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バナナの魔法[私小説/ショートショート]

 「デザートくだしゃーい」
 昼食時、娘が言った。娘の食器はどれも、綺麗さっぱり空っぽになっていた。
「バナナくだしゃーい」
我が家にはデザートシステムがある。満腹中枢があるのか疑わしいほどの食欲を持つ娘に、食事の終わりのサインとして与えていた。今の主なデザートは、子供にも食べやすいように工夫されているこんにゃくゼリーだが、たまの楽しみに果物を買うこともあった。この日の数日前も、たしかにバナナを買っていた。
「はーい」
私は、台所へ行きバナナの有無を確認する。しかし、無い。どうやら既に食べきっているようだ。
「バナナ無いよ。ゼリー食べよう」
「やだー!やだー!バナナがいいのー!」
足をバタバタさせながら訴えてくる。
「バナナおいしいもんね。また買ってこよう」
「またじゃないの!今食べるの!」
「今は無いんだよ。スーパーに行かなきゃ」
「やぁだぁー!今なのー!」
顔を赤くして、まるで苦虫を噛み潰したような、不愉快そうな険しい表情をしている。
「じゃあ、バナナ、ママの魔法で出せるかな?」
娘はキョトンとしている。私は両手の平を合わせて、
「うーーーん……」
力を込めて念じ、
「ぱっ!」
手の平を受け皿にするように開いた。
「あれ?」
手の中には何も無い。
「ママの魔法じゃ、バナナ出ないなぁ」
娘はじーっと私の手元を見つめている。
「娘ちゃん、ここに魔法かけてよ」
娘はニヤニヤしながら私の顔を見る。
「魔法?」
「うん、娘ちゃんの魔法で、バナナ出るかなぁ?」
娘は嬉しそうに、
「やってみる!」
ひとつ返事で答えた。先ほどまで食事に使っていたスプーンを手に取り、私の手の平に向ける。
「ぷいぷいー……ぷいっ!」
娘が魔法をかける。しかし、やはり何も出ない。
「娘ちゃんの魔法でも、バナナ出なかったねぇ」
私がそう言うと、
「娘ちゃん、バナナ出なかったから、ゼリー食べるの」
娘は、どこか残念そうにしながらも、微かにニヤついた顔でそう言った。
 私は嬉しい気持ちで娘にゼリーを手渡した。魔法がかかって何よりだ。

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