く鍵になるはずだ。
今まで、魔法と魔界のことばかりに囚われて、誰も魔物の正体に言及してこなかった。

レイナは話し始めた。
「物の魂は、”物”に宿ります。それが、物のたま
動物の魂は、”肉体”に宿ります。
それが霊。」

「私達魔物の魂は、魔界という”場所”に宿ります。
それと同時に、人間の心にも存在するのです。
だから、人間界に来ることも出来る。

つまり、人間の心と魔界は、重なりあっているのです。」

フランチェスカは首を傾げて言った。
「では、魔界の場所とは、私達の心の中?
確かに、、、府に落ちる答えですね。
ですが、とても残念な答えでもあります。
私達は、肉体的には魔界に行けないということでしょうか?」

レイナは首を大きく横に振って言った。
「言いましたよね。
魔物は、魔界という場所に宿ると。
つまり、魔界は場所であり、空間的に存在する。
あなた方は、生身の体で魔界に行くことが出来るのです!」

「では、空間が、人間の心と重なりあっていると、いうことでしょうか」
エリカが問うた。

「そうだと私は思いますよ!
私には難しいことは分かりません。
なんせ、魔物ですから。
魔物は数学や科学を理解出来ないんでね。」

船長が訝しげに言った。
「空間と心が繋がっている?
イメージがしにくいな。
一体どういうことなんだ?」

エリカはふと、記憶の彼方にある遊園地を思い出した。
幼い頃、両親に連れていった所。

「思い出の場所に、心を馳せるみたいな感じかなぁ。
ちょっと違うか。」
一人言のように呟くエリカ。

「いいえ、それにほぼ等しいことだと思いますよ。」
レイナはそう言うと、伏し目がちに言った。
「魔物とは、、、実は、人間の心が見る偶像なのです。
それが生きる魔界は、人間の心にあり、そして空間的にも実在する。。。

魔界が、人間の偶像を、幻覚として見せるのです。」

フランチェスカは手を顎に当て、暫く考えるように言った。
「魔物は幻覚というのは知っていました。
それが皆に共通に見えるというのが謎でした。
何せ、幻覚というのは、人それぞれ見え方が違いますからね。」

それからパチンと両手を叩いて目を輝かせた。
「分かりました!!

人間の心は、魔界という共通の場所と繋がっている。
だから、同じ空想を、同じ幻覚を見ることが出来る。

人間の心に幻覚を見せる場所が魔界。
そして、魔界は空間的にも存在する、、、」

「そういうことです。
人間には感覚的に理解し難い話ですよね。」
レイナはそう言って脚を止めた。

そこは、裸木の前だった。
その先に荒廃した土地が広がっている。

生け贄の地である。。。

上空には黒々とした分厚い雲が立ち込め、
地上の人間から、爽やかな空を奪っていた。。

水に変わる渦巻き

レイナは、満面の笑みを皆に振り撒きながら言った。
「皆さんは、そこで見ていてください。
素晴らしいショーをお見せしてさしあげましょう。」

そして、彼女は皆に背を向けると、裸木を越えて、荒れ地に脚を踏み入れた。
そして、そのまま真っ直ぐに歩いていく。

皆、言われた通りに、それを見守った。

レイナは、颯爽と歩きながら、両手を広げる。
互いにフォルムしか分からぬほどに、エリカ達と距離をとった時、彼女は立ち止まった。
そして、そのまま空に向かって浮上していく。
大地を鳥瞰出来るほどの高さまで昇ると、彼女の体は空中で止まった。

地上では、エリカ達は、大地に何か、変化が起きていることに気づいていた。
それはとても小さな変化であり、どのように変わったのかまでは、頭が処理しきれなかった。

しかし、それは想像を絶するものだった。

レイナに注目するあまり、遠くの方にしか目がいっていなかったのだ。
それにいち早く気づいたマリアが、付近の地面に目を向ける。

隣にいたエリカも、彼女の様子に気づき、視線の先を共にした。

恐怖のあまり、思わず声をあげるエリカ。
他の者達は一瞬エリカに注目し、そして自分達の立つ道の、すぐ先に目を向けた。

地面は、黙視で分かるほどに、滑らかになっていた。
まるで、液体かのように、、、。

いや、液体そのものであった。

流動しているのだ。
そしてその流れは、加速度的に速くなっていく。

流動の全体像は、鳥瞰出来る者、レイナにしか分からない。
それは、地上にいるエリカ達には識別出来ないほどに、規模の大きなものであった。

巨大な渦巻きである。

そして、その渦の中心点から外側に向かって、
地面色の液体は、徐々に色をなくし透明になっていく。

それと同時に、空では雨雲が散っていた。
日の光が差し込み、、、青空が広が
る。。
透明化した液体は、太陽光に照らされて輝いた。
エリカ達は、地面から空へと視線を移していた。
空が青く見えるほどに、日が登る時間帯になっていたことを悟る。

