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サマスペ!2 『アッコの夏』(21)<連載小説>

一分で読めるここまでのあらすじ

大学一年生のアッコは高校時代の友人の由里に誘われて、ウォーキング同好会の名物イベント「サマスペ!」に参加します。由里は高校陸上部のエースでした。応援団の一員として由里を応援していたアッコは、なぜか退部して心を閉ざした由里を、このイベントで立ち直らせようとします。

しかしサマスペは、夏の炎天下に新潟から輪島まで350キロを歩き通すという過酷な合宿でした。一日の食費は300円。財布、ケータイは取り上げられて、その日の宿も決まっていない。しかも女子の参加は初めてです。

女子の参加を快く思わない二年生の大梅田は、二人を辞めさせようと、ことあるごとにアッコと由里に厳しくします。アッコは由里との距離を縮められず、ストレスばかりが溜まります。

食事当番になったアッコは、宿を借りる交渉に捨て身で成功。さらに夕食は得意のラタトゥイユを披露してメンバーに喜ばれます。
ところが同期の電車不正乗車をかばったために、アッコが電車に乗ったと疑われてしまいます。

 合宿は四日目、アッコは大梅田の伴走で先頭を走ることに。意外にも大梅田はアッコを手厚くサポートし、アッコはこの先輩に興味を持ちます。
 祭りの演芸大会に飛び入りすることになった由里を助け、観衆の前で大喝采を浴びたアッコは、初めて同期の繋がりを感じます。

<ここから本編です>

五日目☆☆☆☆☆ 

「アッコ、昨日はほんと、ありがと」
「気にしないでよ、同期なんだから」
アッコは祭りに感謝したかった。おかげで由里とこうして普通に話ができるようになったのだから。
 青梅の祭りから一夜明けて、二人は糸魚川市の海岸沿いを歩いていた。考え事をしたい気分だったアッコは、先頭争いに加わらずに後ろの方にいた。そこにペースを落とした由里が一緒になった。

「それより鳥山さん、やるもんだね。大受けだったよ」
「私、びっくりした」
「ブラック焼きそばも先輩たち大喜びだったし、もう糸魚川、最高だよ」
 由里が「でも先輩たち」と顎に指を当てた。
「雰囲気が悪い感じがしたのは気のせいかな」
「由里、二、三年生は元から仲が悪いんだよ。昨日、あたしたちが祭りに飛び入りしてる間にも、ドンパチあったんだ」
 由里が目を丸くした。
「どうして」
「大梅田さんと水戸さんがね、一年だけに飛び入りさせるんじゃなくて、全員で参加するべきですって幹事長に噛みついたんだ」
 由里は歩きながら「あー」とうなずく。
「石田さんがまた怒鳴ったそうだよ。大体、由里があんな条件を認めるからだって」
「反省してます」
「そこは水戸さんが言い返したんだ。新人の由里が一人で泊めてもらう交渉に成功したんだから、多少の条件があったって良しとしましょうよって」
「それ、うれしい」
 由里は目元をほんのり赤くして「あれっ」とあたしを見た。
「アッコはどうしてそんなこと、知ってるの。一緒に祭りに参加してたのに」
「水戸、鳥山ルートだよ。祭りから戻って水戸さんに聞いたんだって。鳥山さん、なんでもぺらぺら教えてくれるから」

 由里がほほ笑んだ。
「アッコは鳥山さんと仲がいいんだ」
「面白いじゃない。昨日は大活躍だったし。由里はああいうの、苦手?」
「うーん。ちょっと慣れるのに時間、かかりそう」
「そうなんだ。でもこの合宿ってさ、いろんなタイプの男がいるよね。展示会みたい」
「個性が強い分、仲が悪いのかな」
「昨日は早川さんが、まあまあって収めたらしいけど、そのうち三年生VS二年生で、ゴングが鳴るかも」
「せっかくのサマスペなのに」
「サマスペだからだよ。あたしは幹事長のやり方に問題があると思うな」
 アッコは両目を引っ張って猫のように細くしてみせた。由里が「悪いよ、アッコ」と笑う。

「だってさ、初日のコース設定は適当だったし、二日目なんか宿泊予定地が花火大会の会場だよ。ちょっと調べればわかるだろうに。昨日の祭りの件だって、いかがなものかと思うな」
「アッコの食事抜きだって、いかがなものか、よ」
 アッコは手を振った。
「や、それはいいよ、別に」
 この話題は避けたい。由里がふうっと息をついた。
「ずっとこんな感じなのかな。なんだかギスギスしてて嫌だな」
「ゴリラと眠り猫には仲良くしてもらいたいよ」
「ひどい、アッコ」
 由里が吹き出して、後ろを見た。
「大梅田さん、今日はずっと最後尾を歩いてるね」
 アッコたちの百メートルほど後ろを大梅田が一人で歩いている。
「珍しいな、いつも先頭集団にいるのに」
「伴走をしている時のペースより明らかに遅いよね」
「海なんか見て、たそがれてるのかな」
 大梅田が歩きながら眺めているビーチは海水浴客とヒスイを探す人が半々くらいだ。

