天涯孤独カズコと七色の妖精
わたし、カズコ。三十八歳。
一週間前から突然、天涯孤独になった。
高齢の両親と一人っ子のわたし。
とても愛されていたのに私が休日ゴロゴロしているときに、二人が趣味のドライブで…。
「えーっと、炊飯器のスイッチってどれだろう?」
〝保温〟という謎のボタンを連打してみる。
十センチの赤いつなぎ服の小人?妖精?が目の前をなんどかウロウロしてから〝炊飯〟という、これもまた謎のボタンを指さした。
洗濯機の洗剤はどれくらいの量いれればいいのか?
緑色のスエットを着た妖精が足をすべらせ洗濯機の中に落ちたが、そのまま蓋をしてスタートボタンを押す。
気のせい気のせい。
わたしはいま一生懸命やっているんだから。
まな板が三枚もあり、包丁も四本くらいあった。
きゅうりはどれで切ればいいの?
黄色を基調としたおしゃれな服を着た妖精が、
いちばん薄いまな板を指さす。
つぎに黄色の柄の包丁をさす。
ごみはどうやって分ける?
トイレが黒ずんできたらどうしたらいいのか。
排水口が詰まったら。
クーラーが涼しい風を出さなくなったら。
インターフォンを鳴らす人がしつこく何かを勧めてきたら。
いろいろな色の妖精がひとつひとつ身振り手振りで指示してくれる。
洗濯機に落ちた緑の妖精だけ、さいしょの一度きりで姿をみせない。
生活に少しなれてしばらくして、妖精があらわれてから砂糖の減りがはやいことに気づく。
ためしにティッシュに角砂糖をのせ、それを七セット用意した。
五人の妖精はわたしの前に現れ、ひとつひとつの角砂糖のまえに並んで、ピョンピョンはねていた。
…やっぱり、喜んでる。
六人目の妖精が緑の妖精を引きずるようにやってきた。
わたしのもとに来るのを拒んでいるようだった緑の妖精は、角砂糖に気づくと、目をかがやかせてわたしをみあげた。
「あのときは、ごめんね」
そういって緑の妖精の前にもうひとつ角砂糖をのせた。
七色の妖精たちが角砂糖を囲んでパーティーをはじめた。
自然と涙がでてきた。
だれかから許してもらうなんてあたりまえのことだと思っていたから。
…わたしは知らないことばかりだ。
明日、缶コーヒーを買って差し入れしたら、職場のヤスエさん喜んでくれるかな。
Fin
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