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【エッセイ】【SS】 傷跡ピアス

人間が人間であるための部品が決して少なくないように、自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要なのよ。

処置室のベッドの上、真っ白なライトを睨みつけながら、ふと攻殻機動隊の素子セリフが頭の中で再生された。あぁ、私のパーツが、私が私である為のパーツが、こんなクソみたいな病気のせいで奪われてしまうのか。だいたい何でMRIなんか撮らなきゃいけないんだ。撮ればこの痛みから解放されるのか。向けどころのない怒りと憤りが腹の奥からせり上がって涙が溢れそうになる。
「痛いですか?やっぱり麻酔打ちますか?」
「いいえ、痛くないです。そのまま取ってください」
美人の形成外科医が訝しげな顔をしながら、鎖骨に埋め込んだピアスを取り出すためにハサミか何かで皮膚を切り裂く。皮膚が切れる感覚。血は、出てないと思う。痛みは、かなりある。でも、それも感じないぐらいにムカつく。悔しい。MRI撮るためだけに私のアイデンティティを手放すなんて嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、悔しい。ぐるぐると負の感情に支配されている内に、二つあった鎖骨のピアスは取り外され、綺麗に洗浄されて、滅菌、抗菌のビニールに真空パックされて手渡された。
「ゲンタシン軟膏を処方しておきますので、一日二回綿棒などで幹部に塗って絆創膏を貼っておいてください。軟膏を塗って触らなければ跡は残りませんよ」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って処方箋を受け取ったが、軟膏を毎日塗る気も、絆創膏を貼って保護する気もさらさらない。ばい菌が入って患部がぐちゃぐちゃになっても知ったことか。跡ならむしろ残ってくれ。新しい私の一部として死ぬまで愛してやるよ。

受付で計算用紙を受け取ると、コンビニで化粧落としとマニキュアの除光液を買ってトイレに入る。シートタイプの化粧落としで念入りに化粧を落とし、さらにもう一枚シートを取り出して顔全体を拭う。手足の真っ赤なマニキュアを落としてトイレの鏡に映る自分の姿を嘲笑うと、放射線科の受付に向かう。愛想の良い医療事務さんにMRI室2の前で待つように言われ、会釈して奥へ進む。待ち時間が長すぎてぼんやりとさっき頭をよぎった素子のセリフを反芻しながら、記録用のインスタを開いて”MRI 2”の光る表示、分厚くガーゼの貼られた鎖骨、醜く腫れた右手の写真を撮る。コメントにはさっきから頭の中を支配している素子のセリフと負の感情。同年代、同じ病気を持つ同志たちからは励まし、共感のLikeが次々と届く。それに混じって「ファッションメンヘラ」「自分大好きかよ」「大したことない病気のくせに」心無い言葉もコメントされる。だけどそんなことは知ったことじゃない。お前達もこの痛みを味わってみろ。痛み止め飲んでも、湿布貼っても、ステロイド注射打っても激痛が続くんだぞ。耐えられるのか?日常生活普通に送れるのか?訳のわからない薬に一月五万円も払い続けられるのか?それが平気でできるんなら、素直に尊敬してやるし下らん悪口にも納得してやろう。でもそんな奴らに限って、ちょっと突き指したぐらいでも不平を垂れて、微熱出たぐらいでこの世の終わりみたいな顔をするんだよ。とそんなことを考えていたら、これまた美人の放射線技師がMIR 2の重い扉の中から私の名前を呼ぶ。確認のために診察券を渡して名前と生年月日を言う。更衣室で水色のブカブカの病衣に着替えると、長くて意味不明な説明を聞きながら、ふんふんと頷く。いよいよ鉄の扉の奥に進むと、寝台の上で仰向けになり身体中をしっかり固定される。固定されながら、AVでこういうの見たことある、とか余計なことを考えてみる。
「寝てても良いけど体動かさないようにね。まぁうるさくて眠れないかもだけど。それじゃあ、30分よろしくお願いしますね」
準備が整うと、そう言って美人の放射線技師はガラス張りの管制室的なところに入っていく。仰向けになっている寝台がゆっくりと上昇して真っ白で煩い筒の中に入っていく。本当に煩い。20倍のデシベルの洗濯機の中で洗濯物になっている気分だ。ほう、これは確かにパニックになる人がいてもおかしくないかもしれない。かなりしんどいぞ。30分間の爆音アトラクションから無事生還した私は、美人の放射線技師の「お疲れ様」の一言と素敵な笑顔に少しだけ癒されて、放射線科を後にした。

