能登がくれたギフト。私は何を返せるか。
令和5年10月、私は能登に旅に出た。
女子2人で行った1泊2日のなんてことない旅だったけれど、思い出話をさせてほしい。
子供の頃に1度だけ行ったことがあるだけで、大人になって改めて行きたいとずっと思っていた。
1日目
その時期は、ようやく暑さがひいてきて、すうっと涼しい朝だった。
風がほとんど吹かない日で穏やかで優しい海だった。
静かな土曜のお昼。
地元の人たちが散歩をしたり談笑をしたりしている風景が見えた。
実は浜焼きをしたことがなくて、焼き方が全然わからなかった。
地元のお兄ちゃんが焼き方を親切に教えてくれた。
昔ながらの風情があるアットホームな民宿にお泊り。
宿のおじいちゃん、「お口大丈夫か?」とすごく心配してくれた。
今日は、のどかな海や町の空気をいっぱい感じ、能登の美味しいものを食べ、ぐっすり眠れそうだ。隣の部屋から聞こえる微かな話し声や窓の隙間から入ってくる海の匂いを感じながら眠りについた。
2日目
民宿のおじいちゃんがやっている朝市の木製品のお店で曲げわっぱを購入した。毎日お弁当をつめて職場に持っていっている。
朝市には干物や工芸品が沢山売られている。
お店のおばあちゃんたちがフレンドリーかつちょっと強引に話しかけてくれる。
毎年夏になると、200地区それぞれが、このキリコを担ぎ、能登を照らすそう。
お姉さんに教えてもらって、塩づくりも体験した。
なかなかうまくできない私を何回も見に来て「もっと力入れないと!」とアドバイスをくれた。
楽しかったなぁ、そう思う。
また行きたいな、また絶対行こう、そう思った。
でも、今は同じ形でここに行くことはで叶わない。
今年のお正月にニュースで見た。
朝市は約300棟が燃え全焼した。
4メートルを超える津波に町が飲まれた。
棚田は無数のひびが入り、ガラス美術館の作品の多くが被災し、
水族館のジンベイザメも居なくなってしまった。
私が見たほとんどのものは姿を変えてしまった。
あの人たちは大丈夫だろうか。
名前も知らない、顔も思い出せないけど
旅先で出会った人たちは、いま何をしているのだろうか。
私にはなにもわからない。
所詮1度そこを旅をしただけの人間だから。
でも、旅人としてできることがなにかあるのではないか。
考えたけどわからなかった。
今の自分には到底旅人としてあげられるものなんてない。
能登で見た、感じた、素晴らしいことの数々を言語化する力がない。
でも、覚えておこうと思う。
能登で自分が体験したことのすべてを。
いつか文章で体現できるときまで。
その時に、旅人からのギフトが生まれると思う。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?