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[恋愛小説]1978年の恋人たち... 10/阿字ヶ浦海岸の初日の出

波乱のクリスマス・イブから三日後、優樹は実家に帰った。
今年は、いつもと違い、そそくさと帰省した。こんなに心躍る帰省は初めてだ。
美愛には仕事納めが終わらないと会えないが、実家での年末恒例の餅つきやら正月飾り付けの手伝いも、手早く終わらせた。
母は「年始に美愛ちゃん、呼べば。」と言いながらおせち料理のお重を作っている。
「うーん、聞いてみるよ。」と優樹。
父は黙っている。
「大晦日の晩は、初日の出見に行くから、居ないよ」と優樹。
「どこまで行くの?」と母。
「大洗海岸かな。」と優樹。
「ご両親は知っているのか?」と父。
「話してある。」と優樹。

美愛の赤いシビックは阿字ヶ浦海岸を目指して夜明け前の国道を走っている。
「何処で見るの?」と美愛が聞く。
「秘密の場所を知ってるんだ。案内するから。」と優樹。
優樹は高校2年の夏、男友達と泊まりがけで、阿字ヶ浦海水浴場に来たことがあり、その時にその場所を知った。
そこは数年前に米軍から返還された、元射爆場跡地で、今は放置されて、唯の砂丘になっていた。

海水浴場の突き当たりの道に車を停めて、二人は懐中電灯を持ちながら潮騒のする方へ歩いていった。
東の空は、徐々に茜色に染まってきている。
そろそろ夜明けになるが、浜風は強く、ダウンジャケットを着ていても、寒さが身にしみる。美愛は優樹の腕に身を寄せて歩いている。

跡地は有刺鉄線で囲われているが、途切れている箇所があり、そこから二人は入り込んだ。
砂丘をいくつか越えて行くと、海辺に出た。水平線と暁の空の境がまだ分からない。
他には誰も居ない。
ふたり並んで砂丘の上に座る。

美愛、優樹の肩に頭を乗せる。
優樹、美愛のあごを上げて、唇を合わせる。
頬は冷たく、美愛の唇も冷たかったが、重ねた唇だけ、かすかに暖かい。
暫くして、美愛が顔を離す。
美愛「もうすぐ、夜が明けるわよ。」
優樹振り返り、東の空を見ると、水平線の上が微かに明るくなってきた。
ふたり、黙って、少しずつ茜色に変わる空を見ている。
太陽が水平線の上に現れて、周辺が明るくなり始める。
突然、一筋の光線があたりを照らし始めた。
美愛の顔にも光が当たっている。
穏やかな顔をしている。
美愛の視線と合う。
美愛「今年が良い年でありますように。ゆーちゃん。」
優樹「みきにとって、素晴らしい年になるように。」
ふたり長いキスをする。

もう一度水平線上の朝日を見ながら、優樹は、これから毎年、美愛とこういうふうに新年の挨拶をするようになるのだろうと、思った。
それはとても大切な事だと思った。

その射爆場跡地は、当時何もない広大な砂浜だったが、その年から工事が始まり、その13年後ネモフィラやコキアが咲き誇り、観光客が押し寄せる国営ひたち海浜公園になった。

それが、1979年の始まりだった。








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