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〔ショートショート〕背中



 遠くで汽笛の音がする。澄んでいる空気の向こうで、踏切を過ぎていったらしい。コオロギの声がかすかに聞こえるか、と耳をそばだててみれば途端、ばち、と剥き出しの街灯に蛾が跳ねて、地面に落ちた。それはうすら油の浮いた地面に沈みながら、ちりちりと音を立てて煙を上げた。
 近頃は殊更に猛暑が厳しい。アスファルトの上には居られないのだ。へたな靴を履いてしまうと、踏みしめるたびに靴裏が粘ついてしかたない。鬱陶しい。宇宙開発の技術だとかそういった最新の職人技を駆使して、暑さに耐えうる靴や服が次々と発明されたが、イタチごっこの最たるものだった。しかし、そういった何かしらを身につけなければ、現代の人間は生活をしていくことができないのであった。虫たちは急速に進化をとげていて、多くの種は絶滅してしまったが、いくつかはしぶとく暑さに対応してきた。人間が本来の機能だけで生活できていた時代を、私は知らない。
 もうこの星では生きていけない、と言われはじめてから十年は経つ。いかんせん、お金がない人民は他の星へ出て行く選択肢などはなから無いのだ。選民された一部の人間はすでにこの星から脱出している。補助支援なんてあってないようなものだ。あったって、この暑さは変わらない。熱しやすい油の含んだ素材は建築にあまり使われなくなって、剥き出しの道路や土壁の建物が増えた。この地域も徐々に住む人間が減り続け、もう自分を含めて数人しかいない。過疎地と言って差し支えないだろう。大昔に「都会」と呼んでいた名残がまだ微かに伺える、時代に置いて行かれた地域。アスファルト、プラスチックの看板、旧式のガラス窓。みな、暑さによって角が取れて丸みを帯びていた。
 防熱スーツを着て、燃料を入れに行く。人間の体温を維持するために着用しているスーツには、定期的な燃料補給が必要だった。自宅電源での充電は、電気の使用制限が発令されてから利用できなくなった。わざわざ自宅に電気工事をしにきたのだ。そんなことに税金を使って、馬鹿らしいとしか言いようがない。
 いつも行く燃料店の入り口には店員の代わりに看板が立っていた。どうやら閉店したらしい。なるほど、ついに始まったようだ。減民政策。数年前から世界中で行われている過去最悪の政治施策が、この国でも始まったのだ。もうどうでも良くなって、近くに備え付けられていたベンチに寝転ぶ。これから一時間かけて歩いて、他の燃料店に行く気力はなかった。背中にほのかな熱さを感じる。まったく、むごいもんだな。

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