あおむ氏

仰屋凹碌書房(掌編部門) aonokeya kuboroku syobou   掌編小…

あおむ氏

仰屋凹碌書房(掌編部門) aonokeya kuboroku syobou   掌編小説、ショートショート   基本:火・木曜日 更新

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〔掌編小説〕掌編小説

 あと一本足りない。書けないんだよ、どうしたってさ。あと一本書けば百にも届くのに、それができないんだからしょうがない。ベージュの包み紙に手を伸ばし、タバコを取り出そうと弄ってみたが、中はからきしだった。代わりに頭を掻きむしる。プロットを殴り書きしたノートを破って、ガムテープを貼り付けてから壁の一部にした。ついでに、読み返してつまらないものがまた増えたので、ぐちゃぐちゃにして三つ並べた。  壁に大量に並んだ文章たちは、窓から入る残暑の風を受けていた。こんなのを書くだけ書いて、何

    • 〔掌編小説〕本音しか言ってません

       うそつき。本音しか言ってないって、前に言ってたじゃない。やっぱり嘘だった。試して正解。最期に言う言葉って、真意が出るのね。吐き気がする。安心して、さよなら。

      • 〔掌編小説〕駆け引き

         騙されていたのは私の方だった。他に女がいたなんて聞いてない。信じた私がバカだったのか、いや、どう考えても、騙した方が悪い。幸い、私が知ってしまったことに、相手はまだ気付いていないようだし、気付かれるまでは精一杯尽くそうと思う。毎朝とっておきのコーヒーを淹れて、朝食には相手が好きなパンを焼いて、帰宅したらお風呂を沸かして、寝る前にマッサージをしてあげるの。私が身の回りのことを隙なくこなせば、きっと相手も私を手放せないはず。その間に、私はあの女を振り向かせるの。女の好みは興信所

        • 〔掌編小説〕落日

           高校生だろうか、二人組が黄色い高い声をあげて、歩道の脇をかけていった。自分にはあんな時代はなかったなあ、とか、感傷に耽りながら、ゆっくりと橋を登っていく。自転車に乗ったままではさすがに足がもたなかったので、一度降りて押しながら登ることにしたのだった。橋の下をゆっくりと流れる川、その行き先には美しい夕焼け、だいだい色に染まる田舎の軒並み。最高のロケーションだ。明日自分はこの村から出ていくことが決まっていて、都会の喧騒に紛れながら暮らしていくことになっている。転居届を役場で提出

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        〔掌編小説〕掌編小説

        マガジン

        • おきにいり
          19本

        記事

          〔掌編小説〕蜘蛛の糸

           エスカレーターに乗っている様は、外側から見るとあまりに滑稽だ。緩やかに運ばれていく人間、何の抵抗もなく、流れるように。海外のホラー映画にはよく食肉化工場が出てくるイメージだが、あれによく似ている。肉の塊が運ばれていく。途中で肉塊を取るクレーンのようなものとか、そんなのも出てきたりするよな。くす、と自分の笑い声が聞こえた。  目の前のエスカレーターで1人のおじさんが運ばれ始めた。周辺に人はまばらで、エスカレーターに乗っているのはおじさんだけだった。ぼうっと見つめていると、上か

          〔掌編小説〕蜘蛛の糸

          〔掌編小説〕蛍火

           閉じかけた目でとろとろと揺れている蛍火を見ながら、あるいは眠りにつこうかと椅子にへばりついた重い腰を上げたところだった。最近はキャンプが流行りはじめたとはいえ、昼間の時点までこの渓流には自分しかいないはずだったが、気付かない間に誰かのテントが貼られていたらしい。そこからは家族連れのような幸せな笑い声が漏れていた。ランタンの光が砂利を照らしている様子が見えて、少し不安になった。その場所が、あまりにも川の流れに近いのだ。こんな夜更けに話しかけるのは忍びないが、場所をもう少し川か

          〔掌編小説〕蛍火

          〔掌編小説〕金星

           明けの明星がジリジリと動いていた。けたたましくサイレンが鳴り響く中、最初は横ずれのような動きを見せていたが、その光は少しずつ大きくなっている。あるタイミングから光を感じることはなくなり、星の表面が見える気がした。月のようにかろうじて目視できる表面の模様は、神秘的で美しかった。明らかに近寄ってきているが、大丈夫、専門家がそう言っていたから。すれ違って通り過ぎるだけ。地球の真横を通り過ぎた後に、何光年も先で金星は爆発すると言っていた。なんでも星の寿命らしい。  ん、いや、これは

          〔掌編小説〕金星

           100本目を投稿しました。自分が目標としていたところに来て、とても嬉しい気持ちです。  1週間、投稿をお休みさせていただきます。来週の木曜日、また読んでいただけると幸いです。

           100本目を投稿しました。自分が目標としていたところに来て、とても嬉しい気持ちです。  1週間、投稿をお休みさせていただきます。来週の木曜日、また読んでいただけると幸いです。

