トム
僕には凄く大好きな兄のような幼なじみがいた、なんとも柔らかく人を虜にする魅力をもった人だった。若くして亡くなってしまったのだが生前よく彼の家に遊びにいったり、彼もうちの実家に遊びに来たりしていた。
ある、彼がウチの実家に来た時に聞いた話だ。
大きなザックを傍らにおき、我が家のテーブルについてコーヒーを飲みながら「スーパーで猫缶とかカリカリを買って帰るんだ」と彼は切り出した。
「何で?猫をかいはじめたの?」
「軒先きに遊びにくるんだよ、可愛くてさあ、写真とか撮らせてもらうからちょっとお礼をね」
彼はその時一人暮らしをしていて小さな一軒家に住んでいたのだが、まあ、そういう事らしい。そんな可愛い訪問者にも気を使う優しさが滲み出ている。
彼はおもむろにテーブルに自分が撮影した猫達の写真を広げ始めた。
こいつは「モ」こいつは「ム」と現れる猫達にへんな名前をつけている。その中で白黒の愛嬌のある猫の写真がでてきて「こいつはトム、可愛い、一番よくあそびにくる。」と言った。
へー、この猫はちゃんと名前付いてんだ、と思っていると、
「オリジナルのトム、この猫が起点」
だという。トムは来訪猫の起点にして基準になっているようだ。丸っこくて、なんだかおっとりしていそうで可愛い。
猫は写真に撮るのが難しくて彼の写真もあんまり上手に撮れてはいないが、ちゃんと愛機のコンタックスRTSとカールツァイスプラナーの50mmで撮影していた。そこにも愛情を感じる。
他にも猫達は沢山いるようだ。なんでもたまにトムに似た奴がきて、そうかと思ったら違うのでそいつには「トムもどき」と命名したんだそうだ。
さらに、
「コレがトムもどき子供」と白黒ブチの子猫の写真が出てくる「トムもどき子供」というのは立派な名前なんだそうな。たぶんトムもどきの子供だと言う。そしてその「トムもどき子供」は友達を連れてくるそうで、それの名前は
「トムもどき子供友達」
なんだそうな(^^)。
トム、トムもどき、トムもどき子供、トムもどき子供友達、と起点からどんどん繋がっていく。
「モ、もどきと」か、「ム、もどき子供」とかはいないのかと聞いてみたら、そこはメインストリームではないらしく、トムのライン以外は適当な感じだった。トムがメインキャラクターなのだ。
そのあと何度かトム達の話をきいたり写真を見せてもらったりしたが、なんとも楽しそうに説明してくれた、トムとトムもどきが一緒に来たとか、モは意地悪だとか、トムもどき子供友達はなかなか会えないとか。
トムはこの猫缶が好きだとか、、
一度彼の家に遊びに行ったときにどれだかには会えたが、サッと行ってしまい、誰だかわからなかった。
そのうちあまり猫達が来なくなったり、
彼も引っ越したりとその猫達との交流は終わってしまったようだが、トムの話と写真は僕の記憶の片隅にこびりついていた。
なんでこんな記憶が蘇ってきたのか、
それは今いるマヨルカ島で、バルデモーサという村に滞在したときの事。そこのホテルにいた白黒のハチワレ猫が物凄く僕と仲良くしてくれた、基本的に僕もネコが大好きなので凄く楽しかった。
その事を日本にいる猫好きの幼なじみにメールしたところからはじまる。
彼女にそのハチワレの写真をおくったのだが、小さい頃この猫にそっくりな猫がよく家の台所に入ったり悪戯をしに来ていて、話しかけたり追いかけたりして遊んだのだと言う。
追いかけていて蓮池に落ちた事もあったとか(⌒-⌒; )
彼女は幼稚園を卒園する間際に引っ越しをしていて、その先では友達も出来ずいつも一人で遊んでいたときだったので随分とその猫に癒されたらしい。
彼女の記憶の片隅にあった思い出をそのハチワレが思い起こさせたのだろう、懐かしむようにたくさんその話をしてくれた。
そしてなんと、その猫にはトムと名前をつけていたと言う。
