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[恋愛小説]1978年の恋人たち...11/暑い夏とふたりの思惑

優樹は、着慣れないリクルートスーツにB2サイズの図面ケースと鞄を両手に持ち、秋葉原の裏通りを歩いていた。
頭上には、真夏の太陽が容赦なく輝いて、道行くアスファルトを焼いていた。

今日は、就活で設計事務所を訪問していた。7月に解禁された就職活動は、なかなか手強く、苦戦していた。設計が希望だったので、大学の就職相談室で見た求人先で職種に建築設計とあった会社や事務所を訪問していた。

さっき訪問した設計事務所で言われた事が、まだ引っかかていた。
面接した事務所スタッフに
「君はパース屋になりたいの?」
優樹が、インキングで描いたフランク・ロイド・ライトの住宅のパースを見せたときに、そう言われた。
は?と思った。この事務所は求人する気は無いなと。

昨日のマンション販売会社では、うちは企画はするが、設計はしないよ。と言われた。

まだ、スタートしたばかりの就活だが、その手強さを感じていた。

美愛とは、月に2,3回は会っていた。先日は、上野の西洋美術館にモネを見に行った。コルビュジエの設計が、こうなんだと。知ってる感じで、説明したが、「ふーん。」と気のない返事ばかり返ってくる。
「じゃー、隣の動物園に行こうか?」と言うと、
「そうね、パンダ見に行こう。」
と、急に乗り気になり、先に歩き出した。
「早く、早く。」と急かせる美愛。
まだまだ、先は長いなと…思った。
結局、その日はキリンやライオン、カバそしてパンダの顔を拝んで終わりになった。
最近、どうも美愛のペースに載せされているように感じる。

大学は、前期で必要単位は修得出来そうで、後はグループで進めている卒業研究と来年1月に個人で提出するの卒業設計で、目出度く卒業となる。
卒業し、就職すれば、晴れて美愛と一緒になれる。
最近では、プロになるんだという意識よりも、美愛と一緒になれるという気持ちが勝ってきて、本当にそれで良いのだろうかと、ふと思うときがある。
プロになることと結婚することが、まだしっくり馴染んでない自分の中の雑然さが、気になる。
まー、段々馴染んでくるんだろうと、自分を納得させているが。

それにしても、卒業研究のグループ活動も一筋縄ではいかない。先週も、テーマ設定で、なかなか意見が纏まらず、最後はKG法まで使って、絞り込んだ。仲の良い上野や有村とグループを組んだが、それでもである。こんな状態で、これから纏めていけるのだろうか?これも心配である。

だから以前のように、美愛と会うことが出来なくなった。就活に卒業研究のグループ活動が入ったからだ、事情は説明しているので、美愛も分かってくれているらしく、会うときは上京してくれるケースが多い。前回の上野の西洋美術館ならぬ上野動物園デートはそういうことだった。
上京してくれるのは有りがたいのだが、いまいち優樹のフラストレーションは解消されなかった。若きウェルテルの悩み ならぬ若き優樹の悩みである。

美愛も彼女自身で悩みはある。
銀行の話を優樹にしても、分かって貰えないだろうと、余り話していない。どうでも良いような、話題は話せるが。
このまま優樹と結婚して、彼の給料だけで東京の生活は難しいだろう、そうなると暫くは共稼ぎになるだろうし、そうなると家事は手伝って貰わないと…。
そう考えると、少しブルーになる。大体、優樹は東京で就活しており、茨城に帰ってくる気配は全くない。そうなると、自分が東京へ行くことになるのか?まー、それはそれで、一度は東京に住んでみたかったという気持ちもあるので、興味はあった。
幸いなことに美愛の務める銀行は、東京都内にも支店が数店舗有り、美愛は東京支店への転勤願いを出そうと思っていた。

来年の3月は優樹は卒業だし、真剣に、将来の生活の事を考えていかなければと思っていた。美愛は優樹よりも、遥かに大人であった。

それが1979年7月の出来事だった





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