          〔掌編小説〕占い

           ポップコーンをはじける様をみるのは、どうにも陽気で馬鹿げている。なにせ、たった十グラムばかりで鍋いっぱいに増えるのだ。ご機嫌なこった。  今朝の星座占いで、幸福のラッキーアイテムがポップコーンだというから、戸棚の化石になりかけていたポップコーンを思い出した。取り出して作ってみてはいるものの、夜も更けて日付が変わりそうな今、こんなことをし始めてしまったことに少し後悔している。普段占いなど信じないくせに、そもそも今日の占いは今日中じゃなきゃダメなんじゃないか。まだギリギリ、今日

          〔掌編小説〕占い

          〔ショートショート〕背中

           遠くで汽笛の音がする。澄んでいる空気の向こうで、踏切を過ぎていったらしい。コオロギの声がかすかに聞こえるか、と耳をそばだててみれば途端、ばち、と剥き出しの街灯に蛾が跳ねて、地面に落ちた。それはうすら油の浮いた地面に沈みながら、ちりちりと音を立てて煙を上げた。  近頃は殊更に猛暑が厳しい。アスファルトの上には居られないのだ。へたな靴を履いてしまうと、踏みしめるたびに靴裏が粘ついてしかたない。鬱陶しい。宇宙開発の技術だとかそういった最新の職人技を駆使して、暑さに耐えうる靴や服が

          〔ショートショート〕背中

          〔掌編小説〕遅刻

           まもなく蝋が尽きる。ずいぶん遠くまできたものだ。しばらく歩いている気がするが、どこにも辿り着かない。数時間前、ふと気がつくと道の真ん中に立っていて、近くにあった燭台を手に取って薄暗い中を歩いてみてはいるものの、いかんせん出口も見当たらなければ、行きつく先もわからない。闇雲に歩くほど道の選択肢はなく、ただ真っ直ぐな暗闇が続いているだけだった。  進む気力も蝋の灯りも消えかけたその時、なにかの声が聞こえた気がして耳に手を当てた。音は壁に反響しているが、妙にはっきりと、向かう先か

          〔掌編小説〕遅刻

          〔掌編小説〕宝石箱

           君がいつも吸っていたピースのタバコ、香りがいいとか言っていたけれど、私には結局、最後まで理解できなかった。髪の毛と指先についた煙の匂い、苦い唇、灰皿から落ちた燃えかすも、全部苦手だったはずなのに、いまだに温度を持って記憶に居る。だって、それらが君を作っている一部だったから、その煙を吐く横顔がとても美しかったから。  泣きながら部屋を出て行った君の姿があまりにもかわいらしくて、せっかく決心した気持ちも揺らいでしまいそうだった。普段の君は、泣いたことなんか一度もないとでも言うよ

          〔掌編小説〕宝石箱

          〔掌編小説〕グラヴィタス

           新刊を買ったつもりがまた二冊目だった。小さく吐息を落とす。本棚には片付けずに、机の上に積んだ。同じ理由で積み重なっている本が、あと二冊。封も切られず、新入りと共に並ぶこととなった。古本屋に売りに行くか、まあ、明日は可燃ゴミの日だし、捨ててもいい。  我が家の書斎の壁一面には本、美しく整然と並んでいる本。それらを眺めているだけで幸せなのだ。なるべく小さな歩幅で、その前を歩く。多幸感をより感じられる。何一つとして内容を知らない本たちを肴に、今晩は少し上等なウイスキーを開けよう。

          〔掌編小説〕グラヴィタス

          〔掌編小説〕風邪ひいた/お見舞い

           大袈裟なやつの話は半分に聞いた方がいいとようやく学んだのは、すべて真に受けてからだから性質がわるい。たすけてしんじゃう、と一言だけ連絡が入っていたから、拗らせて長引いていた風邪がまた悪化したのかと思って会社を午後から半日休んでお見舞いに来たのに、家に着いたらもぬけの殻、化粧道具やご飯茶碗は出しっぱなし、挙げ句の果てには電話を掛けても出ないなんて、いい加減にしろよ。先日だって、何度も電話を鳴らすから急いで掛け直したら案の定出ず、5回目でやっと出たかと思えば泥酔状態。マナーモー

          〔掌編小説〕風邪ひいた/お見舞い

          〔掌編小説〕劇作家

           朝食だったものにラップがかけられていた。空調の音だけが静かに響いているリビングではアナログ時計は13時をさしていて、目覚めるには遅すぎると主張していた。相変わらず役立たずを謳歌している。とうに冷めている食事には手をつけず、ソファに腰を落としてスマートフォンでSNSを確認する。ベッドから場所を移動しただけで、やることは変わらない。怠惰、今の自分にはその言葉の存在だけが救いだ。  画面には様々な、人間であろうヒトたちの様々な声が流れていた。ぐにゃぐにゃと歪みを持った言葉たちが自

          〔掌編小説〕劇作家

          〔掌編小説〕吊り橋

           楽しかったことは覚えているのに何が楽しかったんだろうな。夢から目覚めるといつもこうだ。記憶力が悪いのか、起きてから内容を思い出せたためしがない。他人から夢の話を聞くたびに、もったいないことをしている気持ちになる。もっとも、自分じゃあどうにもできないんだけれど。そんな些細なことでもやもやしている、という気持ちを大学の先輩に投げかけたら、気晴らしにバンジージャンプへ行こう、と言う。自分が行きたいだけでしょう、とため息混じりに返事をすると、にへらと笑いながら掌のスマートフォンで早

          〔掌編小説〕吊り橋