その間にも透明化は進み、遂にエリカ達はその変化に気づいた。

大地の全ての面積が、透明な液体へと変貌したのだ。
この一本道を除いて、、、。

しかしその透明の液体は、快晴の空に、太陽光の青色を反射して青く見えた。

それはまるで、桟橋のかけられた海のような光景である。

水面は、穏やかだ。。。
渦巻きは、、、透明化していく最中で、消えていたのだ。

「これは、水?水と捉えて良いのでしょうか?」
エリカが、隣にいるマリアに問いかける。

「水ですね。」
マリアは、断定的に言った。
彼女はいつの間にか、塩化コバルト紙を手にしていた。
(塩化コバルトは水に反応する為、水か確かめる時に使われる。)

「当然ですよ!
今、水の都を復活させているのだから!!!」
フランチェスカは、目を輝かせながら言った。

船長は、3人の会話をよそに、眉を潜めていた。

「あれは、、、何だ?」
そう呟く彼の目線の先には、
奇妙なものが出現していた。

皆、それに注目する。

”海”に彼方に、水の巨大な盛り上がりが出来ていたのだ。

「水があんな風に盛り上がるなんて、、、。
ミクロサイズになって、水の表面張力を見ているみたい。」
エリカが言った。

「逆ですよ!
魔力で表面張力が大きくなっているのですよ!
水の中から、巨大な何かが出現しようとしているのです。」
フランチェスカが言った。

そして、、、
水の盛り上がりは、水飛沫をあげて破裂した。

フランチェスカの言った通り、何かが浮上してきている。

それは、巨大な水の神殿。
荘厳でいて、透明感のあるきらびやか建物である。

皆がその美しさに見とれていると、水面からは次々と、不思議な建物が姿を現した。

その度に、水面は盛り上がって破裂し、水飛沫をあげる。

その水飛沫が、エリカ達に振りかかってきた。
皆、自分達の近くにも、建物が登場してきたのだと悟る。

ずぶ濡れになりながら、目の前に繰り広げられる壮大な光景を呆然と眺め続けた。

水の盛り上がりは、建物の浮上だけを意味しているわけではなかった。
破裂せずに球体を成す時もある。
それは空へと浮上していき、浮遊し始める。

大小様々な大きさの球体が漂い、その1つ1つに、半透明で水色の何かが出現していた。
それは意思を持って動いている。

「あれは、水のたま?」
エリカは思わず呟いていた。

その半透明の何か達は、生き物のように動き回り、水の球体から球体へと跳躍し始めた。

その賑やかな空に向かって、水面からゆっくりと浮上する物があった。
最初に現れた巨大な水の神殿である。
そしてそれは見上げる高さまで来ると、空で留まった。

その時、透き通った、透明感のある、不思議な声が響き渡った。

『ようこそ。
水の都、レイナ・マリンへ。』

すると今度は、普通の人間の声が聞こえてきた。
「皆さーん!
私の活躍、見てくださいましたー?」

皆、声の方に目を向けて空を見上げる。
レイナがゆっくりと、こちらに向かって降りてきている姿が見えた。

青い海の上で、青い髪を靡かせ、青い空を背景に、、、。

人間の姿形をしているけれど、それは間違いなく妖精であった。

レイナはエリカ達の立つ”桟橋”に脚をつけると、ニコニコと空を指差した。

その先にはあるのは水の神殿。
最初にこの”海”から浮上して、最後に空へと浮かびあがった、最も大きな建物。。。

「あの神殿にお連れします!」
レイナが言った。

彼女は、大きく虚空に何かを描くかのような仕草で、手を動かした。
すると、手の軌道に沿い、青い線が伸びる。
本当に、虚空に何かを描いているのだ!!!

