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言って。



 親戚の可愛い女のコがヨルシカの事を教えてくれたときには、ヨルシカの事は知っていたけれど、でもどうせなら初めてヨルシカを知るきっかけは、その可愛い女のコ経由であれば良かったなと思う。




『言って。』

 

のフレーズがとても印象的な曲だった。



『言って。』


というフレーズは、どう聞いてもティーンエージャーが彼氏にお願いしているようなそんな甘ったるい感じに聞こえた。


制服を着ている女子。


ブレザー女子が浮かんだ。



「最近この曲好きなんだ」

そう言っておすすめしてくれた人は、多分17歳×2してもお釣りの来る年齢だった。ブレザー女子ではなかった。二日目のひげが濃くて多分じょりじょりして当たったら痛そうだ。あまり乙女には見えない。

だって夫だもの。




『言って。』

いややってるし。

いろいろ夫婦ですやん。

今更『言って』の距離感の男女にぐっと来ちゃうお年頃なんですか、そんなに乙女成分体内に宿してるんですか?


不協和音である。

頭の中が。


『言って。』


このささやきが彼の中の何かに火をつけたのだろうか、曲の世界と随分と隔たりの有るように見える人種なのに、その隔たりをものともしない、何かを乙女的な何かを彼はこっそり隠し持っていたのだろうか。

それはたんに好きな曲をちょっと紹介するという、ハンカチ程度の重みの会話から、秘密の性的な嗜好をこっそり打ち明けるような重大な閣議決定の議題へと変化したように思えて困惑した。


確かにチャットモンチー好きだし、男性なのにチャラのタイムマシーンが好きで女性が強く好みそうなものに共感を示すことは無いわけではないけどもけども…。

『言って。』


ああそうだ。

きっと彼の男性ホルモン的な何かは駆逐されてしまったんだ。

私は思い出した。

彼がある薬を服用していることを。



『言って。』


豊かなアマゾンだった。

1980年代の衛星写真から見るアマゾン流域は緑が生い茂っていた。
産業革命以降の人類の欲望の増加スピードは指数関数的成長で減少の兆しは見えず増え続けていく人口。それらはアマゾンの豊かな森林がその姿をとどめることに寄与してはくれない。かつての豊かな緑の流域にもところどころに悲しい干ばつ地帯が散見されるようになった。人類の急務の課題である。

あの雄大なアマゾンですら、その原型を維持するのが難しい時代だ。ただの一中年男性である私の夫が頭頂部の原形を保つのはとても困難な状況だった。生い茂っていたかつてのものは淋しく陰りを見せ始めていた。



『言って。』



すこし頭頂部が淋しいと私は素直にありのままを伝えた。

それを聴いたその時は彼は敗戦したボクサーのようにがっくりとうなだれていた。仕方ない、同じ立場なら私もそうする。

でも大丈夫。アマゾンの森林を破壊する人類は一方でまた、希望も生み出しているんだよ。例えば狭心症の薬がバイアグラになったように、前立腺肥大のためのお薬が男性型脱毛症に効果を発揮することが発見されたんだ。だから肩を落とさなくても大丈夫。さあ病院に行こう。



『言って。』



そう彼は男性型脱毛症の薬を内服している。つまりある種の男性ホルモンの分泌を抑制する薬を内服しているんだ。それは確かに効果はあった。干ばつ地帯の目立つ頭頂部には若芽が息づき成長し、かつての干ばつ地帯を覆い隠すまでになっていた。さすが人類の英知だ素晴らしい。でもねこんな副作用が現れるなんて思っても見なかったよ。


『言って。』


彼の中の内なる少女性の解放の告白を受けたような動揺が一時私の体内をかけぬけていったけれど、そんなそぶりをみせないように気を付けた。少女とは繊細なのだそして中年男性という生き物も。私の共感を得たくて仕方がないと言った風の夫に、私は思ったことを伝えた。


「なんか乙女な感じの曲だね、私もう乙女じゃないからそこまでぐっとこないよ」





「そっか」


そう言った彼は少しさみしそうだった。



頭はふさふさしていた。





やっぱりヨルシカのことを最初に知るのは、親戚の可愛い女のコからがよかった。





もし毛髪のことで悩んでる人がいたら、迷わず病院へ。



『行って。』





オシマイ。






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