見出し画像

「特殊技能」


 シチューやカレーをお玉ですくう際、僕はお玉の中に肉を入れずにすくうという特殊技能を身につけている。これは肉嫌いの僕が小学生時代に、魔の給食を乗り切る為六年の歳月をかけて編み出した秘技である。
 そんな大げさなことかよ!とお思いになる方もいるだろうが、そりゃ時間をかけじっくりお玉を覗きながらやれば、肉を入れずにすくうこともある程度は可能だろう。しかし僕はたった一回すくう間に、担任の教師が何の違和も感じない所作で、細かな肉すら入れずにすくうことが出来るのだ。

 僕の小学校の給食は、まず献立によってパンか白米かが変わり、そこに副菜となる小おかず、主菜となる大おかず、さらにデザート的なゼリーやプリンやムースが付いて、そこに瓶の牛乳が一本添えられるという構成であった。それを給食当番の生徒達が給食室まで取りに行き、教室に戻ってくると長机の上に、パン、小おかずとデザート、大おかずという順番に並べ、それぞれ担当の給食当番が食器によそったものを、一列に並んだ生徒達のお盆に乗せていくのである。
 ちなみに大おかずは巨大な寸胴を二人がかりで持たなければならず、息が合わずに廊下にぶちまけ、他のクラスから大おかずを少しずつ分けて貰うという事態が頻繁に発生していた。
 一、二年の頃は当番のクラスメイトに「肉入れんとって」と小声でお願いしていたが、肉が入っている確率の高い大おかずは汁物が多く、中々肉だけをすくわずに食器によそうことは至難の技である。シチューやカレーなど色のついた料理に関しては、肉が入ってるかどうかすら判別が難しかった。
 だからといってあまりまごまごしていると、腹を空かせて列を作ったクラスメイトから顰蹙を買うし、大おかずのすぐ隣が担任の机なので、「おい好き嫌いなく何でも食べなあかんやろっ!」と注意を受けてしまう。さらにセンスのないクラスメイトが担当すると、おたまで何度も細かくよそいでたくせに、通常より大量に肉が入っていることがあり、そんな奴に限って給食後に「肉どうやった?」なんて涼しい顔で聞いてくるのだ。

 このままでらちがあかないと考えた僕は行動を起こす。まず給食当番になった際は積極的に大おかずの担当となり、一つの食器にお玉でよそう回数を通常より一回増やすことによって、僕だけではなくクラスメイト全員の分を使いお玉で肉をすくわずによそう修行をしていたのだ。最初は感覚を掴めずにいた僕だったが、修行開始から二年をが経った小学四年の中頃には、ほぼお玉で肉をすくわずによそうことが出来るまでに成長していた。
 まず肉は寸胴の下に沈んでいることが多いので、極力お玉でかき混ぜない。お玉ですくう時は、ドボッとお玉を垂直に落とすのではなく、お玉を滑らすようにして、斜めに液体を削ぐようなイメージですくう。こうすることで大きな肉はお玉に入らないし、小さな肉の切れ端はお玉の手前に引っかかるような状態になる。後は食器によそう時にお玉を手前に傾けるのではなく、奥に傾けることによって、小さな肉も入れずによそうことが出来るのだ。
 これは金魚すくい名人のVTRから着想を得たのだが、正直今では透明なプールで動き回る金魚をいっぱいすくえるんと、何も見えず肉や野菜がごちゃ混ぜに入ったスープの中から、肉だけをすくわずによそうんとどっちが凄いん?て感じになっている。

 小学5年にもなると、もはやお玉に当たったその感触だけで、それが肉かそれ以外の具材かが分かるまでに至っていた。ここまでくればどんなに担任が隣で目を光らせていようと、「ちょっと自分でよそうわ」と言ってた当番からお玉を受け取り、担任が見てぬ間にさっと自分の食器に好きな具材だけを選んで入れることさえ可能になっていた。成長期でいつも給食を物足りなく感じていた僕は、ようやく給食で満たされることができた。 献立がビーフシチューの時なんて、美味しそうに食べる僕を見て「肉食べれるようになったん?」などとよく聞かれ、その度に僕は「これ、肉入ってませんねん」と不適な笑みを浮かべたものだ。

 今となっては、全くといっていいほど披露することのなくなったこの特殊技能を、でもだからこそ愛おしく感じたりもする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?