大きなキャンバスに線を引くかのごとく、、、。

皆、その光景を食い入るように見つめる。
レイナは、エリカ達の回りを周りながら、皆を取り囲むかのように線を書いていた。

「出来ました!」

空中には、描かれたのは巨大な立方体。
エリカ達は、その中に入っていた。

「これに乗って、あの神殿に行きます!」
レイナが言い終わらぬ内に、
立方体は浮上を始めた。

謎の立方体は皆を乗せて、浮かび上がる。

それが鳥瞰出来る高さまで来た時、
この水の”海”は、別の姿を見せる、、、。

皆、遥か下に見える水面に目を囚われていた。

”海”の水は青い光を乱反射しながら、
その水面下にあるものを透かした。

それは、
この古風な島にあるべきでないものであった。

言うなれば、科学的建造物。
それも、娯楽的なものである。

観覧車、コースター、、、、

非アナログ的な遊具が、この”海”に沈んでいる。。。。

エリカは、それを食い入るように眺めた。

埋もれていた記憶が甦る。

楽しげなテーマパークの曲、屋台で食べたアイスクリーム、
そして、両親の笑顔。。。
それは断片的で、抽象的すぎる記憶であった。
しかし、あの時の気持ちはしっかりと覚えていた。

「十数年前行方を消した公国のテーマパーク、レイナ・マリンは、
水の都レイナ・マリンの下に沈んでいたようですね。」
エリカの隣で、静かにそう言ったのは、
フランチェスカであった。

エリカは、彼女を見上げる。
「名前が同じなのは、偶然ですか?」

しかしフランチェスカは、レイナの方を見て、彼女にエリカの質問をパスした。

「名前が同じなのは、偶然ですか?」

「分かりません。
いえ、多分、、、多分というか絶対、絶対に知っているはずなんですよ。
でも、思い出せません。。。
でも、水の神殿に着いたら、レイナ・マリンについて思い出すかもしれたせん。」

時間の音色

遂に、神殿に脚をつける時が来た。

一同の前には、壮大なガラスのアーチ門が聳えていた。

レイナはそこをくぐり、建物へと続く道を歩いていく。
他の者達も、彼女に続いた。

その道は、幅があり、等間隔に間接照明が配置されていた。
まるで、街頭照明に照らされた遊歩道のようである。

しかし、通行人は、エリカ達以外には誰もいない。

物悲しさを感じながら歩いていくと、道の真ん中に、巨大な噴水が現れた。
一種独特な風貌をした噴水である。
よく見るような、水が放射状に吹き出す形態ではないのだ。
絵で描いたように、左右対象に水が吹き出している。
あまりに巨大なので、左右の水が織り成すアーチは、道幅を越えている。
水のアーチ門である。

皆、レイナの後に続き、
そのアーチ門に稀有な眼を向けながらくぐった。

くぐり抜ける際、噴水は消えた。
消えたというより、見えなくなったというのが正しいのだろう。
2次元のように、正面からしか見えない存在なのだ。
完全にくぐり終えてから、噴水の方を見ると、再び見えていた。

