〔掌編小説〕宝石箱
君がいつも吸っていたピースのタバコ、香りがいいとか言っていたけれど、私には結局、最後まで理解できなかった。髪の毛と指先についた煙の匂い、苦い唇、灰皿から落ちた燃えかすも、全部苦手だったはずなのに、いまだに温度を持って記憶に居る。だって、それらが君を作っている一部だったから、その煙を吐く横顔がとても美しかったから。
泣きながら部屋を出て行った君の姿があまりにもかわいらしくて、せっかく決心した気持ちも揺らいでしまいそうだった。普段の君は、泣いたことなんか一度もないとでも言うような佇まいをしているのに、深く知るほどに意外と泣き虫だったんだ、そんなギャップのあるところも心底好きだった。このままだと、髪の毛や指先や唇や唾液に飽き足らず、君の横顔までも私のものにしてしまいそうだったから、それはいけないなって、思ったから、追い出してしまった。私にとって宝石と同等の価値を持った君の一部だったものたちは、いまだに箱に詰めてたまま、捨てずに取っておいている。ひとつひとつ丁寧に乾燥させて、心を込めてラベルを貼ったんだ。見るたびに思い出す。私たちが共に、この場所に存在していた日々を。
まあ、そんなのは結局、だってほら、どうしても、やっぱりタバコは嫌いだからさ。
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