喉が渇いてコンビニに入ると紙パックのお茶を買う。値段を見比べてペットボトルを買うか悩んだが、自力で開けられないペットボトルを買っても意味がない。人差し指に力を入れて激痛に眉間にシワを寄せながらストローを取り出すと一気に緑茶を飲み干す。憂鬱だ。検査結果を聞きたくない。問題があってもなくても、ムカつくんだ。腹が立つ。しばらくコンビニ横のイートインスペースで音楽を聞きながら文庫本を読んで心を落ち着ける。IssuesのHeadspaceを聞き終わって一息つくとエスカレーターを上って通い慣れた13番受付、リウマチ科の受付に診察券と検査ファイルを渡して待合スペースの椅子に腰掛ける。周りにいるのは指が曲がってたり、杖を突いているお年寄りが大半だ。たまにいる”若い人”でも三十代後半の女性とかだ。一年通院して二十歳そこそこの患者と出会ったことはない。インスタでは同じ年や、二十代後半とかの同年代の患者とも繋がっているから都会の大きい病院とかに行けば会うこともあるのかもしれない。実際に会って話してみたい。傷の舐め合いになるかもしれないけど。

素子のセリフ、同じ病気の同志たち、健康体のアホども、無くなった鎖骨のピアス、色んなことを考えているうちに主治医から名前を呼ばれる。
診察室に入るとMIRで撮った、自分の体の輪切り写真を見せられて、ここがあーだこーだ。ここは問題ない。だのと、分かるような分からないような説明をされる。結論、痛いのは痛いだろうが、リウマチの症状以外で特に深刻な物は見つからなかった、ということらしい。
なんて事だ。ピアスをふたつも失って、病院の中をすっぴんで歩き回って、爆音の筒の中で30分もじっとしていたのに、分かったのは問題なしという事だけ。ハズレくじを引いたみたいな気分だ。いや、重大な病気とかが隠れてなくて良かったんだろうけど。何とも悔しい。八つ当たりの矛先を向ける先もない。自分の中に黒くてドロっとした毒がドクドク沸いて溢れてくる。検査代とか、問題なければキャッシュバック!みたいな制度にして欲しい。あと、薬が合わなかった時も、返品・返金からの元の薬に戻すor違う薬に変えるみたいな。どうも、病人には難儀な世の中だと思う。
特に問題も無かったのなら、この気が狂いそうな痛みは我慢し続けるしかないという事だろう。痛み止めのトラマール錠を増やすとの事だが、眠くなるばかりで恐らく効かない。ただの気休めだ。胃も痛くなるだろうし、飲む必要あるのか?
全てが理不尽に感じるし、不満に思う。今の私には何を言っても何をやっても、満足するということは出来ないと思う、この痛みから解放される以外では。

上の空で診察料と検査料を支払い、病院前のロータリーで一時間に一本しか来ないバスを待つ。ふと、このまま、私の人生って終わっちゃうのかなぁ、とかリウマチになってなかったら今頃何してたかなぁ、とか考えて弱気になる。いかんいかん、と思い直してSNSのアプリを立ち上げてアメリカにいる親友にテキストを打つ。
「Hey! Look, my badass piercings’ gone away」
ガーゼを剥がして、少し血の滲んだ患部の写真を添付する。
「wtf!?? Is that because of f**kin arthritis?」
そうだよ。君がクールだって言ってくれてた私はもう居ないんだよ。悲しくて、悔しくて、どうしたらいいか分からない。しばらくの間を置いて、メッセージが届く。
「Even though you are not the same you, you are still the coolest girl I’ve ever met. Don’t lose for arthritis」
そうだよ。ピアスごときで何を弱気になってんだよ。私は私だ。絶対負けない。リウマチだって関係ない。嫌いな薬も、嫌な検査も、悔しい思いも、悲しい思いも、全部吸収して強くなる。新しい私になってやる。でも、弱気になった時のためにお守りが欲しい。

ようやく来たバスに乗り込むと、Googleを開いて検索する。
『ピアッシングサロン マイクロダーマル』

【参照】
人間が人間であるための部品が決して少なくないように、自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要なのよ。他人を隔てる為の顔、それと意識しない声、目覚める時に見つめる掌、幼かった頃の記憶、未来の予感…
草薙素子 GOHST IN THE SHELL / 攻殻機動隊

あとがき
持病のあれこれ。
ある時の病院での私の頭の中。
写真はまだピアスがあった頃の私。
文章が支離滅裂なのは私の頭の中をそのまま書いているから。
まじめな添削とか書き直しは、気が向いたらやります。
読んでくださって、ありがとう。

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