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[恋愛小説]1978年の恋人たち... 9/初めてのクリスマス・イブ...

この年の日本シリーズは、ヤクルトスワローズの初優勝で終わった。
優樹はヤクルトスワローズファンなので、神宮球場に2度ほど美愛を連れて行った。
プロ野球を見るのは、初めてだったこともあり、彼女は熱心に観戦していた。ライトスタンドで傘を持ち、東京音頭を歌いながら応援するのが面白くなったようで、又来たいと言っていた。

ナイターの球場に爽やかな風が流れる。だが今日の雰囲気はいつもと違う、リーグ優勝が掛かったこの試合にヤクルトスワローズが勝てば、日本シリーズ進出である。
ヤクルトは試合に勝ち、ファンは喜びの余り、最後はグラウンドまで雪崩れ込んだ。広岡監督が円陣になったファンに挨拶するのを、聞きながら。優樹はその時は、仕事で来られなかった美愛のことを思っていた。ここに美愛が一緒に居てくれたら、良かったのにと思った。

12月に入ると、美愛と一緒にクリスマス・イブは過ごせるのかが、気になってしょうがなかった。週2,3回は電話で話していたが、どうしてもその件は、直接尋ねにくかった。夏、横浜に外泊したことで、父親と気まずい関係になったと後で聞かされていたからだ。

中旬に美愛が南台桃花荘に来たときに、「クリスマス・イブはここで過ごすからね。掃除しておいてよね。」と言う。「えっ、大丈夫なの。」と優樹。
「もうお父さんも諦めたみたい。」と美愛が苦笑いしながら言う。
「そう…。」と何気ない返事をしつつ、優樹は心の中で「やったぜー!」と叫んでいた。

イブの日、二人新宿タカノフルーツパーラーで、クリスマスケーキを買い、そのころまだ珍しかった、ケンタッキーフライドチキンで初めてチキンを買った。歩道を歩いているときは、気にならなかったが、方南町行きの地下鉄車両に乗り込むと、優樹が抱えたフライドチキンの匂いが徐々に車内に充満していった、近くの乗客は怪訝な顔をしていた。
二人は顔を見合わせて、笑いを堪えていた。

その晩は横浜以来の甘い夜となるはずだった…
二人で、ユーミンのアルバム「流線型'80」を聴きながら、シャンパンを開け、ケンタッキーやケーキも食べて、これからという時に…。

下階の玄関から、どやどやと足音がするや否や鍵の掛かった部屋のドアをドンドン叩き、
「福野!居るか!」「飲んでるかー!」と大声が…。
その声は聞き覚えがあった、もしかしてと思いつつ、ドアを開けると、そこには、同じ研究室でバイト仲間の上野と有村が、赤い顔して立っていた。
「あれ?誰かいるの?」と言いつつ、止める間もなく優樹を押しのけ部屋に乱入してきた。
「あれっ…。」瞬間、部屋の空気が凍り付いた。

突然、友人が来たと察した美愛は、
「どうぞ、どうぞ。」と立ち上がり、今まで自分たちがいた場所を空けようとした。
全てを察知した上野と有村は、顔を見合わせている。
「まー、座れば。」と優樹も美愛の対応に合わせて、二人を座らせた。
バツの悪そうに、しぶしぶ座る二人。
「紹介しなよ、優樹。」と上野に言われ、美愛を紹介する。

それから狭い部屋で、四人してシャンパンやウィスキーを飲み始める。
やがて、30分も話をしてたが、途切れたタイミングで、上野達は帰ると言いだした。
「それじゃー、お邪魔しました。優樹のことよろしくお願いします。良いやつなんで。」と有村が美愛に言う。
美愛は微笑みながら、うなずく。優樹は余計なことをと思いつつ、苦笑いする。
来た時と同じように、ドタドタと帰る二人。
桃花荘前で酔っ払い二人を見送る、優樹と美愛。
ほっとして顔を見合わせる。

年明け、研究室でその話に尾鰭が付いて、優樹が凄い美人と結婚するという噂話が流れた。そんな事になるとはまだ知らなかった。

それが、1978年のクリスマス・イブの出来事だった。




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