写真提供 糸魚川市観光協会

「さすがのゴリラも疲れたか……あっ」
 アッコは声を上げた。
「あいつ、あたしがまた電車に乗らないか見張ってるんだ」
「それは考えすぎだよ、アッコ」
「やな感じ。あの男尊女卑野郎め」
「大梅田さん、男尊女卑なのかな」
「男は偉い、女は引っ込んでろって顔に書いてある」
「でもそういう人が、私たちの伴走の時に、あんなにサポートしてくれるものかな」
「あ、それはね、役割意識だよ。自分の伴走の時に失敗したくないから」
 アッコは昨日、コミュニケーションと観察で得た知識を披露した。
「そうなのかな」と由里。
「そうだよ」とアッコ。

 何か考えている風の由里が急に立ち止まった。
「ちょっとアッコ、あの子、見て」
 指差した海岸に小さな男の子がしゃがんでいた。周りには誰もいない。顔は見えないが夢中で石を拾っては捨てている。
「ヒスイを探してるんだろうね。でも親はどこだろう」
「一人よ。現地の子には見えないよね、あの子」
 男の子の来ているチェックの半袖シャツとベージュのショートパンツはよそ行きのようだ。
「どうかしたか」
 大梅田が近づいてきた。
「あの子、一人みたいなんです。大丈夫でしょうか」
 由里に言われて、大梅田はガードレールに両手をついて目を細めた。
「親とはぐれちまったのかもしれない。波打ち際にいるし危ないな」
「あたし、声を掛けてきます」
 アッコは海岸に降りる階段を駆け下りた。後から二人が付いてくる。

「ねえ君、お父さんかお母さんは」
 男の子ははっとしたように顔を上げて立った。まだ一年生くらいに見える。周りを見回して顔が強ばる。誰もいないのと、知らないアッコたちに声を掛けられて不安になったのだろう。
「ヒスイを取ってたのか」
 大梅田が聞くと急に顔をゆがめて泣き出した。
「ちょっと先輩、そんな怖がらせないでくださいよ」
「あっ、すまん。そういうつもりじゃなかったんだ」
「ただでさえ、恐い顔してるんだから」
 大梅田は「うん?」と言ったが、アッコは無視した。由里が男の子の前に両膝をつく。
「お名前は?」
「おの、あとむ」
 あとむ? キラキラネームってやつか。どんな字を書くんだろ。
「あとむ君か。お母さんは? はぐれちゃった?」
「ママ、お土産買ってて……」
 あとむはしゃくり上げた。
「お土産か……」
 アッコは辺りを見渡した。
「由里、この先の道の駅じゃない?」
 道路沿いに白い建物があった。道の駅だ。土産物屋もあるだろう。
「由里、道の駅ピアパークだ。でっかいカメとレストランがあるはずだ」
 大梅田が地図を見ながら小声で言う。大梅田の地図には、びっしり書き込みがあった。
 由里はうなずいて、あとむの両肩に優しく手を置いた。
「あとむ君、ピアパークかな。おっきなカメさんとかいなかった?レストランでご飯食べたんじゃない?」
 あとむは首を何度も縦に振った。
「大梅田さん、アッコ。私、道の駅まで走ります。お母さん、きっと探してます」
「わかった。俺たちもあとからこの子を連れて行く」
「由里、おのあとむ君だよ」
「分ってる。館内放送してもらうから」
 由里は駆け出した。砂浜を突っ切って、道路に駆け上り、道の駅に向けてスパートした。背中がみるみる小さくなる。
「すごい行動力だな」
 大梅田がつぶやいた。
「先輩、あたしたちも行きましょう。さあ、あとむ君、行こう」
 あとむはその場に座り込んでしまう。
「お母さん、いなくなったらどうしよう」
 ぼろぼろ泣き始めた。
「何、言ってるの。道の駅で待ってるよ。ほら立って。ちょっと大梅田さんも手をつないでやってください。大梅田さんってば……」
 アッコは言葉を飲み込んだ。大梅田は見たこともない悲しそうな顔をしていた。
「アッコ、俺が抱っこしていく。その方が早い」
「えっ、そうですか」
 大梅田は嫌がるあとむの脇に両手を差し入れて持ち上げた。そのまま胸に抱いて走り出す。
「ちょっと先輩、走らなくても大丈夫ですよ。由里が行ってますから」
 大梅田は返事もせずに浜辺を走る。大梅田の首にしがみついたあとむはまだべそをかいている。アッコも仕方なく駆け出した。
 なんで大梅田は走るんだ。なんだったんだ、あの切なそうな顔は。

<続く>
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