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【archive】2018.12 マリインスキーのすべて(マリインスキーバレエ来日公演)

私がバレエの道を志そうと決めたのは、忘れもしない小学校5年生の頃。

NHKの地球に乾杯という番組で放映された、「ロシア国立ワガノワバレエアカデミー」 のドキュメンタリーを見たときだった。

入学倍率は60倍という狭き門、さらに卒業までの8年間で3分の2が退学を余儀なくなれる。

同世代の少女たちが、身ををすり減らしながら、ストイックにバレエと向き合っている姿をみて、それ以来、私のバレエ漬けの毎日が始まった。

そのワガノワの生徒たちが一同に目指すバレエ団が、今回来日したロシア国立マリインスキーバレエ団である。

ロシアのみならず、世界最高峰と名高いバレエ団である。



残念ながら、私はバレエの道で夢は果たせなかったが、誰しも少年少女時代に、強く影響を受けたものは大人になっても宝物であるように、私にとってマリインスキーは心から憧れのバレエ団である。



その夢にまでみた、マリインスキーバレエ団の3年ぶりの来日公演。

実は、来日公演があることは1年以上前から知っていたが、チケットを買ったのは公演の2週間前。

ここ数年、バレエの舞台へ足を運んでも、10代の頃に受けたような圧倒的な感動を味わうことが少なく、そんな自分に戸惑いを感じることが多かったので、少し躊躇してしまっていた。

それでも、公演が近づくにつれ、街を歩いていても、地下鉄へ乗ってもマリンスキーのポスターが目に飛び込んでくる... これはもう行くしかない。 

チケットを取り、胸を高鳴らせて、その日を待った。



公演は、私の不安など、一気に吹き飛ばし、想像を遥かに超える、素晴らしい舞台だった。

心奪われたのは、幕開けの「ショピニアー二」("若き詩人が森の中で妖精たちと舞う"というテーマ)。

幕が開いたとたん、その幻想的な美しさに、観客からふわっとため息がもれ、私たちはいっきに夢の中にひきこまれた。

日本人にも馴染みのあるショパンの名曲で踊られるこのバレエは、1900年初頭にロシアバレエの美しさをパリのブルジョアに伝えるために作られた作品で、実際にパリでセンセーショナルを巻き起こした。(ピカソ、ダリ、ストラヴィンスキー、ココシャネルなど名だたる芸術家、デザイナーを虜にした)

マリンスキーの真骨頂ともいうべきこの作品は、言うまでもなく私たちの心もさらっていった。

複雑かつ、美しいフォーメーションを取りながら、妖精たちが舞うのだが、研ぎ澄まされた上半身の美しさは透明感に満ち、風がなびけば、どこかに飛んで行ってしまいそうなほど軽やか...

主役はマリンスキーのスター アリーナ・ソーモア。抜群のスタイルを持ち、ロシアのダンサーたちの中でも、さらに際立って美しいソーモアは、見事なまでにマリンスキーの魅力を余す所なく、伝えてくれた。

 (ソーモアは実は私が大好きなバレリーナだが、ロシア以外では踊らないと豪語していたので、この目で見ることはないだろうと思っていたところ、キャスト変更で急遽来日!キャスト表をみて嬉しさで泣きそうになった...)



儚げなショピアーナとは対照的だったのが、今回の期待の演目「パキータ」

気鋭振付家スメカロフが再構築し、バレエファンの中で話題となった作品。

(スメカロフはフィギュアスケートの元王者プルシェンコの振付家でもある)

マリンスキーのコールド(主役の周りで踊る群舞)は、その一糸乱れぬ統一感と儚げな美しさが見どころだが、今回のパキータは、一味違う。

それぞれのダンサーがエネルギッシュに舞い、キラキラと煌めく踊りで、会場の高揚感は一気にました。

その輝く群舞の中で、主役を踊ったテリョーシキナは、今のマリンスキーを背負って立つバレリーナ。その圧倒的な存在感と、自信に満ち溢れた踊りは、まさに"魅せるバレエ"

超絶技巧が散りばめられているが、それをいとも簡単に美しくこなしていき、最後は拍手が鳴り止まず、観客総出のスタンディングオベーションとなった。



そして、何よりも印象に残ったのは、今回の公演を彩った日本人を含むアジア人ダンサーたちの快進撃である。

それまでロシア人以外の、外国人ダンサーが入団すること自体、考えられなかった厳格なマリンスキーにおいて、日本人として初めて入団した石井久美子さん、そして熱烈なオファーを受け今年入団した永久メイさん、アジア人として初めて最高位のプリンシパルに登りつめたキミン・キム。

この三人の活躍は目覚ましく、キミン・キムは、厳しいロシアのバレエファンをも黙らせる、跳躍力としなやかな肉体で、この日も一番大きな拍手喝采を浴びていた。

永久メイさんは、若干18歳で、入団して1年にも満たないにもかからずドゥミソリスとに昇格。すでに主役も踊っており、まさにバレエ少女たちの憧れの的。

小さな子ではなく、バレエをシビヤに志す中高生たちが多く観にきているのも印象的で、その子たちが目を輝かせながら、永久さんの踊りを観ているのも、感慨深かった。

伝統的なロシアバレエの美しさとともに、新しい風を追い求めている、そんな新生マリンスキーを見せてくれた。



3時間にも及ぶ公演は、息をする間もないほどあっという間で、終演後は自分が空っぽになってしまうほど、夢のような時間だった。

この久しぶりに味わう、込み上げてくるような感動と、深い余韻が懐かしい。

あのとき、ひたむきにバレエと向き合っていてよかった、バレエを愛していてよかった、そう思えるような一夜だった。

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