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赤色のこうふく。


一年に、たった一度だけ。

桜の咲く季節に、会えるひとがいた。


まだ肌寒いことも、1日中外で過ごすこともわかっていながら、

薄手のワンピースにライダースという格好で、新幹線に飛び乗る。

ミュールの先から、らしくない赤いペディキュアをのぞかせて。


行き先は、東京。

はじめて行ったときは、集合場所にたどり着けず。

申し訳なくて連絡もできずにいたら、気づけば辺りは真っ暗で。

「こどもじゃないんだから、電話くらいできるでしょ?」と

呆れながら迎えに来てくれたのが、ほぼ最初の出会いだった。


その年、集合場所にひとりで行けた上に

先に着いて待つ余裕すらあった私を彼は、

「ちょっとは大人になったじゃん」とからかいながら迎えてくれた。


一年ぶりの再会に顔がゆるんだのもつかの間、

その他大勢のひとりとして、もどかしい時間を過ごす。

目が合ったかと思えば、わざとらしく他の女の子と話したり。

逆に私が他の男の子と話していたら、ちょっかいをかけにきたり。

いい歳だし、面倒見もいいし、しっかりしているのに、

悪ガキっぽさだけがどうしても抜けない。

彼のそんなところに、若かった私は一瞬で惹かれてしまったのだ。


会えるのは一年に一度でも、月に何度も電話がかかってくるし、

毎日のようにメールをしていたので、

好きな気持ちが途切れることはなかった。

その後4年もの間、私は彼に遠距離片思いをすることになる。

一年に一度の、ごほうびのために。



午前0時。その他大勢のひとりから、昇格できる時間がやってくる。

関西から東京へ来ている私は、もちろんホテル泊。

そこでふたりで過ごすのが、私たちの毎年の恒例になっていた。


といっても、多くの人が想像するような大人の関係ではない。

酔っ払って、また一年会えなくなるのがさみしくなって、

最初の年にホテルまで送ってもらったのがきっかけで、

朝までの時間をいっしょに過ごすことが

春の東京ツアーのセットプランに組み込まれるようになっていた。


オプションは、

近くのスーパーで彼が買ってくれるワインとおやつ。


その年はたまたま、シャンパンといちごだった。

そこに、彼のリクエストに応えて私がおみやげで持ってきた

伊勢名物「赤福」が仲間入りする。


大の大人の男なのに、

あんこたっぷりの「赤福」をリクエストするあたりが、

彼のチャーミングなところであり、

4年間、私の心をつかんで離さなかった理由でもある。


「赤福のあんこをね、いちごにつけて食べたらおいしいよ!」

そうやって無邪気にプレゼンされた夜にはもう、完全にノックアウト。

朝が来るのがもったいなくて、もったいなくて。

酔って眠くならないように、

少しずつ少しずつ、シャンパンを口にした。


彼とは何度かそんな夜を過ごしたけれど、

シャンパンといちごと赤福の夜のことは、

今でも鮮明に記憶に残っている。


甘ったるくて、普段すすんで食べることのないそのおやつは、

名前の通り、私をしあわせで包んでくれた。



おそらく、人生でいちばん、しあわせな味。

赤い色をした、こうふくな時間。

一年でたった一度の、ごほうび。



ちなみに、私が東京で暮らすようになって早3年。

彼とは一度も、会っていない。


私が赤福を持たずに上京したせいか。

はたまた、彼はまぼろしだったのか。

それくらい、跡かたもない思い出だけど、

桜の季節が来るたびに、私は。


好きでもない赤福が、無性に食べたくなるのです。


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