建物は、黄金の柱とガラス張りの壁面を主構造として、
所々、複雑なガラス細工が施されていた。

入り口の階段を登り、いよいよ中へ入る。

中は広く見渡しが良く、煌々とした照明により非常に明るい。

高い天井からは、金銀輝く鎖がいくつも垂れ下がり、照明の光を反射し輝いている。

エリカはふと思った。
どこか、見覚えのある景色。。。

「ここも、テーマパークの施設でしょうか。」
思わずエリカは口に出していた。

レイナが答えた。
「違うと思います。
テーマパークは全て、水の下に沈みました。」

エリカは首を傾げた。

ならば、なぜ、自分はこの場所に既視感を感じるのだろう、、、
脳の誤作動による、単なる記憶違いなのだろうか。。。

そんな風にエリカが考えていると、
聴覚にそっと働きかける音があることに気づいた。

いつの間にか、神殿に、静かな曲が流れていた。

曲を構成するものは、
聞いたことのない不思議な音で、どんな楽器なのか、検討もつかない。

それは、穏やかに流れる水のように、透明感のある音であった。

その曲に聞き入っていたレイナ。
顔つきがみるみる内に変わっていく。。。

いつもの無邪気な笑みは消え、生来の涼げな目元が引き立った。

彼女は、静かに言った。
「音楽って、、、時間だと思いませんか?」

静かに語りかけるような口調である。

皆、引き込まれるかのように耳をそばだてた。

「曲には速さがあります。
速さは、時間なくしては定義出来ません。」
そう言ってから、レイナは脚を止める。

次の瞬間、彼女の口から衝撃的な事実が告げられた。

「この島の時間は、、、音楽が作っているんです。」

想像を遥かに越えた話に、誰も何も言えなかった。

暫くの沈黙の後、レイナは話し始めた。

「島の下に発生している巨大な渦。

あのエネルギーにより、人間の耳では聞き取れない低音域の音が生じているんです。
可聴域に合わせると、完全な音楽になる。

ここでは、渦潮の速さが、、、時間の速さと反比例しているんですよ。

そして、その渦を逆回転させることが出来れば、、、理論上は、時間を戻せる。」

「事実、、、そうなったことがありました。
かつて、ここに、同じように、渦により浮かぶ島が流れてきてしまったことがあったのです。

その島は、渦の巨大なエネルギーを制御出来ずに分解されながら、物凄い勢いでこちらに迫ってきていました。

それこそが、公国アクアのテーマパーク。

互いに渦の向きは逆方向。
しかし、アクアの方が強い力で渦を巻いていました。
その強大な力を発生させるほどの科学力を有していたのです。

2つが接近した時、この島の渦の回転は逆転してしまったのです。
つまり、時の流れが逆方向に向かった。

それも、一瞬の内に何千年もの月日を遡ってしまったのです。

そこへ、アクアのテーマパークは突入し、タイムスリップしてしまった。

つまり、この島と衝突し、水の都と共に沈んだのは、千年も前に起こったことなんです。

長い歳月をかけて、渦は正回転に戻り、時間は前に進み出しましたが、テーマパークが過去に行ってしまった事実は変わりません。

ですから、後の人間にとって、水の都もテーマパークも、遥か昔の、謎めいた遺跡に変わりないのです。

水の都は、考古学者により、テーマパークの名前を取ってレイナ・マリンと名付けられたのです。」

全てを話終えたのだろう。
レイナは口をつぐみ、皆を見渡した。

各々が、その壮大な話を咀嚼しようとしていた。

つまり、
公国アクアのテーマパークは、事故により、過去に行きながら沈んだ。
かつて繁栄していた水の都と共に、、、。

「、、、タイムスリップ?
時間は一方通行ではないと?過去に戻るということですか?」
沈黙をやぶり口を開いたのは、フランチェスカである。

「断定は出来ません。
しかし、それ以外に考えようがないのです。」
レイナが言った。

「なるほど。確かにそうですね。」
フランチェスカが納得したように言う。

それから、レイナを見て、微笑を浮かべた。

「しかし、随分と頭の良い魔物さんですね。」
フランチェスカの言葉に、レイナは笑みを溢した。

「ありがとうございます!
って純粋に喜びたいとこですが、そんなことないんですよ。

この体は、科学者の助手ですから、彼女の脳を使えば、私でも多少は科学を理解出来るんです。
でも、それが発揮出来るのは、この神殿の中だけですよ!

ですから、ここを出たら難しい話はご容赦ください~。」
レイナはお茶目に笑ってそう言った。


身の上

時は夕暮れ時。
太陽は西に傾き、空は赤から赤黒いグラデーションをなしていた。

その美しい空の下で、水の都が、静かに佇む。

賑やかに動き回っていた水の魂は、今、”海”の底で休息している。

物悲しい景色の中で、エリカ達は、
”海”の”桟橋”にいた。

皆、日没時の水の神殿を静かに見守る。

それは、青い間接照明のような光を発して、暗闇の中で穏やかに、その存在を示していた。

「ブラウニーさんは、レイナ・マリンのお客さんでしたか。」
フランチェスカが、エリカの隣で言った。

「はい。」と頷くと、
エリカは彼女を見上げ、
報告をあげるときのような口振りで、ハキハキと話した。
「私の出自が分かりました。
私は、幼い頃、テーマパーク、レイナ・マリンに連れられました。
そしてあの事件が発生。
両親はテーマパーク共々過去に消え去った。
私は運良く、逃げ切れたのです。

両親が、帝国の皇族に殺されたというのは勘違い。
この島が帝国の管轄内だからそういう噂がたったのだと思います。」

「早計すぎませんか?」
フランチェスカが返した。
エリカとは対象にゆっくりとした口調である。

エリカが「どういうことでしょうか。」と尋ねると、彼女は話し始めた。
「確かに、あなたが、あの事故から生還したというのは事実でしょうね。

あのテーマパークは、空中プールという、はるか上空に浮かぶプールがありました。
そこにいた者達は、地面から切り離されていたので、この島との衝突の瞬間は避けられたに違いありません。

つまり、まだ幼子のあなたがプールにいて助かったのだとしたら、両親も同じ場所にいて助かっていたはずです。

水の中にいなければ、、、の話ですがね。
実際、助かったのはプールにいた者というより、プールサイドにいた者です。
プールの水は全て流れ出ていきましたから。
それが、水の都を襲った、謎の水の滝の正体でしょう。

あなたの両親は、プールサイドにいた可能性が高いと思いますよ。」

「では、やはり、帝国の者に殺されたということでしょうか。」
エリカが低い声でゆっくりと言った。

「火のないところに、煙は立ちませんからね。」
フランチェスカは、神殿を見上げて言った。


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