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ジョンもショーンもジョン・レノン?~アイルランド人の名前の話~

こないだ『タイタニック』について書いた中で、レオナルド・ディカプリオが演じた役名のドーソンがアイリッシュ姓であると書きました。それ以来、アイルランド人の名前についていろいろ思い出しています。

最近よく聴いているこのCDのアーティスト名、ファーストネームのほうはなんとなく「マイケルかな?」と察しがつくかもしれませんが、ファミリーネームはなかなかすんなりと読めないでしょう。この名前、ミホール・オ・スーラウォンと読みます。

ミホールは2018年に亡くなったアイルランドを代表する作曲家で、伝統音楽をベースにしたオリジナル楽曲やテレビ・ラジオ・映画向けの音楽を数多く残しました。口承で受け継がれ採譜されることが珍しい伝統音楽とクラシックの楽理を融合させて壮大なオーケストラ作品を作る一方、このCDで聴ける70年代の録音では、アイリッシュだけでなくブラジルの伝統楽器ビリンバウなども取り入れ、ミニマル要素の高い独自の音楽を作っています。ハープシコードの響きも独特。Apple Musicにもあるのでご興味のある方はぜひ聴いてみてください。

英語に「転訛」したアイリッシュネーム

しかしここで取り上げたいのは彼の音楽ではなく名前です。ファーストネームの「ミホール」もファミリーネームの「オ・スーラウォン」も伝統的なアイリッシュネームですが、英語で言えばミホールは「マイケル」に、オ・スーラウォンはオサリバンに置き換えられます。

オサリバン姓で有名なのは、名曲「アローン・アゲイン」で知られるシンガー・ソングライター、ギルバート・オサリバンです。イングランドで育ちデビューしたため、彼がアイルランドの括りで語られることは少なくとも日本では今までほとんどなかったと思いますが、その名字からアイルランドのルーツを持つことは一目瞭然です。

アイルランドに限ったことではありませんが、もともとの国で呼ばれていた(特にキリスト教にまつわる)名前が英語に「転訛」されることは間々あります。アイリッシュネームの例で言えば、ミホール以外にも「モイア」がメアリーに、「ポードリック」(たいていパディの愛称で呼ばれる)がパトリックに、それぞれ言い換えられました。

そんな中にあって一つ、アイルランド読みのまま世界的に有名になったアイリッシュネームがあります。それが「ショーン」です。

ジョンの息子が「ショーン」と名付けられた理由

ショーンと聞いてまず多くの人が思い出すのは、昨年亡くなったばかりの俳優ショーン・コネリーでしょう。かの『007』のジェームズ・ボンド役で知られます。彼自身はスコットランドの生まれですが先祖がアイルランド系です。

そしてもう一人、ショーンと聞いておそらく多くの人が思い浮かべるのが、ショーン・レノンです。1975年にジョン・レノンとオノ・ヨーコの間に生まれました。父の血を受け継ぎ、父の影響を感じさせる作品を超マイペースに生み出しています。

実はこの「ショーン」という名前、英語に置き換えると「ジョン」となります。つまり、ジョン・レノンもショーン・レノンはもとを正せば同姓同名ということになるのです。

ちなみにWikipediaのショーン・レノンのページにはこう書かれています。

名付け親は、別居したジョンとヨーコの縒りを戻すきっかけを作ってくれたエルトン・ジョンで、ジョン・レノンの民族的ルーツであるアイルランドでの「ジョン」に相当する最もポピュラーな男子名ということで、「ショーン」を提案したという。ミドルネームの「タロー」はジョンから「なにか日本語の名前を付けてくれ」と頼まれたヨーコにより「ジョン」に相当する日本語のポピュラーな男子名が「太郎」だということで名付けられた。

ショーン・レノンのミドルネームが「タロー」であることは今回初めて知りました。

息子に自分の名前を付けることの延長で言うと、ミホール・オ・スーラウォンの「オ」は、「スーラウォンの息子」であることを意味しています。これもアイルランドならではの名字です。ベテランのプロ野球ファンにはきっと思い出深い選手、阪神タイガースのトーマス・オマリーもこの系統の名字ということになります。

また、同じケルト圏でもスコットランドでは、名字の前に「マック」が付きます。マッカートニー、マッキントッシュ、マックイーン、マッケンロー。すべて「○○の息子」という意味を持った名字です。

ショーンの命名に感じるセンス、ウィット、ルーツ愛

メジャーリーグ中継などを見ていると、「○○Jr.」という名前の選手をよく見かけます。このように父親が息子に同じ名前を付けることは国によっては珍しいことではありませんし、日本でも父親や母親の一字を取って子供の名前を付けることがよくありますが、自分のルーツでもあるアイルランドの名前で自分と同じ名前を付けるというジョン・レノンやエルトン・ジョンの発想には、子供への愛情と共に彼ららしいセンスやウィットを感じます。

と同時に、アイリッシュの血筋であるという自らのルーツを隠すことなく、むしろ誇りを持って息子につけたのであろうジョンに、アイルランドを愛する一人として、また自らのルーツを大切に生きていきたいと考える一人として、心から拍手を送りたくなるのです。

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たかはしあきひろ…福島県郡山市生。ライター/グラフィックデザイナー。雑誌、新聞、WEBメディア等に寄稿。CDライナーノーツ執筆200以上。朝日新聞デジタル&M「私の一枚」担当。グラフィックデザイナーとしてはCDジャケット、ロゴ、企業パンフなどを手がける。マデニヤル(株)代表取締役