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カリブの女王  第14章 タミアワのラグーン②

 カルモーとバン・スティラー、モコがオールを手にし、小回りの利くはしけ舟が動きはじめた。一方、稲妻号は再び外海へ出るために船首を巡らせた。霧がうっすらとラグーンの黒い水面を漂い、夜陰をますます濃くしていた。霧は、マングローブが腐ることで発せられる有害物質を運ぶため、とても危険だった。マングローブは熱の木と呼ばれていた。メキシコ湾の大部分、そして河口でも見られ、水中で育つため、少しずつ腐って、空気を汚染する。黒吐病、つまり黄熱病を引きおこし、最も暑い季節に多くの人の命を奪う。
 広い水面にも、海側からラグーンを挟みこむ2つの半島にも、明かりは灯っていなかった。どの方角からも音は聞こえてこなかった。生きとし生ける者は誰も死に脅かされたその海岸に居を構えようとしなかったようだ。
「まったくイヤなところだ」カルモーがはしけ舟を漕ぎながら言った。「ここはベルゼブの国だって言われそうだ」
「その通り、ベルゼブはヒタヒタと近寄ってくる霧の中に隠れているのさ」
「熱だ、そうだろ、モコ?」
「黄熱だ」モコが答えた。「黄熱病にかかったらおしまいだ」
「ふん! 俺たちゃ不屈よ」カルモーが言いかえした。
「誰も助からない」
「それじゃあ、がんばって漕ごうぜ、友よ。今のところはまだ命が惜しい」
 3人が力いっぱい漕いでいたので、はしけ舟は飛ぶように進み、風が岸に吹き寄せる霧から逃れた。
 黒い海賊は横木に座って舟の進みを調整していた。持ってきた羅針盤を時々見て、はしけ舟が進むべき方向に向かっているか確認してはヤーラと言葉を交わしていた。

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