「トム?!」
そこで僕の記憶とリンクした。
僕の好きな人達はどうも猫にトムという名前をつける性質があるようだ。
それを聞いてからそのバルデモーサのハチワレに僕はトムトムという名前をつけた。
名前をつけた事で親近感はさらに増した。それを察したかトムトムは凄く仲良くしてくれて、滞在の三日間本当に親しく過ごした。朝と夕方の出がけと帰ってきたときは一目散に僕に駆け寄ってきてグイグイと擦り寄り、膝の上でゴロゴロと甘えてくれた。毎朝毎晩、3日間必ずトムトムは僕の事を待っていたし、僕も会うのを楽しみにしていた。
あるとき僕が撮影からもどり、いつも通り駆け寄ってきたトムトムとじゃれていたら二人ともついつい遊びに本気になってしまい爪がひっかかり少し僕の手から血が出た事があった。
ホテルのトムトムのお世話係はそれをみて凄い勢いで消毒と絆創膏を持ってきて丁寧に手当てをしてくれた。「ほんとうにごめんなさい、大丈夫ですか。痛いですか」と何度もすまなそうに言われたのだが、、
僕からすると猫と戯れていて手から血が出るなんてことはよくある話しなので随分大げさだなあと思いつつ、とりあえずされるがままに手当てをうけ、「いやいや、大丈夫、全然気にしないで」と伝えた。
なんか子供同士の喧嘩みたいだなあと思い、笑ってしまった。
よくよく聞いてみるとトムトムは非常に大人しく温厚な猫で、人に爪を出すことは今までに一度も無かったのだという。このホテルには他にも猫はたっぷりいるのだが、全然違うのだそうだ。
「本当にどうしちゃったのかしら、よほど楽しくなっちゃったのかしらねえ、こんな事は初めてよ、ごめんなさいねぇ」
との事。
僕は逆に本気で戯れてくれたのが嬉しくてなり、それからも二人で容赦なく遊んだ。手の傷も増えたがそれは黙っていた。
バルデモーサ最後の夜、スーツケースに荷物をまとめていると部屋の外にやってきたので窓を開けてやった。しばらく躊躇して(ホテルの人に入ったらだめよと言われているのだろう)それでも入ってきて僕の膝の上に乗った。
「トムトム、おれ明日帰るからな、元気でいろよ」と、こねくり回し、ゴロゴロと喉を鳴らしているトムトムと最後の時間を過ごした。
毛が細く柔らかくふわっとしていて撫でるとベルベットのように滑らかだ。爪でズボンを引っ掻きながらそっくり返ったり、袖に前足を伸ばしてみたり、、
本当にたまらなく癒された。昔からの付き合いのような、壁のない仲だった。
村を出る直前トムトムは僕のズボンの裾に爪をひっかけて倒れ込み、行くなと抵抗した。
別れは思いの外辛かったが、それも幸せだった証拠である。そして、僕にも親友二人と同じようにトムの思い出ができたのが嬉しかった。
かくして、僕の中で親友二人と3匹のトム(うち1匹はトムトム)で繋がった。
何か心に隙間があるときに、トムは現れるのだ。
3匹のトム達は時間と場所をこえて僕たちと思い出をつくり、1つの輪を作ってくれたように思う。先に2人に出会ったトムの事をおもうと僕がトムトムと仲良くなった事も必然に思えてくる。
ありがとう、本当に、ありがとう。
昨日パルマのベルベル城でトムトムに似た猫をみかけた、思わず近づいて写真をとったのだが、物凄くびっくりした顔の別人で思わず笑ってしまった。もちろん、命名「トムトムもどき」である。
そして今日もやつはベルベル城にいた。やっぱりびっくりした顔をしていた。
バルデモーサのトムトムも僕を探しているに違いない。
似た泊まり客をみつけて「なぐもどき」と名付けている事だろう。
なんとも奇遇で幸せな、猫の話である。
2019.12.12
スペインマヨルカ島にて。
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