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【短編小説】 赤月記


夏も近づいてきた、ある日のお伽話です。


ぼくは白い月が嫌いだ。
心の汚さが、浮き彫りになる気がするから。
赤い月を見ると、落ち着く。
やり場のない気持ちを、闇に隠してくれるから。

だから、赤い月の夜は、一人で空を眺める。
そっと家を抜け出して、この山に来るんだ。

卵のような白い月を見ると、吐き気がする。
あれは2年前、小学校最後の春のことだった。

あいつとぼくは、ケンカ友だちだった。
お調子者で、いつもみんなを笑わせる人気者。

成績のいいぼくに臆せず、よく取っ組み合った。
控えめに言って、ぼくらは最高のコンビだった。


でもあいつには、ぼくの知らない一面があった。


給食時間になると毎日、あいつはいなくなった。
みんな理由を知らず、センセイは何も言わない。

なぜ、給食の時だけ?
ぼくはずっと気になっていた。

そしてあの日、とうとう、ぼくは、
屋上であいつが一人で、弁当を食べるのを見た。

「なぁ、降りてきて、一緒に食べないか?」

「何でも食べれる、お前なんかに
 おれの気持ちがわかるもんか!」

顔をくしゃくしゃにして泣き叫ぶあいつ。
その姿は、ぼくのまぶたの裏に
今も焼き付いている。

ぼくは、その時はじめて、
あいつが卵アレルギーだと知った。

それからあいつは、ぼくを避けた。
ぼくも素直になれなかった。

意地と恥ずかしさで、ぼくらは口をきかなった。
月日が経ち、ぼくらは別の中学に進学した。


ぼくはもう『友だち』を作るのをやめた。
二度とあんな思いはしたくない。

人の気持ちなんて、わかるもんか。
わかってやるもんか。

赤い月を眺めながら、ぼくは山奥へ入った。

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6月の満月を『ストロベリームーン』と呼ぶ。
アメリカの先住民が、野苺を摘む季節だとか。

『赤い月だから』ではないらしい。
日本で苺を収穫するには、少し遅いけどな。

視界がひらいて、耕された畑が目に入った。

「なんで、イチゴが…?!」

足元には、宝石のような赤い果実。
月光で見違えたと思ったが、本物だ。

6月の山中に、真っ赤な苺が実っていた。

小さい卵ほどもある一粒を、もぎ取った瞬間…


「わぁー!!」

目の前が一回転し、目をつぶった。
背中が痛い。地面に叩きつけられていた。

恐るおそる目をあけると…

ぼくは、大きな虎に組み伏せられていた。
尖った牙からしたたる唾液が見える。

短い人生だったな…

生きていく つらさも
死んでいく つらさも
大して変わらない気がした。

「食べるなら、食べてみろよ。
 ぼくの名前にも虎の字が入ってる。
 共食いだな。クックック…」

怖さと、夢のような雰囲気に飲まれ
ぼくはヤケになり、嗤いながら言った。

本当に驚いたのは、その後だった。

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「あぶないところだった…」
と、つぶやいて、虎がぼくから離れたのだ。

虎はしっぽを垂れて、草むらへ入って行く。
ぼくはとっさに、虎に向かって話しかけた。

「きみは何者?」

虎は茂みの中から、低い声で語り出した。

元は人間で、料理人であったこと。
才能の芽が出ず、不遇だったこと。

家庭を省みず、妻と娘を放ってきたこと。
頑固な性格で、助言を聞けなかったこと。

自尊心に耐えられなくなり
ある日、山奥へ駆けあがったこと。

そうして気づけば、虎になっていた、と。

「いや、最後、話が飛びすぎでしょ…」

ぼくは思わず、虎にツッコミを入れた。
が、虎は聞いちゃいない。

「このレシピを、世間に伝えてくれ。
 俺は今度こそ、有名になってやる。
 皆を見返してやる。クックック…」


虎の嗤い声と、人を見下した話し方。
ぼくはゾッと鳥肌が立った。

そして、心に誓った。
この残念な感じにだけは、ならないぞ。


ぼくの冷たい視線を浴びて、虎はひるんだ。

「俺は、人間性を失ったのかもな。
 この姿でさえ、名声を得ようとした。」

虎はぼくに、矢継ぎ早に頼んだ。

「俺の娘を探して、苺を食べさせてくれ。
 腹一杯に、あの子の大好物だった苺を。

 もうすぐ俺は、完全に虎になるだろう。
 その方が、楽になれるかもしれないな。」

最後に虎は、茂みから姿を現した。
大きく吠え、山を駆け上がって消えた。

その後、どう帰ったか覚えていないが
二度と、あの山へは登っていない。

その夜を境に、僕は変わった。
『ぼく』は『僕』になった。

白い月を、嫌いではなくなった。

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それから、干支が一周して
僕は小さなケーキ屋をひらいた。

卵・小麦・乳製品をつかわない
チョコレートケーキのお店。

卵アレルギーの同級生のあいつが
ドアを開ける日を待ちながら。


虎や苺がどうなったか、だって?
そんなの知るもんか。

自分の落とし前くらい、
自分でカタつけろってんだ。

苺のケーキをお勧めしがちなのは
まぁ、僕自身の問題だ。


ケーキは人を幸せにする食べ物。
僕はそう信じている。

一人でも(一頭でも)
誰かの笑顔が増えますように。


ただ、今でも、赤い月を見ると
あの夜の出来事を思い出す。

「クックック…」とか言いそうな
『ぼく』がうずき出して、怖くなる。

そう、今夜はストロベリームーン。
どこかで苺が実る頃。

今宵の月も、赤いですね。

この物語は、フィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
写真を含め、実在のものとは関係ありません。

こじぇら さんより
写真提供・創作意欲をいただきました。
この場をお借りして、御礼申し上げます。

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2020/06/09 1st edition